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こちら内閣府裏デジタル庁異世界転生課【2041.9.22.活動記録】九鬼班

掲載日:2026/04/16

九鬼くき



 青天せいてん新緑しんりょくが交わる丘の上。そこには金髪のポニーテールを爽やかな風になびかせている女が立っていた。


 美しい顔立ちと、スラリとした長身。容姿端麗といっても決して大袈裟ではないその女は、大きな切創きりきずがある頬を指先でポリポリと掻きながら、異世界の文字が記されている木製の看板を眺めている。


「え〜っと……町は……北? ……洞窟? ん〜……読めない」


 眉間にシワを寄せて呟く彼女の名前は九鬼くき九鬼くきは文字を読む事を諦めた。胸ポケットのシガーケースから煙草を一本取り出して咥えると、オイルライターで火を付ける。タバコの先端が赤く光るほど深く吸い込み、吐き出した白い煙は青い空に溶けてゆく。


 ここは、今回の任務で救出の対象である八歳の少年が創造した異世界。

 勇者になった少年は、魔王を倒す旅にでる……そんな古典的クラシカルな異世界生活を、ここで送っているはずだ。


 だが、細かく世界観を設定していないこの異世界では、少年が居る座標は正確に割り出せていない。それでも救出を急いだのは、とにかく子どもの安全を最優先に考える九鬼くきの上司、万年青おもと班長の判断によるものだった。

 


 この広い異世界で、子どもを探すのは難しいな……


 そんな事を考えながら、ポニーテールの毛先の傷みを確認する九鬼くきの元へ、その名を呼びつつ手を振って駆け寄る男がいた。


九鬼くきさぁ〜ん! アッチに町があったでぇ〜!」


 その男は満面の笑顔で、そして軽やかにツーステップを踏みながら九鬼くきの前に辿り着く。

 ニット帽を被り、九鬼くきと同じ黒いスーツを着ている男は、腰のベルトに日本刀を携えていた。


「なんだか楽しそうだな、施覆花おぐるま


「そらそうですよ! こない綺麗な景色の中で九鬼くきさんと二人で居られるなんて、実質デートみたいなもんですやん! なははは!」


「はぁ……仕事中だぞ、馬鹿者」


 九鬼くきは呆れた顔をしているが、頬は少しだけ緩んでいた。


『ピッ』


 二人の耳に装着してあるイヤホンに通信が入った。


 『こちら鉄線てっせん九鬼くきさん、森の奥でハンカチらしき物を見つけました。これには有名ゲームのキャラクターがプリントしてあります。現実世界の物だと思われますが、少年はここでトラブルに巻き込まれたのかも知れません」


「分かった、すぐにそちらに向かう」


『それと……』


「ん? どうした?」


『多分……施覆花おぐるまの奴は、九鬼くきさんと二人で居られるのが嬉しくて鼻を伸ばしていると思います。気が緩んでいるので軽く殴っておいてください』


 鉄線てっせんからの通信を聞いた施覆花おぐるまは、両手のひらを九鬼くき向け、焦った顔で首を横にぶんぶんと振る。それを九鬼くきはジトっとした目で見やった。


「そうだな……よくかき混ぜた納豆みたいにのびているな……」


 通信を終えると、九鬼くき施覆花おぐるまの鼻にデコピンをする。


 ビシッ!

「いててて……」


 施覆花おぐるまは大袈裟に鼻を押さえて屈んだ。それを見て九鬼くきは笑い、煙草を携帯灰皿の中へ落とした。


「フフ……鉄線てっせんと合流するぞ、お調子者」



          ◇◇◇◇◇


 

 森の中は湿度が高く、鬱蒼うっそうとしている。昼間なのに陽の光をほとんどさえぎり、木々が擦れる音なのか、モンスターの鳴き声なのかはっきりしない不気味な音がこの空間を支配している。

 九鬼くき施覆花おぐるまはここで鉄線てっせんと合流を果たした。


 長い黒髪を後ろで団子状に結んでいる鉄線てっせんも、二人と同じく黒いスーツを着ている。背は二人よりやや低いが、家柄は代々要人に仕えてきた忍びの家系であり、武術の心得がある。


