真奈美
朝、教室に入る。
机の横にカバンを掛けていると
「飯島君、おはよう。」
背中の後ろから元気な声がした。
振り向く。
真奈美がニコッとする。
昨日はろくに話してもいないのに、いきなり挨拶してくれるなんて。
見た目通りの明るい子のようだ。
俺、そういう子が好きなんだな、実は。
「おはよう。」
俺も挨拶を返す。
「今日は部活行くの?」
前から知ってるみたいに話しかけてくる。
「行くよ。昨日入ったばかりでサボるわけないだろ。」
俺もいつもの会話のように普通に返事をしている。
自然に言葉が出る。
不思議な雰囲気を持った子だな。
「部活に行かなくてもサボってることにはならないよ。家でできることもあるし。それに毎日行ってもやることないって先輩が言ってた。」
「そうなの?」
「そうよ。あっ、やる気に満ちた新入部員のやる気をそいじゃったかな?」
イタズラっぽく笑う。
「新入部員って、小林さんもこの前入ったところだろ?」
「うん、一昨日。だから一日先輩。」
おもしろく言うから、俺も笑ってしまう。
「ところで小林先輩。」
「もう、冗談に決まってるでしょ。先輩はやめてよ。」
「いや、漫研って運動部並みに上下関係が厳しいって聞いてるから、先輩には失礼がないようにしないと。」
「そんなこと、誰が行ったのよ?」
「さあ、誰だったっけ?部長だったかな?」
「ウソばっかり。ところで飯島君って、漫画書いてるの?」
「いや、全然。絵も下手っていうより書けない。小林さんは書けるの?」
「ん~、修行中の身ってところかな。絵もまだまだだけど、ストーリーが面白くないって言われるのよね。ねえ、一度私の読んで、何がダメなのか教えてくれない?」
「そんなの無理だよ。人の作品を批評するには、まだ500万年ほど早いよ。」
「漫画読むでしょ?漫研に入るくらいだから。」
「読むよ。」
「なら、一読者として教えてよ。素直な感想を。」
「わかったよ。感想だけなら言えるかな。俺はしばらくは毎日部に行くから部室で読ませて。」
「うん。今も持ってるから今日持っていくね。そうそう、あの子にも読んで欲しいな。えっと、そう、由衣ちゃん。」
「うん、由衣の方がちゃんとしたこと言ってくれると思うよ。あいつが持ってるコミックスの数ってほんとハンパないから。ジャンルもいろいろだし。俺は漫画はもっぱらあいつんちで読ませてもらってる。」
言った後に後悔した。
スルーして欲しい。
「へえ、家にも行くんだ。ねえ、飯島君たち付き合ってるの?昨日いっしょに帰ってたでしょ?」
やはりそうなるか。
この子ははっきり言うが、この様子ではそう思ってるやつっていっぱいいそうだな。
1人見かけたら100人いると言われてるし。
ん?これはゴキブリだったっけ?
「付き合ってない。家が隣なだけ。」
また同じことを答える。
「へ~、幼馴染ってやつ?」
「そう、ただの幼馴染。それだけ。」
「でも珍しいね。高校生になっても一緒に帰るなんて。」
そう思うよな、普通。
登校も一緒なんて言えない。
どうせすぐにバレるだろうけど。
「そうだよな。俺もそう思んだよな。でもあいつが」
言い掛けてやめた。
言っても仕方がないというよりも他の子に言うことじゃない。
「じゃあ、今日はお願いね。由衣ちゃんにも言っといて。」
真奈美が自分の席に帰っていった。
放課後。
由衣が誘いに来た。
真奈美のことを話す。
「へー凄いな。オリジナルで作品を書いてるなんて。」
「うん。でも、由衣も書いてるんだろ。」
「私はまだストーリーを作ってるところ。絵なんてとても人に見せられないよ。」
「あの子が言うには、ストーリーが面白くないってみんなに言われるんだって。先入観のない俺たちに感想を聞かせて欲しいって。」
「そうなの。遠慮なく言っていいのかな?」
「お前、結構厳しいこと平気で言うからな。少しは言い方に気を付けろよ。心を折らないようにな。」
「何、それ。子どもに言うように。私だって気遣いくらいできるよ。」
両方に良かれと思って言ったのに、由衣の機嫌を損ねてしまった。
