ビー玉。
ケイタ、知ってる?
ビー玉って綺麗だけじゃないんだよ。
これを持っているとね、素敵なことが起こるんだって。
だからね、ケイタにも分けてあげる。
手に転がしてみるビー玉。
昔から・・・いや、あの時から大切にしている。
だって彼女が言ってたから。
笑いながら彼女が言ってたから。
『素敵なことが起こる』って。
別に信じている訳じゃない。
だって、嘘のような話だから。
でも彼女は、それなのに笑顔で言ったんだ。
信じられない訳ないじゃないか。
寧ろ、信じてみたい。
彼女が言った通り、何か起こるんじゃないかって。
・・・起こるって。
「ほれケイタ、ゲンキ出しなよ!」
笑っている彼女、ユキはケイタの背を叩く。
別に落ち込んでいる訳じゃないんだが、ユキにはそう見えているみたいだ。
ユキの長い黒髪が、窓から入る風で揺れている。
その風は、すごく心地良かった。
白いだけのこの部屋に、何かを運んでくるみたいに。
ケイタは無言でユキを見る。
「はいはい、これ以上何も聞かないから。それよりも、アレ・・・失くしてないでしょうね」
ユキが覗き込んでくる。ケイタは慌ててそれを出す。
それは、青と黄色とピンクのビー玉だった。
「よし!ちゃんと持っててよね。お守りなんだから」
ケイタはやっぱり無言で話を聴くだけだった。
「絶対持っててね・・・。失くさないでね」
ユキの言葉を聴いたのは、それが最後だった。
彼女は、ここから旅立ったから。
彼女は最期まで笑っていた。笑ってたんだ。
「ユキ姉・・・。俺、元気だよ」
この手の中にあるビー玉は、俺の宝物なんだ。
彼女が言ったから。
持っててって。失くさないでって。
あの時の俺は、小学生だった。
でも、その言葉の意味ぐらい分かっていた。多分彼女は・・・、
『願っていてほしかった』んだ。手術が成功しますようにって。
素敵なことが起こるって言っていた、このビー玉。
見る度に彼女を思い出す。笑っている彼女を。
覗き込むビー玉には、遠くの景色が透けて見えた。
そこには彼女が立っているように見えて、泣きたくなった。
俺にとって、たったひとりの姉だから。
でも泣かないよ。悲しくたって。
このビー玉に彼女の想いが込められているから。
それだけで、彼女を感じることができるから。
彼女を忘れないでいられるから。
『素敵なこと』
生きていればきっと、何かひとつは起こるだろう。
このビー玉がある限り。
ユキ姉、俺・・・ユキ姉が俺の姉で良かったよ。誇りだよ。
生きるから。
ユキ姉が生きたいって望んだみたいに、俺も望んでいきたい。
素敵なことが起こるまでずっと・・・。
ユキ姉の分、一生懸命生きるから。
一生懸命生きるから・・・。