 鉄線てっせんは拾ったハンカチを二人の前に出した。それには最近流行りのゲームのキャラクターがプリントされており、タグの部分に【赤木サクヤ】と名前が記してある。


 今回の任務で探している少年の名前だ。


「この森のどこかに、彼はいるのかもしれないな」


 九鬼くきがそう言うと、三人は複数の気配を感じ取った。木や茂みに潜んでこちらを伺う多くの視線。そいつらは次々と、その姿を表した。


「あ〜……なるほど、このハンカチは罠っちゅーわけやね」


古典的クラシカルすぎて笑えないですね……」


「罠でもなんでもいいさ、これでも少年を探す手掛かりになるだろう?」


 三人を取り囲むのは緑色の肌をした亜人系モンスター、ゴブリン。


 この仕事に就いている彼らからすれば、決して珍しいモンスターではない。様々な異世界でゴブリンを見てきたが、そのほとんどは、森の中で原始的な生活を営んでいる。

 知能は低いが集団での戦闘能力はそこそこ高く、他の種族を襲う。とても性欲が旺盛で、時には人間の女をさらってゴブリンの子を産ませたりもする醜悪なモンスターだ。


 そんなゴブリン達の数は、この場に少なくとも六十から七十匹は居る。手には棍棒や石器等の原始的な武器を持っており、自信ありげにゲゲゲと薄ら笑いを浮かべている。


 三人が互いに背中を合わせて戦闘に備えていると、奥から最も大きなゴブリンが現れた。


「グフフ……女の匂いがする……」


 本来、ゴブリンは小型の亜人種であり、成人している個体でも百三十センチ程度にしか成長しないが、そのゴブリンは倍以上、三メートル近くの巨躯であった。この集団のボスであることは一目瞭然である。


「グフ、綺麗な女ぁ、乳もなかなか立派じゃないか……これは楽しめそうだ……俺様の子を産ませてやろう」


 ボスゴブリンは、九鬼くきの全身を舐めまわすように見ると、下品な笑みを浮かべて腰巻きの奥を膨張させた。


「自分めっちゃキッショイ事言うやんけ! なに股間ふっくらさせとんねんボケ! シバくぞ!」


 施覆花おぐるまはこめかみに青筋を立てて、九鬼くきより一歩前に出る。


「冗談は顔だけにしとけよブサイク……お前は九鬼くきさんを視界に入れることすら許さん」


 鉄線てっせん施覆花おぐるま同様、九鬼くきより一歩前に出る。二人は肩を並べて九鬼くきを守る形になった。


 二人に背中で隠され、キョトンとする九鬼くきだったが、口角をあげると少しだけ首をかしげてこう言った。


「では、ここは頼もしい騎士ナイト様二人に任せてみようかな?」


「いよっしゃあーーーー!行くでぇ、鉄線てっせんッ!」


「応っ!」


 施覆花おぐるまが、腰に携えた日本刀を素早く抜刀した瞬間、三人から離れた距離にいるはずのゴブリンの首が、何個か落ちた。

 透明で伸縮自在の刀が、油断していたゴブリン達の命を刈り取ったのだ。


 「かかれぇーーっ!!」


 ボスゴブリンの命令で、残りのゴブリン達が三人に襲いかかる。施覆花おぐるまは刀身が見えない刀でバッサバッサと敵を斬り伏せると、鉄線てっせんは素手で次々と敵の首をバキゴキとへし折る。


 あまりに早く、簡単に手下達が死んでゆくのを見て焦ったボスゴブリンは後退り、その場から逃げ出そうとしたその時……


 ズドォォーーーーン!!


 ボスゴブリンの足元に巨大な戦斧せんぷが落とされた。何処から飛んできたものかと周囲を見れば、コレを投げつけたのが投擲とうてき後の姿勢の九鬼くきだと気づく。

 一体どこにこの斧を隠していたのか、そして細身ながらこの巨大な斧を投げた九鬼くき膂力りょりょく驚嘆きょうたんすると、ボスゴブリンは背を向けて逃げ出した。


「アイツは私が追う、お前達は後で来い」


 九鬼くきは二人にそう告げると、投げた戦斧を軽々と肩に担いでボスゴブリンの後を追った。



 九鬼くきはわざとボスゴブリンに追い付かぬように、速度を緩めて後を追った。

 しばらく走るとボスゴブリンは洞窟の奥へと消えた。ここが棲家なのだろう。九鬼くきはゆっくりと中へ入って行く。


 洞窟内部の暗闇の中を恐れもせずに突き進むと、明るく開けた場所にたどり着く。

 洞窟は途中で空洞になっており、空からの光が入るようになっている。ここがゴブリンの棲家でなければ、どれほど神秘的で素晴らしい佳景かけいであろうか……


 ボスゴブリンは空洞のちょうど真ん中辺りで、子どもを脇に抱えて九鬼くきを待っていた。


「女ッ、そこで止まれ!」

 

 ボスゴブリンは子どもの顔に鋭い石器を向けている。抱えられている子どもの特徴は、事前情報から一致していた。赤木サクヤで間違い。

 彼はゴブリンの腕の中で、恐怖で顔が引き攣り、言葉を発せずガタガタと震えている。

 状況はどうあれ、少年の無事を確認したことで九鬼くきは、表情に出さずに安堵した。


古典的クラシカル……キミ、どうせこの後私に“武器を捨てろ、さもなくば子どもを殺すぞ!”と脅迫するのでしょ?」


 そう訪ねると、九鬼くきはボスゴブリンの返答を待たずに戦斧を横に投げ捨てた。ドスンと重量感のある音が洞窟内に響く。武器を捨てて尚、余裕ある表情の九鬼くきにボスゴブリンはたじろぐ。