まぁ、部室に着いた頃には忘れてしまってるだろうけど。
「これなんだけど。」
真奈美が原稿の束を差し出す。
一番上のを見ただけだが、コマ割りもちゃんとしているし、背景も手抜きなく書き込まれている。
「凄い。ここまで書けるなんて。」
由衣が感動している。
真奈美が照れながら
「まだまだよ、これくらいでは。じゃ、読んで。で、思った通りのことを聞かせてね。」
と由衣に大変危険なことを言って部室を出て行った。
俺たちが読んでいるときの反応を見るのが恥ずかしいのかな。
部室には俺と由衣だけになった。
先に由衣が読む。
由衣が読み終えて、次に俺が読む。
俺も読み終わる。
「どうだった?」
「う~ん。」
どう答えたらいいのか、と言った感じの由衣。
「はっきり言って、ストーリーが面白くないって言うより、何が言いたいのかわからないって感じ。話がどんどんねじれていってるし、始めと終わりで設定も方向性もかなり変わってるし。まわりのキャラも非現実すぎるよ。いくら漫画でも性格ひどい人が多すぎ。それと飽きさせない工夫だろうけど、事件や事故が次々に起こりすぎだよ。こんな中で生きてて、よく頭がおかしくならないなって思うよ。主人公かわいそう。そういう内容じゃないから、そんなことを思って読みようになったら何も残らない。それに」
「もう、それくらいにしてやれよ。」
俺が止める。
「あっ、またやっちゃった。」
バツが悪そうな由衣。
真奈美がいなくて本当によかった。
もしも聞いてたら、もう二度とペンを持つ気になれなくなってたかも。
ガラガラと入口が空いて、真奈美が戻ってきた。
「読んでくれた?」
「うん。」
由衣が答える。
「どうだった、かな。」
真奈美が遠慮がちに尋ねる。
「うん。絵が上手。特に表情が上手いね。」
「そ、そうかな。ストーリーは?」
敢えて由衣が避けているところを、自ら地雷原に入らなくてもいいのに。
「そうだね。よく練られてると思うよ。でも、生意気なことを言わせてもらうと、ストーリーに一貫性がないっなって感じたな。どんどん方向性が変わっていってる感じ。まず、絵をかく前にストーリーを先に完成させといた方がいいんじゃないかな。設定の矛盾や時制のずれがないように。そうなったら凄いものになるんじゃない。絵が上手いんだから。」
ほっと胸を撫でおろす俺。
厳しいことも言っているが、褒めるところは褒めてる。
こんなことが言えるんだ。
由衣をいつまでも子ども扱いしてはいけないな。
「ありがとう。やっぱストーリーがブレたらだめだよね。先に話を完成させてから絵にするか。次からそうしよう。」
真奈美が嬉しそうだ。
「飯島君は?」
「うん、いいんじゃない。」
「それだけ?」
「俺、素人だから的外れなこと言いそう。だからパスしたい。でも、一つだけ。話の展開は面白かった。でも、もうちょっと平和な話にして欲しいな。この話ってサスペンスじゃないんだよな?」
「違うよ。普通の日常を描いたもの。でもそう思うよね。私もいろいろ盛り過ぎたかなって思ってた。」
「ネタは小出しにだよ。」
「そうよね。これじゃあすぐに底を突いちゃいそう。ただでさえ手持ちが少ないんだから大事に使わないと。」
真奈美がうんうんと頷く。
「今日はありがとう。じゃ、私、帰るね。」
真奈美が帰っていく。
「由衣はどうする?」
「せっかくだから、活動して帰る。」
「活動って。」
笑ってしまった。
「何がおかしいのよ。部活動でしょ。」
ムッとする。
「悪い悪い。じゃあ、俺も活動して帰るわ。」
「もう、馬鹿にして。」
さらに機嫌が悪くなる。
カバンを持って俺から一番遠い机に座る。
しばらく天井を見上げていたが、スマホを取り出して何か入力し始めた。
しばらく打ったら、また天井を見上げる。
今度は長い。
うんと頷いてまた打ち始める。
前に言ってたストーリーを作ってるんだろうな。
俺は何をしようか。
今日は何の準備もしてないからやることがない。
仕方がない。
由衣の横顔を眺めて過ごすか。




