キスシール
「ホントに効くのかな? 一万円もしたのにー!」
蛍光灯の光の下、透明なシートを光にかざす。赤、オレンジ、ピンクとカラフルに唇を模ったシールが十枚並んでいる。
グロスを塗ったようにつやつや光るジェル素材のラメシールだ。
よし。と気合を入れて、彼の家へ向かった。
彼は高石紘充、高校一年。
同じ団地内、私が一号棟、彼は向かい側の二号棟に住んでいる。
彼が小学校三年生の時に越してきて以来、同じ団地に同学年の男女合わせて十人もいる幼馴染のひとりだ。
みんな仲良く小学生の頃は、缶けりやケイドロ、人数が多いと野球とかサッカー、キックベース……数え始めたらキリがないけど、毎日暗くなるまで遊んだ。
団地内の公園は七号棟まである団地の真ん中にあり、帰りはいつも同じ方向の紘充と一緒だった。
みんなと一緒に遊んでも、最後に二人きりになれるのが嬉しかった。
この頃から私の初恋は始まっていたらしい。
いつも『危ないから……』って手を繋いで、遠回りでも、私を玄関まで送ってくれた。
サッカーでもゴールを決めれば私に手を振ってくれるし、いつ見ても笑って手を振ってくれる。
こんなことするから『私のこと好きなのかも』って勘違いしちゃうんだよ……。
何度もこの思いを届けようって思った。
夏祭りの帰りとか文化祭、クリスマス、バレンタイン……毎年毎年同じように『告白しようっかな~』とは思っても勇気が出なくって、彼に恋人が出来ないことに安堵した。
やっぱり一番辛い思い出は中学の卒業式の日。高校は分かれてしまうので『今日で最後だ!』と式の後、気合い入れて探し回ってみれば彼の告白場面に出くわすし、クラスのみんなで行った打ち上げの時も中々チャンスがなく、帰り道二人きりになれなかった。
そして、そのまま高校生になり、違う制服に身を包む間柄になってしまった。
高校入ってから会う機会も減ったし、なによりサッカー部で活躍してる彼は学校でも大人気らしい。
同じ高校へ行った友達からは『ファンクラブが出来た』って聞いたんだもん!
もう限界! 今日こそは!!!
色々思い返しているとあっという間に、彼の家に着いた。
子供の頃は「あそぼー!」って躊躇なくインターホンを押したのに、高校生にもなると勇気がいる。
でも、今日はちゃんとお届けものっていう言い訳がある。
ふーっと一つ息を吐き気合を入れ、ドキドキしながらもチャイムを鳴らす。
出てきたおばちゃんに、こんにちはと挨拶と共に「これ母から。旅行のお土産です」と箱根と書かれた袋を差し出す。
「まぁ、沙羅ちゃん。ありがとう。なんか大人っぽくなって~! 高校生になって見違えちゃったわ~! お土産? 箱根! 温泉まんじゅうかしら? 嬉しいわ~!」
おばちゃんとの立ち話の後……
「紘充います?」
冷静を装って尋ねる。
「さっき寝てたのよね。起こす? そのままでいい? 思いっきりたたき起していいわよ! 私ちょっと買い物行ってくるから。ごゆっくり~」
そのまま財布を片手に出て行った。
「おじゃましまーす」
部屋まで行くのは何年ぶりかな?
トントン――
ノックしても返事はない。
ドアを静かに開けながら「紘充いる~?」と部屋を覗く。
やっぱりベッドの上で横を向いて眠ってる。
傍らには読みかけなのだろう、2~3冊のマンガが落ちている。
これでHな本とかだったら、気まずいよね。
紘充はいわゆるサッカー少年だ。
小中と近所のサッカークラブや部活で頑張ってきたし高校の部活でもレギュラー争いを勝ち抜き、次の強豪校との練習試合に出場できる。
「レギュラーなんて、楽勝だよ~!」って豪語してたけど、朝早くから夜遅くまで休日の全てを費やし練習してたのを知ってる。
学校から帰ってすぐ寝ちゃうなんて、よほど疲れてたんだね。
でも、寝ててよかったー!
起きてたら『こーちゃんに雑誌預かったよ』って雑誌を渡して『あゆちゃんに教えてもらった試合に勝てるおまじないするから』って言い訳するつもりだった。
私にとってはビッグチャーンス!!!