「くそっ! なんなんだお前のその馬鹿みたいな力は!? 人間じゃないのか!?」


「馬鹿とは失礼な、そして私はただの人間で、二人の騎士ナイトに守られた()()()()()()()のつもりなんだが」


「あぁ、そうかい? ならお前が女かどうか確かめてやる……服を脱いで裸になれ!」


 ボスゴブリンはにちゃりと気味悪く笑い、汚れた歯を見せる。


「私が裸になると、キミに勝機が生まれるのかしら?」


 九鬼くきは顎に手を当て、小首を傾げる。


「うるせぇ! 早く脱げッ!」


 唾を飛ばしながら怒鳴るボスゴブリンに対して、肩をすくめるポーズを取ると、九鬼くきはジャケットを脱いだ。


「そうだ、全部だぞ……」


 ボスゴブリンは品定めするようないやらしい目つきで命令する。九鬼くきは脱いだジャケットを真上にバサっと放り投げる。

 ボスゴブリンがソレを目で追った瞬間だった。九鬼くきは音もなく一気に距離を詰めていた。


 右前足を踏み込み、腰を回転させ、体重を乗せた拳の右直突(ちょくづ)きを、ボスゴブリンのみぞおちに命中させる。

 

 つまりそれは……“恐ろしく速い腹パン”である。


 ドボォーーン! 


 肉を叩く音が鳴り、ボスゴブリンの腹が波打つと、体をくの字に折り曲げて白目を剥いた。九鬼くきが拳を引き抜くと、ボスゴブリンは子どもを手放してゆっくりと前のめりに倒れ込んだ。


 疾風迅雷の行動が、八歳の子どもの目にうつるわけもなく、何が起きたのか理解できない赤木サクヤはただ呆然と尻もちをついている。


「怪我はない? サクヤくん?」


 九鬼くきは少年の前で片膝をつき、視線の高さを合わせると微笑んでそう尋ねる。優しく声をかけられた赤木サクヤは我に帰り、うわあ〜んと泣きながら九鬼くきの胸に飛び込んだ。


「怖かったよぉ〜!!」



九鬼くきさぁぁ〜ん! 大丈夫でっかあ!?…………あ?」


 そこへ、ゴブリンの群れを殲滅させた施覆花おぐるま鉄線てっせんが到着した。

 彼らが一番最初に目にしたのは、九鬼くきのバストに顔を埋める少年だった。


「おうおう! ガキンチョ! そこを代わッ!……あいや! 離れんかい!」


 施覆花おぐるまは顔を真っ赤にして九鬼くきから強引に少年を引き剥がす。


九鬼くきさん、お怪我は?」


 鉄線てっせんがそう聞くと、九鬼くきはゆっくり立ち上がり、胸の辺りをもぞもぞと整えはじまる。


「私は大丈夫だ、なんともないよ」


「く、九鬼くきさん! 胸、気にしてますけど! 大丈夫なんでっか!?」


 施覆花おぐるまが大袈裟に覗き込んだ。


「見るなバカッ! ……ちょっと……ブラが外れただけだ……」


 九鬼くきは口を尖らせると、胸を隠して恥ずかしそうに二人に背を向けた。


 それを聞いて一瞬固まった施覆花おぐるまは、鉄線てっせんの肩を組むと、九鬼くきから少し離れた場所に移り、しゃがみ込んで耳打ちした。


鉄線てっせん、大発見や。九鬼くきさんは今どき珍しいフロントホック派……希少種レアケースや」


「ああ、意外だな。俺はてっきりスポブラ派だと思っていたんだが……」


 二人の下世話なヒソヒソ話を耳にした九鬼くきは、顔を赤く染めると、戦斧の側面を彼らの頭の上に落とした。


 ゴイン!


「こ、子ども前でくだらん話をするなッ! バカども! さっさと帰還フィードバックするぞ!」


 叩かれた二人は頭を抱えてうずくまる。


 九鬼くきはコホンと一つ咳払いをすると、赤木サクヤに向かって微笑み、そっと手を伸ばしてこう言った。



「君を、この異世界から排除ドレインする……」





          おわり



読了、お疲れ様でした。


このお話は、現在連載中の……


「お前を、この異世界から排除ドレインする……」 ー内閣府裏デジタル庁異世界転生救済課活動記録簿ー

https://ncode.syosetu.com/n5209lx/


の前日譚になります。


「な、なんだってーー! キバヤシ!? これはPR的な短編だったのかッ!?」


 ……そう思ったMMR世代の方も、そうじゃない方も興味がありましたら是非、読んで頂けると幸いと存じます。


どうぞ宜しくお願いします。



ねず ただひまでした。


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