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「餅は餅屋」〜そんな言葉を思い出したので、目の前で他の女とイチャつく婚約者に当てはめてみた〜

作者: アオイ
掲載日:2026/08/22

 空はからりと晴れ渡り、頬にあたる微風が心地よいカフェのテラス席にて初夏の数量限定スイーツを婚約者と頂く。

 今日は端から見て、そんな素敵な1日になる筈だった。

 とりあえず数量限定スイーツは間に合い、目の前に置かれている。一応婚約者も対面に座っている。

 でもそれらは私だけの為じゃない、気候の不快指数は低くとも、私の周りの空気の不快指数は針を振り切る寸前だ。


「なあ、今度の野外演習のことだけどさ……」

「そう言えば持ち物にあったアレって訓練所から支給されるのかな」

 騎士見習いをしている婚約者のジェイドと、何故かジェイドに付いてきた同じく騎士見習いのカーリーンが二人だけが分かる話で盛り上がっている。

 これは一体何の時間だろうか。私の記憶が正しければ、月に一度の婚約者同士の交流だったはず。

「じゃ、念の為帰りに見ていくか」

「だね」

 っていうか、月に一度しかない交流日にわざわざ他の女を連れてきて、訓練で必要なものの話。そんなの別の日にやれと思う私は悪くないはず。


 国内有数の港町に大店を構える商人の父が見繕ってきたのが、騎士爵を持つ家に生まれたジェイドだった。

 騎士爵は一代限りのためジェイドはほとんど平民と同じ。

 我が家には兄がいて商会自体は兄が継ぐ。

 ただ私も国内外の取引先との折衝を行っており、今後も変わらず父の商会で働くつもりだ。

 むしろそのために領主貴族では無く、騎士爵の家と婚約を結んでいるのだけど分かってるのかなコイツ。

 分かってないからここ3ヶ月、毎回女連れで私の前に現れるのだろう。


「ジェイド、甘い物なんて好きだったっけ?せっかく身体を絞って鍛えてるんだから、私が食べてあげるよ」

 カーリーンがジェイドの肩に手を置いて顔を近づける。

「はぁ?お前が食いたいだけだろーが」

 そう言って二人で顔を見合わせ下品に声を立てて笑い合った。

 ちなみにその限定スイーツは私が頼んだもので、ジェイドがお願いすれば一口くらいあげようかと思ったくらいのもの。

 ましてや、この場に呼んでもない女に食べさせるものではない。

「まっ、普段訓練や演習続きだからさっ。たまには甘い物でも摂取したいよね」

 カーリーンはジェイド用に用意されたフォークを、限定スイーツに向かって振り下ろした。


 カツン。

 咄嗟にスイーツの皿を私の方へ引き、カーリーンのフォークはテーブルクロスを刺した。

「は?」

 カーリーンもジェイドも信じられないものを見るように私を凝視した。

 場に暫しの沈黙が落ち、最初にジェイドの乾いた笑いが響く。

「はっ、ははっ。そんな独り占めしたいほど食べたかったのか?食い意地のはった奴だな、我が婚約者ながら恥ずかしい」

「ふっ、ふふふ。まあ、ただただ守られているだけの女の子にとって、新作のスイーツぐらいしか楽しみというか刺激が無いんでしょ?さあさあ、もう取らないからゆっくりお食べなさいな」

