漫研
この前ほどほどにしようと言ったのに、由衣は何も変わらない。
由衣にとっては、今のがほどほどなのだろうか。
いや、違う。
そんなこと、もう頭の片隅にもないんだ。
絶対にそうだ。
長い付き合いだから、それは自信をもって言える。
残念だが。
なら、俺が何とかしないと。
俺も自分で自分の身を守らないと。
例えば、朝の通学で、学校の近くになったら話を止めて距離をあけるとか、帰りは一緒には帰らないとか。
家に帰ってからのことは、誰も知らないことなのでどうでもいいが。
だが、それも無駄な抵抗だった。
今日も由衣が俺の部屋に来たのでその話をしたら、また泣きそうになった。
何で。
だから、また俺たち付き合ってるのかって言われるだろ。
同じ問答の繰り返し。
そんなのどうでもいいと由衣は言うが、俺にとってはどうでもよくない。
「私と付き合ってると思われるのがそんなに嫌なの?」
嫌じゃない。
それを否定し続けるのが嫌なんだ。
自分の意に反して。
それにもうちょっと、自分の商品価値に気付いて欲しい。
もう俺のクラス内でも、男どもの間で由衣のことが話題に登ることがある。
おそらく他のクラスでもそうだろう。
それだけ由衣はすごくかわいいんだ。
だから俺も頭が痛いんだ。
由衣が普通にかわいいくらいだったらこんなに悩まないのに。
「由衣、お前好きな男、いないの?」
「えっ!」
「普通、いるだろ。」
「うん、いたけど。」
「誰?」
「言わない。他の高校に行った人。」
「そうか。」
「真ちゃんは?」
「どうだろう。」
「ずるいよ、私、言ったのに。」
「それ、言ったうちに入るの?俺には何もわからないんだけど。」
「で、どうなの?」
「いるよ。でも、そういうの難しいんだよな。」
「うちの学校に?」
答えるとかなり具体的になってしまうから口ごもってしまう。
「そう、うちの学校なのね。」
「いや、うちじゃない。」
「もう、真ちゃん、それウソってバレてるよ。」
ウソがすぐにばれるって、どうなんだろう。
付き合いが長いって、得なのか損なのか。
「それ以上は聞かないから安心して。」
かなり上からだな。
「でも誰なんだろう、その子。ちょっと気になるな。」
ちょっとかよ。
かなりに言い直せよ。
まあ、そんなもんだろうな。
由衣に取っての俺の立ち位置は。
「部活、どうするの?」
由衣が話を変える。
「うん、だいぶ絞った。文芸部か写真部。」
「そう。私は漫研に入ることにした。」
「漫研か。それいいな。お前にぴったりだよ。俺も何で考えなかったんだろう。漫研かぁ。面白そうだな。俺も漫研にしようかな。」
「わー、ほんと。そうなったら放課後も一緒だね、一緒に帰れるね。」
そうなるな。
ここで気付いた。
これはヤバい。
今の状況以上に。
カップルで部に入ってきたなんて言われかねない。
漫研はやめだ。
「悪い、俺、漫研はやめとくわ。」
「えっ、何で。」
「よく考えたら漫画って描いたことないし、俺、絵が下手だし。でも文章書くの好きだから、やっぱ、文芸部にする。」
「真ちゃん、ウソが下手すぎ。顔にでてるよ。本当は漫研に入りたいって。私を騙すなんて真ちゃんには絶対にできないんだから。心配なのは私のことでしょ。」
やっぱりバレてたか。
「だいじょうぶだから。上手にやるから心配しないでよ。一緒に漫研。決まりね。」
一応、わかってるんだ。
俺が心配していると言うか恐れていることを。
でも、由衣の口からそんなことを聞いたのは初めてだ。
由衣も少しずつ成長してるのかな。
正常な感覚に近づいているのかな。
わかっているなら、部の中では俺には他の部員と同じに接しろよ。
だいじょうぶとか上手くやるとか簡単に言ってるけど、不安しかない。
由衣によく念を押して、翌日、一緒に顧問の先生に入部届を出しに行った。
俺の高校生活が一歩進んだ。
放課後、かなり緊張しながら由衣と一緒に部室の扉を叩く。
部室には7人の女子生徒がいた。
これで全員らしい。
俺たちの入部のことを顧問の先生から聞いて集まってくれたみたいだ。
同じクラスの子が1人いて少し驚いた。
思った以上に暖かく迎えてもらえて嬉しい。
お互いに自己紹介をする。
上級生は3人で、あとは1年生。
同じクラスの子は「小林真奈美」と名乗った。
顔はわかっていたが、名前は知らなかった。
部長は唯一の3年生だ。
入部したばかりなのに、かなり熱く部の存続を託された。
部員が5人以下が2年続いた部は同好会に降格になり、活動費がもらえなくなるらしい。
そして、その翌年もそれが続くと廃部になるとか。
漫研は漫画研究同好会だから、もう後がない。
昨年度の末に3人やめたので、部員が3人にな
ってしまい、新入部員が入らなかったら今年で終わりになるところだったと、2年の先輩が嬉しそうに語ってくれた。
部長は、なかなかの野心家で、なんとか部員を10人以上にして部に昇格させたいようだ。
俺は絵の下手さのことを心配していたが、過去数年分の部誌を見せてもらって安心した。
オリジナルで漫画を描く人はごく少数で、漫画やアニメのパロディーや自己満足な評論がほとんどだ。
文章力には根拠のない自信がある。
これなら俺でもやれそうだしおもしろそうだ。
やりたいことが見つかった。
それが何かの役に立つかは二の次だ。
考えてみればスポーツだってそうだろ。
プロでなけりゃ結局は俺と同じで自己満足だ。
走るのが速くてもそれでは食べて行けない。
でも、逃げ足が速いのは何かの役に立つかも。
同好会と顧問の付き添いのない部の活動時間は、一般生徒の最終下校時刻までだ。
それを知らせる放送が入った。
みんなが帰り支度を始める。
「じゃ、私たちも帰ろう。」
やはり、帰りも毎日、由衣と帰ることになりそうだ。
漫研に入る条件に、一緒に帰らないことをつけるのも考えたが、また目をウルウルさせそうで、かわいそうに思ってやめた。
それに言ってもどうせ無駄だし。
帰り道、夕陽に照らされた由衣が、漫研での抱負などを興奮気味に話し続ける。
温めていたストーリーがあるようだ。
やる気マンマンだな。
いいな、こんな由衣。
たいそうなことを言うが、新しい俺が始まった。
そして、新しい由衣も。




