ワンチャン
「真ちゃん、先に行っとくよ。」
そういいながら、真奈美が教室を出て行った。
先週くらいから毎日、真奈美が部室に来ている。
来るだけではなく活動もしている。
それはごく当り前のことなのだが、来るには来ても雑談だけして帰る人もいるので。
活動か。
初めて由衣の口からその言葉を聞いたときには吹き出してしまったが、なぜかクセになってしまい、俺も普通に使うようになってしまった。
真奈美に何の心境の変化があって毎日活動するようになったのか?
気になって失礼にも聞いてしまった。
本人が言うには、『以前に真奈美の漫画を読んだ由衣からの、まず設定をしっかりしたものにしてストーリーを作ることから始めたら、というアドバイスに従ってストーリーを練っている。ここのところ、アイデアが次々に湧き出してノリに乗っているのだが、家でやっているとスマホやパソコンでのネットの誘惑に逆らえず、ついそっちに夢中になってしまう。だから、部室でやっている』とのこと。
なかなかストイックだな。
いつものように、由衣と部室に入る。
すでに真奈美は活動している。
部室に一台だけあるデスクトップのパソコンの前で考え込んでいる。
このパソコンのOSは二つ前のものだが、ネットにつながっていないから問題はない。
10年近く前にOGが寄付してくれたものと聞いたことがある。
「頑張ってるね。」
由衣が声を掛ける。
「うん。次のは違うよ。」
自信ありげだ。
真奈美の手が動き出す。
タイピングの速さにはいつも唸らされる。
しばらくしたら
「ちょっと休も。」
真奈美がUSBメモリに保存してパソコンを切る。
俺たちも休憩に入る。
一緒に過ごす時間が長くなると、当然話す機会も時間も増える。
俺も由衣も真奈美とどんどん気の置けない仲になっていく。
そしてお互いのことをよく知るようになる。
話好きな真奈美はなおさら、自分のことをいろと話してくれる。
中学では卓球をしていたこと、兄と妹がいること、家と学校が遠くて自転車で50分くらいかかること、オムライスが好物なこと、推しのこと・・・。
もちろん俺たちも自分のことを話す。
俺たちの話の中では、特に俺と由衣の出会いや高校入学前のまでのことに興味があるみたいだ。
いろいろと突っ込んだことを聞かれたこともある。
今日は漫研らしく好きな漫画の話をしていたら、かなりの時間が過ぎてしまった。
「じゃ、そろそろ活動を再開しますか。」
真奈美にも「活動」がうつったみたいで、よく使うようになった。
部内で流行らないかな。
すぐに最終下校時刻の放送が入る。
「あ~もうこんな時間?乗ってきたところなのに。」
真奈美が残念そうだ。
翌日、俺ひとりで部室に行く。
いつものように真奈美が活動をしている。
「あれ?由衣ちゃんは?」
「歯医者に行くって。」
「そう。」
少しニヤッとしたように見えたが気のせいだろう。
真奈美はすぐに活動に戻った。
カタカタとタイピングの音だけが部室に響く。
俺は手書き派なので、レポート用紙に書きなぐっている。
評論なんて言ってるが、本当のところは、自分勝手に言いたいことを言いたい放題に言って、それを文章にしているだけ。
本当に自己満足だ。
でもおもしろい。
もうしばらくで書き上がりそうなので、上がったら誰かに読んで欲しい。
由衣に読ませると、あいつのことだから何の遠慮もなくグサグサと心に刺さる批評をくれるだろうな。
立ち直れなくなったら大変だからやめておこう。
なら、真奈美だな。
この前の貸しもあるし。
真奈美なら、もっと前向きに頑張れる励ましもくれそうだ。
長く続いたタイピングの音が止む。
「ねえ。」
振り向くと、頬を赤らめた真奈美が。
こんな真奈美を見るのは初めてだ。
「何?」
「真ちゃんって好きな子いるの?」
「えっ?」
何の前ぶれもなく恋バナを振られてビックリする。
「由衣ちゃんはただの幼馴染でいいんだよね。」
これまた本当のところは難しい質問。
でも聞かれるたびに、はっきりとそう言ってきたから
「ああ。」
としか言えない。
「で、好きな子いる?」
いるにはいるが、難しい。
いろんな意味で。
「今は特にはいないかな。」
ごまかすつもりで言ったのだが
「本当?」
マジな顔で聞かれる。
予想外の返事に思わず押されてしまって
「うん。」
と答えてしまった。
「ほんとに本当よね?」
なぜか念を押される。
もうこうなると
「うん。」
としか答えようがない。
「そっか。じゃ、私にもワンチャンあるかな。」
「ん?」
「何でもない。」
またパソコンに向き直った。
聞こえないが、何かつぶやいている。
その日はもう特に話をすることなく終わった。
その後も真奈美とは何も変わらない毎日が過ぎている。