 ポカンとした間抜けな顔を取り繕った余裕の笑みに変えて、カーリーンは私を嘲る。


「いや、そもそもあなたのスイーツじゃないでしょうに。守るべき子女のものを盗み食いするなんて、仮にも騎士を目指す方が……ねぇ?」

 明らかに馬鹿にされて、黙っていられる私ではない。

 カーリーンの顔が真っ赤に染まる。

「おい、リタ!言い過ぎだ」

 ジェイドが咎めてくるが、一体誰の味方なんだか。こんなんじゃ当初の婚約の目的なんて果たせる訳がない。

「ジェイド、そもそもこの婚約がどうして結ばれたか覚えてる?」

「はぁ!?今そんなこと関係ないだろっ」

 あっこれ、絶対忘れてるやつ。

「なになに?二人の馴れ初めの話?私にも聞かせてよ」

 何を勘違いしたのか、カーリーンがニヤニヤと笑いながらジェイドの肩に腕を回す。

「ちょっ、お前もやめろって」

 ジェイドは腕を外そうと身を捩るが、振り払うようなことはしない。

「おおかた、リタさんがジェイドに一目惚れってところかな?それとも、剣技に魅せられちゃった?」

 何が面白いのか、カーリーンは下品に笑う。

「まあ、ジェイドって騎士見習いの中じゃ目立つ見た目してるし?華があるって言うのかな。剣の腕も私も認めてる方だし」

「こんなところでいきなり何だよ。急に褒められても怖いだけだぞ」

「え〜、ひど〜い」

 薄っすら頰を赤くしてまんざらでも無いジェイドと、女の顔を隠さないカーリーンが見つめ合う中、私は空気だ。もう早く帰りたい。


「とりあえず、一目惚れでは無いわね。剣の腕は多少見込んでいたけれど」

「またまた〜、意地張っちゃって」

 鬱陶しいカーリーンの茶々入れを聞き流し、忘れぬ内に限定スイーツを口に入れる。

 空気は悪いが、スイーツは美味。今回のスイーツはリピート確定。次はジェイドなんかと来るものか。

「まっ、俺もさっさと一人前の騎士になってこの港町を守ってやるよ」

「だね、私も守るよ。だからリタさんも、もうちょっと騎士について勉強して理解しなよ。騎士の夫を支えるにはどうしたらいいか、何が必要か。私で良かったら相談にものるし。何だかんだ言って、ジェイドと共に過ごしてる時間は私の方が長いし、相棒のジェイドのことはよく分かってるからさ」

「世話かけて悪いな、カーリーン。お前はやっぱり最高の相棒だよ」

「何を今更」

 二人にとっていい感じにまとめて、再び笑い合っている。

 よし、スイーツも食べ終わった。少し冷めたが紅茶も飲んだ。美味しかった。

 私はいつ退席をきり出そうかと思いつつテラスから通りに目をやると、ふと見知った顔を見つけた。


「リタ!ちょうど良かった。ビッグニュースだ」

 私と目が合った瞬間、腐れ縁のバントゥがテラスに駆け寄って来る。

「何?どうしたの?」

 バントゥはウチと同じく老舗の商会の次男坊で、お互い入札や商工会の集まりで昔からよく顔を合わせる仲だ。

 年齢も近いため、お互い競合にならない限りは情報交換がてらよく話し込んでいた。


「昨日隣国のアッキンドーから帰ってきた兄貴に聞いたんだけど、あっちのオーミ商会が本格的にこの国に乗り込んでくるらしい。で、手始めにこの港町に支部を作るらしいんだわ」

「ええっ!?それってヤバくない!?場合に依っちゃ流通がかなり乱れそう」

「それだけならまだいいけど、こっちのルール無視で価格勝負を仕掛けられると不味いぞ。向こうは足場作りのためにきっと身を切ってくる」

 確かに既に出来上がった流通網に割り込むには、赤字覚悟の取引で名を売っていくしかない。


「隣国?オイお前ら何の話をしている?っていうか急に入ってきて、その男は誰だ!?」

 頭の中で目まぐるしく今後の予測と対応に算段をつけようとしているのに、ジェイドの横槍が邪魔だ。

「ちょっと黙って。それどころじゃないの」

 バントゥもジェイドには一瞥もくれず、考え込む私を見ている。

 お互い商会長でもない私達が考えてもどうしようもないのだけど、私達が感じている焦燥も危機感も同じレベルだ。それをふいにぶつかった視線だけで互いに感じ取る。


「そっか、モチはモチ屋だ」

 瞬間、アッキンドー国の格言を思い出して呟く。

 モチがどんなものなのか知らないけど、何事もその道の専門家に任せるべきって意味だったと思う。

 そこに至って急に全てがストンと腑に落ちた。

 うん、騎士(モチ)のことは騎士(モチ屋)に任せよう。私は専門外だ。


「リタ、お前いい加減にしろよっ!」

 ジェイドの恫喝とカーリーンの鋭い視線を受けるがもはやどうでもいい。

「ジェイド、至急父に報告しないといけないから帰るね。お代はウチの商会に回しといて。最後だし、少しくらい豪遊してもいいよ。じゃあ元気で」

 一気に捲し立てると私はガタンと立ち上がった。お行儀は悪いが一刻を争う事態だ。

「バントゥ、オーミ商会がいつ頃くるか知ってる?」

「俺も詳しくは知らねぇんだ。ただ兄貴と親父が商工会に今朝報告してるから、早々に会合が開かれると思うぜ」

「分かった。悪いけど、ウチに来て一緒に父に話してくれない?あと道中にちょっと相談したいこともあるし」

「いいぜ。善は急げだ。行こう!」



 結局ジェイドとの婚約は解消になり、私とバントゥの結婚が決まった。

 あれから商工会が本気で情報を集め、オーミ商会の支部の建物が半年後には完成することが分かり、それまでに私達の結婚式が港に面した教会で大々的に行われることになっている。

