後編
富山へ向かう飛行機の中、ANAの機内放送ではクリスマスの音楽特集を組んでいた。ヘッドホンをそっと耳にあて、チャンネルを合わせ、機内から流れるクリスマスの音楽に耳をかたむけた。
私を乗せた飛行機は、粉雪舞う上空に静かに飛び立った。
富山へ向かう飛行機の中、私は岡田君と離れた東京での高校生活を振り返っていた…
最初の高校1年生のクリスマスの夜。岡田君から電話を貰った。
『メリークリスマス。水嶋元気にしてる!?こっちは今年の雪はスゴイよ。次の次のクリスマスに逢えるね。』
高校2年生のクリスマスの夜も電話を貰った。
『メリークリスマス。水嶋…ボク卒業したら働く事に決めたよ。早く社会に出て一人前の男になって水嶋を迎えに行くからね!いよいよ来年逢えるね。水嶋は卒業後は進学かな?』
岡田君の声…少し大人っぽくなっていた。世間で言う『大人』に少し近付いたのかな。
私は『大人』になるため、進学する事にしたよ。私は学校の先生になるんだ。学校の先生になったら自信をもって立派な大人だって言えるかな。この時期からは、とにかく受験勉強に明け暮れていたな。
高校3年生の夏…
同窓会があった。
私は大学受験の夏期講習が忙しく、参加はできなかった。
岡田君に逢いたいけど、二人が大人になったらいっぱい逢える…だから進学のための勉強に集中した。
夏の終りに、サッカー部だった岡田君の友達から連絡があった。
『水嶋ぁ、岡田が高校中退したらしいけど、なんか聞いてないけぇ?アイツ同窓会にも顔出さなかったし…水嶋ならなんか知ってるかなって思って…』
岡田君が中退!?
私は戸惑った。
そういえば、2回目のクリスマス以降、いつもくれていた岡田君から電話は一度もなかった。
岡田君も忙しいんだろうと思い込み、こちらからは電話しなかったけど、その日、岡田君に電話してみた
『お客様のおかけになった電話は使われておりません』
無機質なアナウンスだけが流れた。少し不安になった。だけど、いつも優しかった岡田君がどこかへ消える訳や約束を忘れる訳はない。私は自分に無理矢理言い聞かせ、受験勉強に集中し、約束のクリスマスを待った。
富山空港についた私は、高岡駅までのバスに乗った。高岡駅までのバスから見える景色の何もかもが懐かしかった。岡田君と別れてからの寂しさが一気にこみあげ自然と私は涙に溢れていた。
高岡駅に着いた。
駅前のバスターミナルには3年前と変わらず大きな大きなクリスマスツリーが輝やいていた。街にはクリスマスソングが流れて、駅を行き交うカップルたちは、手をつなぎ笑顔に溢れて幸せそうだった。
私は自分の右手を見つめた。
岡田君の左手いつもあったかかったな…。
今日は、昔みたいにずっと私の右手を握っていて欲しいな…
日も落ちてきて、街はイルミネーションで、益々華やかに煌めき、行き交う人も増えてきた。あの日と同じように、空からは幻想的に雪が降りてきていた。
その時――
岡田君…
人混みの中、遠くからこちらに近付く人影はまぎれもなく岡田君だった。日に焼けた素肌が懐かしい。
やっぱり来てくれたんだ!!
私はそっと右手を差し出し、3年間の想いを一気に口にした。
「逢いたかったよ…」
瞬間…
何が起こったか分からなかった…
どうして…
なんで…
岡田君には私の事が見えてないかのように私の右側を通りすぎていった…
振り返えると…
その後ろに私たちより少し大人っぽい感じの女性と手をつなぎ楽しそうにお喋りしながら歩いていった。
『岡田は、高校3年生の夏に、教育実習に来ていた先生に惚れてしまったちゃ。舞い上がってしまってや…高校辞めて働いて、先生と結婚するゆうてきかんちゃ。』
私は、秋頃にサッカー部の友達からかかってきた電話を思い出した。絶対ウソだと信じてたのに…
ホントだったんだ…
ねぇ岡田君…
私はどうすればいいの…
ずっとずっと岡田君の事だけ考えて3年間頑張ってきたんだよ。
『永遠』なんて言葉ないのは分かっていた…
だけど、岡田君とだけは『永遠』があると思っていた。
ねぇズルイよ…岡田君…
守れないなら、なんで『永遠』なんて約束するの!?
私は雪の中崩れ落ちた。頬にあたる雪が冷たかった…
――雪の中に消えてゆきたい
真剣に考えた。
煌めく街の中に私だけが一人だった。
クリスマスはみんなみんな幸せになれるんじゃないの…!?
やっぱりサンタさんなんていないのかな…
独り空から降りてくる雪を見上げながら、これ以上ない悲しみうちひしがれていると…
えっ…
夜空が少し虹色に輝き、遠くから鈴の音が聞こえてきた…
これは現実!?夢!?