今日の目的は彼の頬に『キスシール』を貼ること。
二週間ほど前、団地の女友達三人で行った怪しさ満点の占いの館で恋愛相談をした際
「このシールにキスをしてから、片思いの相手の頬に貼ると恋愛が成就する」って言われなけなしのお小遣いをはたいて買ったのだ。
多少胡散臭かったけど、追い込まれ藁にも縋る恋心。
そーっと、そーっと、息を止めて近づく。
寝てる姿が色っぽいってどうなの? 私ヘンタイ!?
持ってきたシールに自分の唇を重ね、一枚を剥がす。
ペリッとなる音でさえ五月蝿い気がする。
願いを込めて、彼の頬へ……
伸ばした手は彼の頬へ届かなかった。
いきなり伸びてきた左腕に捕まり
「どうせならシールじゃなくて、こっちがいい」
と唇にキスされた。
初キッス!
驚いて目を瞑ることも出来なかった。
もう! 紘充ってば、いつから狸寝入りしてたの?
次の日、初デートの為に玄関を出ると、目の前で待ち伏せしたあゆちゃんに拉致られ公園へ。
そこにはこーちゃん達、同級の幼馴染八人が集合してた。
そして第一声は「やっとくっついたか!」だった。
なんで付き合いを報告する前に?
「なんでって、この告白劇が仕組まれてたからよ」
仕組まれてた!? なに? どーゆーこと?
「だいたい、団地内で隠れて付き合えるなんて思っちゃダメよー」
なんでも、幼馴染だけでなく、団地の住人の多くが私たちの恋の行方を見守ってくれてたらしい。
しかも、両方の母親も加担してて、旅行のお土産もそのために用意してたなんて。
昨日のおばちゃんが言っていた『買い物』も嘘で、ウチでママ同士お茶してたって。
そんなのイヤー!! 恥ずかしすぎ!!! もう泣きそう。
もっと言えば中学では生徒だけじゃなく先生にも私たちの事は公認で、唯一認めてないのが本人だけだったらしい。
「普通さ『手を繋いで歩く』とか『毎日2人で通学する』とか中坊なら付き合ってるって言うんだよ!」
そうなの? ……そっかー。
「みんな紘充が不憫で協力してたんだよ。いろいろアピってたのに沙羅は悉くスルーだし」
アピってた? いつよ!
「両想い歴何年? 愛されてるなサラ! 俺ならそこまで出来ない」
そんなこと言われても……
「まじで、卒業の時に女に告白されてた紘充だって『紘充くんも頑張って』って応援までされてたしー」 あの女の子に? そうなの?
「ホント。ヒロも頑張ってたんだよ! 報われなかったけど……」
私だって頑張ってた! そうなら教えてよー。
「そうそう! あれだけやってダメなら、キスするとか押し倒すしかないってみんなでアドバイスしてたんだよ」
どんなアドバイスしてるのよ!
「キスね~! 遊園地行った時も紘充チャレンジしたらしいよ、観覧車で。『沙羅に雰囲気ぶち壊されて失敗』とか泣き言並べてたけど……」
観覧車って卒業記念で遊園地行った時?
だって気まずくなっちゃいけないと思って、必死に盛り上げてたんだよ。
「シールは使った? みんなでヒロ君のためにお膳立てしてんだよ~! ちなみにあの占い師もグルだよ! シールも一万円もすれば使うだろうって」
やっぱりあの占い師偽物なのね! 一万円返せ!!!
「……」
呆れて声が出ない。
「「「「で。押し倒された?」」」」」
……は?
一瞬何を言ってるのか解らなかった。
「そ・そ・そんな事……ある訳ないでしょ!?」
真っ赤な顔で、声まで裏返ってしまった。
もう~! 何言ってるの!!!
ニヤニヤした顔でこっち見るな!
「早く結婚しろ!」
「次は結婚の時だな~!」
「結婚式には呼べよ~!」
「子供作んなよ!」
など好き勝手言って帰った。
結婚ってまだ十六なんですけどー。
なんだかんだ言っても、みんなが協力してくれたことが嬉しい!
持つべきものは友達だね!
それじゃ、初デートへ行きますか☆
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