ほどほどに
朝、制服に着替えているとインターホンが鳴った。
わかってる。
覚悟してた。
「着替えてるから少し待って。」
普通に返事をしている俺が自分でも不思議だ。
外から大きな声で呼ばなくなった分、高校生らしくなったか。
でも、昨日までは玄関前から「しんちゃーん」だったけど。
「おはよう。」
由衣も普通に挨拶してくる。
昨日のことなどなかったかのように。
「昨日ね、お母さんがね・・・。」
自転車をこぎながら、昨日家であったことを話し始める。
ほんと、どうでもいい話。
中学までは徒歩という違いはあるものの、これが毎朝の日課だった。
由衣と話しながら行くのではない。
由衣の話を聞きながら行くのである。
俺はたまに合いの手をいれるくらいで、ほとんど由衣が話している。
高校でもこうなるなんて。
予想はしていたがその通りになっている。
昨日のアレは何だったんだ。
無駄な抵抗は二度としない。
10分ほどで学校に着く。
近いのは本当に助かる。
自転車を停めながらも、由衣が楽しそうに俺に話し続ける。
やはり誰もが俺たちをチラ見してる。
由衣は1組で俺は3組。
教室に入る。
イスに座ると、後から教室に入ってきた男子が近付いて来る。
「さっきの子、彼女?かわいいなぁ。いいなぁ。由衣なんて呼んじゃって。」
やはりこうなるか。
「えっ、真ちゃん、彼女いるの?」
周りにいたやつらも集まってくる。
一昨日入学したばかりなのに、もうクラスの男子のほとんどが「真ちゃん」だ。
「すっごくかわい子だったよ。」
「マジ?何組の子?」
勝手に盛り上がるな。
「中学からか?」
本当に面倒くさい。
「あいつとは付き合ってない。家が隣なだけだ。」
判で押したようなこの答えを今までに何十回答えてきたか。
「そうか?そうは見えなかったぞ。誰がどう見ても彼女にしか見えないよ。あんなに仲よさそうにして。」
「だから、そうじゃないって言ってるだろ。」
このあたりで俺はいつも少しキレ気味になってしまう。
こんなことで友達をなくしたくはないのだけど、つい。
長い7時間の授業が終わる。
ほとんどの生徒が部活にと散っていく。
そう言えば、由衣は部に入らないかもって言ってたな。
もうバレーボールはしないのかな。
まぁ、由衣の自由だけど。
俺はどうしよう。
運動部に入る気はない。
中学まででお腹いっぱいだ。
高校ではゆるい文化部で楽しい放課後を満喫したい。
文化部ならいつでも入れてくれるだろうから、ゆっくりと決めよう。
「真ちゃん。」
開いていた前の扉の方から声がした。
由衣だ。
「まだいるかなって思って。」
「ああ、何もすることないしな。帰ろうかなって思ってたところ。」
由衣が入ってくる。
俺の前の席のイスを俺の方に向けて座ると、俺の机に両肘をついて顔を載せる。
「すっごく暇なんだ。」
「お前もだろ。」
こんなところを見られたら、また面倒なことになる。
由衣も同じだろうに、前に言っていたようにまったく気にならないんだな。
「お前、部には入らないの?」
「うん。」
「バレーは?」
「もうやらない。」
「そう。」
「真ちゃんも野球続けないんだ。」
「ああ。高校野球はハンパないから。無理。」
「何かには入るのよね。もう決めた?」
「まだ。文化部にするっていうのは決めてるけど。由衣も何か楽しそうな文化部に入ったらいいのに。手芸部とか。」
「それは一番苦手なやつ。でも少しは考えてるよ。文化部ならいいかなって。」
少し間が空いた。
「帰る?」
由衣が聞く。
「うん。」
普通に答えてしまった。
登校のときは必ず一緒なのに、帰りまでいっしょなのはかなりマズいな。
確定されてしまう。
違うのに。
家が見えてきたころに
「あっそうだ、昨日お土産でたくさんどら焼きをもらったんだけど、食べる?ハトダのだからすごくおいしいよ。」
放課後にはいつもお腹をすかせているので、どら焼きと聞いただけでお腹が鳴りそうになる。
「ひょっとしてどらまるってやつ?クリームも入った。食べる食べる。俺、それ大好き。」
由衣の家に上がる。
由衣の家も俺の家と同じで、お母さんも働きに出ていて夕方に帰ってくる。
「私の部屋で待ってて。紅茶とコーヒー、どっちがいい。」
「ん~紅茶にして。」
「わかった。」
久しぶりに由衣の部屋に入る。
もっぱら由衣がうちに来る事の方が多いから。
前に入ったのは中学を卒業した少し後だったかな。
漫画のコミックスがいっぱい本棚に詰め込まれている。
俺の好きなのが多くて、つい読みふけってしまうのだが、そうなったらいつも由衣に怒られてしまう。
私の話、聞いてるのって。
どうでもいい話しかしないのに。
読みかけになっていたコミックスの、前の続きから読み始める。
「お待たせ。」
トレイに紅茶とたくさんのどら焼きを載せて由衣が入ってくる。
「たくさんあるからたくさん食べてね。」
「そんなに食べたらドラえもんみたいになっちゃうよ。」
といいながらも3個よばれてしまった。
「昨日の話の続きだけど。」
「もういいよ。言っても無駄なことがよくわかったから。」
「何か嫌な言い方。いかにも私が頑固者?KY?頭が悪い?って言ってるようだし。」
よくもまぁ、自分のことをそんなに。
つい吹き出してしまった。
「そう聞こえなかった?」
「ひどいよ。」
由衣も笑っている。
「私って変わってる?」
「そうまでは言わないけど、もう少し周りの目を気にした方がいいとよく思うよ。俺達もう高校生なんだから。」
「もう、二言目には高校生って言う。高校生になったからって何が変わったのよ。真ちゃんが気にしすぎているんだよ、きっと。」
「由衣が気にしなさすぎっていうのもあるけど。」
「そうかな?やっぱりそう思う?これでも気を遣うようにしてるんだけどな。」
落ち込んだみたいだ。
かわいそうだが、わかってくれたら俺としては嬉しい。
「今日、俺のこと彼氏かって聞かれなかった?」
「聞かれた。」
「だろ。俺もかわいい彼女がいるんだなって言われたし。」
「えっ。」
由衣の顔が赤くなる。
かわいいは余計だった。
何度も言われたのは事実だけど。
「だから、やめようとはもう言わないから、せめてほどほどにしようぜ。」
「ほどほどって難しいのよね。話してたらつい楽しくなっちゃって、周りが見えなくなっちゃうのよね、私。」
少しは悪びれるところのはずなのに、逆にいかにも楽しそうに笑う。
結局、何もわかってないじゃないか。
思わず溜め息がでた。
ちょっと不機嫌に言ってみる。
「そうそう、仲よさそうだなっていうのも言われた。」
「それは本当だし、どこがダメなの?」
全肯定か。
この様子じゃ、ほどほどは由衣には絶対に無理だな。
しばらくは、否定と説明の毎日になるのが確実になった。




