議論以前
放課後。時崎と中森くんを近所の喫茶店に呼び、もっと細かい話をすることになっていた。
「チェリーミルクティをひとつ」
「かしこまりました」
聞きなれたドアの音に反応しても、二人とも来やしない。時崎は泉さんを呼んできてくれるのだろうけど、中森くんは…?
「お待たせしました」
ふわりと薫る、桜の香り。中森くんと初めて会ったのもここだった。
***
あれはまだ、私が中学に入る前。
「チェリーミルクティをひとつ」
「かしこまりました」
その時、ドアからすごく大きなガタガタ、という音。
「いらっしゃいませ」
入ってきたのは同い年くらいの大きなスーツケースを引きずる少年。
「…ミルクティで。」
「かしこまりました」
柔らかい春の陽射しのような、優しい雰囲気を湛えた人。
…好きかも
彼は隣の席に座ると、私に話しかけてきた。
「あの、この辺りの方、なんですか?」
「…ええ」
それだけ。町の喧騒からかけ離れたこの場所では、沈黙は驚くほど静かで。ただ、桜の香りがするだけの時間。
「あの…」
「なんですか?」
「あなたとは、またどこかで会える気がするんです。だから、これを持っていてもらえませんか?」
桜のモチーフは、以後、私の携帯が定位置となる。
「ありがとう。……名前、聞かせてもらえませんか?」
「中森善一、です」
「ありがと、中森くん。私は、新城彩希。また、どこかで」
「また、会いましょう」
***
「新城?」
柔らかい、春の匂いと共にまた、君は現れた。
「おーい?」
そこに見えた、現実。
「なんだ、時崎か」
「私もいるよ?」
「あ、泉さん。どうもです」
ひょこっと顔を出すしぐさが、可愛い。私と大違い。美少女って絶対得だと思う。
「中森くんに買い出し頼んだから…」
「あ、了解です〜」
泉さんの頼みなら仕方ないな。中森くんも断れまい。
それにしても、二人が羨ましい。この二人は俗に言う『カレカノ』ってやつだ。だから、ここに来ても早速二人て喋ってて、私なんかは蚊帳の外。
私だって、中森くんが大好きなのに
「いらっしゃいませ」
温かい春の空気に運ばれて。
「あ、皆さん、もう来ていたんですか」
「中森くん、遅いぞ〜」
「そうだそうだ!泉に頼まれた買い出しにどのくらいかかってる?」
「それは…」
おいおい、誰が呼んだかわかってるのかい?
「で、話なんだけど」
「あ、ごめんね、彩希ちゃん」
「この間の夢…皆、見たんだよね?」
「ああ」
「うん」
「…はい」
何か、おかしい。
「どうしたの、中森?」
「買い出し頼まれてたもの…」
「あ、泉さん。…何頼んだんですか?」
「フランス語辞典だよ!あの夢に関わるものかもしれないから、ね」
「何故だよ、泉?」
「高崎さん、説明してもらえますか?」
すぅ、と息を吸う泉さん。こんな時の泉さんは、大抵真剣だ。
「あのね、これ、うちにあった古い日記なんだけど…」