 国外から大きな勢力が乱入してくる前に、国内の商工会の結束を固めることが目的だ。

 元々ジェイドとの婚約期間もまだ数ヶ月しか経っていなかったし、解消してすぐ結婚しても醜聞にもなりゃしない。

 こちとらバリバリの庶民だし、国内の商売を守る大義名分がある。


「そういやさ、リタの親父さんは何であんな騎士見習いを婚約者に据えてたわけ?」

 結婚式の打ち合わせ帰りにテイクアウトした飲み物を片手に、勝手知ったる港を見下ろせる丘でバントゥと一息つく。

「ああ、あれねー。一応私の護衛を兼ねる予定だったのよ。ほら、私が商談で地方や国外に行く時にさ、夫婦だったら自然にどこまでも一緒に行けるでしょ。それこそ寝室だって風呂だって」

「そりゃ、まあな」

「だからどこに行っても、腕の立つ人が傍にいたら便利って考えたらしいのよ」

 ある種、父の親心だったのだろう。

 市場の動向が安定していて安泰な先日までならそれでも良かった。


「でもさ、そもそも婚約締結時の目的を忘れるなんて商人の世界じゃ生きていけないわ。彼、私じゃなくてこの町を守るって言ったのよ?どこの世界に町を物理的に守る商人の夫がいるのよ。守るなら経済的に、頭と情報で守れっての」

「確かにな。しかもこの町の訓練所でもやらかしたんだろ?この前納品に行った時にちょっとした騒ぎになってたぜ」

「ああ、あの『隣国が攻めてくる〜』ってやつ?私達の話を聞き齧った二人が予想と思い込みで騒いだらしいって父が呆れてたわ」


 「隣国」、「乗り込んでくる」、「勝負」、「身を切る」そんな単語で捉えて、自分では何一つ確かめもせず、本職の騎士ヅラをして訓練所で同じ見習い達に吹聴した。

 挙句ほとんどの見習いが信じ込んで教官の手を煩わせたただけでなく、勝手に港の警備を行ない本職の騎士達の職務妨害を行なった。

 今回は騎士団の内々のこととされ「偽計業務妨害罪」はギリギリ適用されなかったが、簡単に噂に踊らされるジェイド達に要所は任せられないと、彼らの出世の道は絶たれたそうだ。

 おそらく最新の情報どころか噂すら入ってこない僻地の過疎地へバラバラに配属されることになるだろうとは、父の言だ。


「情報を正しく受け取れないどころか、真偽を確かめもしない、精査する術も無いんじゃあ商人にゃ向いてないな。そんな旦那の尻拭いなんて、護衛を雇うより高く付く」

「さすがに父も同じことを言ってたわ。やっぱり『モチはモチ屋』なのよ。商人のことは商人にしか分からない」

「だな。ところでその『モチ』なんだが、どうやら件のオーミ商会がこの国に持ち込もうとしてるらしいぞ」

「そうなの!?」

「ああ。聞いた話だが、『モチ』はスイーツにも食事にもなるらしい」

「何?パンケーキみたいな存在ってこと?」

「分からん。しかも子どもとお年寄りは、食べる時に気を付けないと危ないらしい」

「はあ?何それ」

 食事にもスイーツにもなる万能系かと思いきや、危険物でもあるなんてそんなのどう扱えと?

「『モチ』に関して、もっと情報が必要だな」

 私とバントゥの考えは口に出さなくてもほとんど一致する。

 ああ、あとモチと一緒に提供されそうなトッピングや付け合わせになりそうな食品とか、モチのパッケージはどんな物になりそうかもだし、それらの需要と流通の変化に備えて今から色んな可能性を見据えないと。やることがいっぱいだわ。


 もう私達がジェイド達のことを思い出すことは二度と無かった。既に終わったことを考える暇なんてない。

 商売のこと、その行方等々、同じ温度で同じ方向へ向かって行けるバントゥとは最高の相性だ。

 恋だの愛だのよりも、仕事や利害が優先されるような関係かもしれないけど、分かり合えない関係よりよっぽどいい。

 燃え上がるような愛情より、確固たる信頼のもとに替えの利かない存在として互いを思い合う。

 いつかそのうち、互いが互いを上手に扱う専門家(モチ屋)になるんだろう。

 そんな夫婦関係も悪くない。



お読み頂きありがとうございました。

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