第一章:星光降臨之夜
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第一話:予言なき子
アセラン暦七百三十二年、晩春。
その夜、空は厚い雲に覆われ、王国内には星ひとつ見えなかった。
ヴィステル子爵家の当主、エドマンドは部屋の前を何度も行き来していた。領地を治める彼は、厄介な政務を前にしても冷静さを失わない男だった。しかし今は、自分の手をどこに置けばいいのかさえ分からなかった。
部屋の中から妻の声が聞こえ、ときおり侍女たちの慌ただしい足音が響く。
「お父様。」
廊下の向こうから、柔らかな声がした。
九歳のセラフィーナが、小さな枕を抱えて立っていた。落ち着いているように振る舞っていたが、その目は何度も閉ざされた扉へ向けられていた。
「お母様も弟も、無事ですよね?」
エドマンドは膝をつき、娘の乱れた髪をそっと整えた。
「もちろんだ。もうすぐ会えるよ。」
彼は力強く答えたが、胸の奥には消えない不安が残っていた。
ここ百年ほど、貴族の血筋に男の子が生まれる確率は異常なほど低くなっていた。学者たちはさまざまな説を唱えていた。古代の魔王が残した呪いだという者もいれば、魔力の潮流が変化したためだという者もいた。また、まだ理解されていない自然現象にすぎないと考える者もいた。
しかし、どの説が真実なのか、誰にも証明できなかった。
そのとき、ようやく扉が開いた。
「おめでとうございます、旦那様。元気な男の子です。」
エドマンドは一瞬言葉を失い、すぐに部屋へ駆け込んだ。
産着に包まれた赤ん坊は、静かに眠っていた。淡い金色の髪が額に柔らかくかかっている。妻は疲れ切っていたが、その顔には優しい笑みが浮かんでいた。
エドマンドは慎重に赤ん坊を抱き上げた。
こんなにも小さな命を前に、自分がこれほど戸惑うとは思いもしなかった。
「オーレリウスと名づけよう。」
彼は赤ん坊を見つめながら、静かに告げた。
「貴重な黄金の光のように、自分自身の人生を自由に照らせるように。」
誰も気づかなかった。
同じ瞬間、遠く北方の忘れ去られた古代遺跡で、数百年ものあいだ沈黙していた石碑に、細い亀裂が走ったことを。
石碑には文字が刻まれていなかった。中央の空白を囲むように、九つの星形の紋様が刻まれているだけだった。
そのうちのひとつが、かすかな銀色の光を放った。
光は一瞬で消えた。
そして、すべては再び静寂に包まれた。
第二話:オーレリウス
オーレリウスが生まれて三日目、ヴィステル家の屋敷はいつもよりずっと賑やかだった。
理由は簡単。
家に弟が増えたからだ。
「ちょっと見せて! まだ顔をちゃんと見ていないの!」
ヴィヴィアンは姉たちの隙間から顔を出そうと、つま先立ちになっていた。
「昨日、もう五回も見たでしょう。」本を抱えたイヴリンが冷静に指摘した。
「だから何? 昨日と今日じゃ違うもの!」
「何が違うの?」
「今日の弟は、昨日よりもっとかわいいに決まってる!」
ベッドのそばにいたセラフィーナは、困ったようにため息をついた。
「静かにして。お母様はまだお休みになったばかりよ。」
姉妹たちはようやく順番に並び、赤ん坊のベッドへ近づいた。
オーレリウスは澄んだ瞳を開き、周囲を不思議そうに眺めていた。
柔らかな淡い金色の髪に、白い肌。顔立ちはまだ幼かったが、すでに人の心を和ませる愛らしさがあった。
ヴィヴィアンはすぐにベッドの縁へ身を乗り出した。
「弟くん! 私はヴィヴィアンよ! 大きくなったら、城の外の森を案内してあげる!」
「彼はまだ話せないわ。」イヴリンが言った。
「だからこそ、先に自己紹介してるんじゃない!」
ブリエルは腕を組み、真剣な顔で弟を観察した。
「大きくなったら剣術を教えてあげる。男の子なら木剣くらい持てないとね。」
「ほかのことを学んだっていいじゃない。」セラフィーナが優しく反論した。
最後まで静かに立っていたセレスティアは、一枚の絵を取り出した。
そこには、深い青色の夜空と、弧を描くように並んだ星々が描かれていた。
「これは弟への贈り物よ。」
彼女は絵をベッドのそばに置いた。
「大きくなったら、星のことを教えてあげる。」
そのとき、オーレリウスが小さな手を伸ばし、セラフィーナの指を握った。
全員が静かになった。
「私の手を握ってくれた……。」
セラフィーナは驚いたように弟を見つめ、やがて笑顔になった。
ヴィヴィアンはすぐに対抗するように手を差し出した。
「じゃあ、私の手も握って! 弟くん!」
しかしオーレリウスは彼女を気にする様子もなく、小さくあくびをした。
やがて目を閉じ、再び夢の中へと戻っていった。
姉妹たちは思わず笑った。
誰も知らなかった。この一見普通の赤ん坊が、やがて誰とも違う道を歩むことになるとは。
今の彼はただ、家族に囲まれて安心して眠る、小さな子供にすぎなかった。
第三話:家に弟がやってきた
三日後、ヴィステル家の客間には相変わらず笑い声が響いていた。
「弟はきっと、すごい魔法使いになると思う!」
ヴィヴィアンはテーブルに身を乗り出し、まるで未来を見てきたかのように断言した。
「現時点では、その結論を裏づける証拠は何もないわ。」イヴリンは顔も上げずに答えた。
「少しくらい話を合わせてくれたっていいじゃない!」
「だめよ。証拠のない推測を事実として扱うことはできないもの。」
ブリエルは木剣を手に取り、空中で二度ほど振った。
「とにかく、私が強くしてあげる。」
「その前に、自分の剣術をもっと練習したら?」ヴィヴィアンがすかさず言い返した。
二人はすぐに言い争いを始めた。
セラフィーナは赤ん坊のベッドのそばに座り、妹たちが弟を起こさないように気を配っていた。セレスティアは静かに掛け布団を整え、ときおり自分の描いた星空の絵を見つめていた。
この家は、もともと賑やかだった。
しかしオーレリウスが生まれてから、みんなの心には新しい楽しみが増えたようだった。
セラフィーナは、弟が健康に育つことを願った。
ヴィヴィアンは、いつか一緒に冒険へ出かける日を楽しみにした。
イヴリンは、弟が魔法にどのような興味を持つのか知りたがった。
ブリエルは、自分の手で戦い方を教えるつもりだった。
セレスティアは、弟がどこへ行っても、空を見上げて星を思い出してくれることを願った。
それぞれの願いは違っていたが、出発点は同じだった。
みんな、この弟に幸せになってほしかったのだ。
夕暮れになると、ようやく雲が晴れた。
セレスティアはオーレリウスを抱いて窓辺に立ち、暗くなり始めた空を見せた。
最初の星が現れた。
「見える?」
彼女は優しく語りかけた。
赤ん坊にはまだ言葉の意味など分からない。それでも彼は目を大きく開き、深い青色の空を見つめていた。
誰も気づかなかった。
遠い北方にある古代遺跡で、星形の刻印のひとつが再び淡く光ったことを。
そして、この平凡な夜から、ヴィステル家の新しい日々が本格的に始まったことを。
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