空からトナカイがひくソリにのってサンタクロースがやってきた。
「どうした?少女よ。今日はクリスマスじゃ。涙は似合わない。お前さんの願いを叶えてやろう」
暖かい光に包まれ私は『岡田君と付き合いたい』との思いの全てをサンタクロースにぶつけた。
「ふ〜む。さすがにワシとて、人の気持ちを変える事はできん。」
「じゃぁ!!岡田君との想い出を全部消して!!岡田君との約束さえなければ、私はこの3年間もっと他に恋をして幸せだったかもしれない!!もぅイヤ!!岡田君なんて忘れてしまいたい!!私のこの3年間を返してよ!!」
岡田君への恋がいつしか憎しみへ変わっていた。
「まぁそうカリカリするなよ、お前さん。忘れたいかぁ…」
「そうじゃ!!それならお前さんを今から3年前に戻してやろう。その約束の日に別れてくるのじゃ。なら、お前さんの記憶から、その男の子の想い出全て消してやろう!」
いきなり空から天使が降りて来て私の両肩をつまみあげ、サンタクロースの乗ったソリにのせた。
ソリはいきなり空高く舞い上がり…
気がつけば…
目の前に岡田君がいた…
なぁ水嶋…
ボクはこの日に誓うよ…
おじいちゃんとおばあちゃんになっても…
ずっとボクらは一緒だよ…
そして…
水嶋の事ずっとずっといつまでも大好きだから…
「ほれ…お前さんの好きな岡田君とやらに、ここで別れを告げるのじゃ。そしたら、新しいお前さんの3年間が待ってるんじゃぞ」
後ろからサンタクロースの声かした。
私は懐かしい岡田君の声に涙か溢れて止まらなかった…
ウソをついて私の3年間を台無しにした岡田君がさっきまで憎くてしょうがなかったけど…
やっぱり忘れるなんて無理だよ…
岡田君との想い出が走馬灯のように蘇る…
例え3年後、私の恋が叶わないとしても、やっぱり岡田君の記憶を消したくない…
3年間…
離れ離れになり、ただ岡田君を想うだけの恋だったかもしれない。
だけど、確かにそれはそれで幸せだった…
思わず泣きくずれてしゃがみこんでしまった。
ははっ…何泣いてんだよ。
今日は…
クリスマスなんだよ…
3年後のクリスマスの夜…
もう一度ここで逢って欲しい…
泣き崩れる私の頭をくしゃくしゃっとなで、そっと私に金色のリングを渡してくれた。
「岡田君大好きだよ…3年後またここで逢おう!」
例え叶わぬ恋だったとしても、やっぱり岡田君を忘れることなんてできない。私は岡田君と約束した。
後ろではサンタクロースが私に微笑んでいた。
「さぁ!!出発じゃ!!」
サンタクロースの声とともに、天使が私をソリにのせ、粉雪が輝く夜空にまた飛び立った。
サンタクロースは優しく私に語ってくれた。
お前さん…
よく頑張ったな…
お前さんの選んだ道は正しい。もしお前さんがここで別れを告げたらワシはお前さんをもう二度と恋が出来ぬ心にするつもりじゃった…だが、お前さんは裏切った男の子を許し、それでもなお愛そうとした。
恋とは儚いものじゃ…
それは、誰もが気軽に好きになりキライになってゆくからじゃ…
だが、愛とは永遠じゃ…誰かの事を永遠に想い続ける事が愛なのじゃ…
お前さんの恋は叶わなかったかもしれない。だが、お前さんは『愛』という素晴らしいものを手に入れたんじゃ。
これは、この先お前さんの人生という長い道のりの中で、きっと力強い味方になってくれるじゃろう。
ほれ…最後にプレゼントじゃ…
――海!?
気がつけば、私は岡田君と昔二人でみた海の前で座っていた…
粉雪たちが海に落ちてゆく姿はとてもキレイだった。
悲しみも切なさも舞い降りてくる粉雪のように、海にとけてゆくような気がした。
サンタさんが言った通り、私の恋は叶わなかったけど、岡田君を好きになった事だけは、ずっとずっと大切にしよう。そして、心の奥で、いつまでも愛し続けよう。
だって、岡田君との想い出は、私にとってかけがえのないたったひとつの場所だから…
こんばんわ。
あいぽです。
クリスマスに向けての読み切りという事で、クリスマスに間に合うように書き下ろした作品ですが、実はコレ…あいぽが初めて一つの作品を完結させた記念すべき処女作品なんです!!
今は、初めて作品を作れた事の喜びと、読んでくださった方からの暖かい評価で感無量の心境です。
作品が出来上がるまでに、支えてくれた仲間には心より感謝いたします。
一応解説をつけさせていただきます。
カンが鋭い方はお分かりだと思いますが、実はこの作品はあいぽが大好きな川嶋あいさんのある歌の世界観を表現してみました。
「さよなら」「ありがとう」〜たったひとつの場所〜
「さよなら」と「ありがとう」の気持ちを
永遠の心にしまった
やがてあびる朝の光
涙消してくれる
海に落ちていく粉雪たちよ
切ないね悲しすぎるから
消えていった私の恋
帰れない場所へ
いつまでも心にある
たった一つの場所
これからも…
読んでくださった方の心が暖かくなったり、優しい気持ちになれるような作品を作って行きたいと思いますので、どうそ宜しくお願いします。