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独白  作者: 短沢コリー
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未遂

 ……遠い昔、酸素は生き物にとって大変な毒だったのだと、聞いたことがあります。

 海に住んでいたものたちが、陸に這い上がって、いつそのような毒を糧に生きるようになったのか、そこまでは知りませんが、きっとそれは、ずいぶんつらい毒だったのだと思います。

 ……ええ、はい、違いありません。これは貴方がたの求める話となり得るでしょう。どうかお聞きください。

 その話を聞いたから、ぼくは思ったのです。

 遠い昔に毒であったのに、今は毒でないことはなかろうと。

 きっと今も、それは生命を、ぼくの身体をむしばみ続けているのだろうと。

 だからぼくは、今、こんなにも苦しいのだろうと。

 ……そうですか。ええ、そのように信じるなら、きっとそうなのでしょう。貴方がたの吸うものは、きっと毒ではないのでしょう。

 けれどもぼくには毒でした。そう思わなければ生きてはゆかれませんでした。どうかお聞きください。

 毎日毎日、来る日も来る日も、今日も昨日も一昨日も、ぼくは毒を吸って生きていたのです。だから苦しかったのです。

 朝に起きた時も、寝る時も、歩いている時も、立ち止まっている時も、いつだって何かが喉の通りを悪くして、ぼくの呼吸をさまたげておりました。

 それが何者か、わからないからつらかった。わからないから、ぼくは何もできはしなかった。けれどもそうだと気付いたから、ぼくはやっと、前向きなこころで奮い立つことができたのです。

 ……お聞きください。どうかお聞きください。そうでしょう、否定するのは簡単でしょう。けれども否定を覆すことは困難なのです。ぼくが貴方がたの言葉を覆す、それがおよそ不可能なことくらいは知っております。わかっております。理解したくなくても、しています。だからどうか、お聞きください。

 ぼくは前向きなこころで考えました。この身体は毒を吸っているから苦しいのだ。なれば、答えは簡単です。

 毒を、抜けばよいのです。この身に巣食う忌々しき毒を、すっかりなくしてしまえばよいのです。そうしたらきっと、ぼくは苦しくなくなるでしょう。今よりずっと、らくになるでしょう。

 人が息をしなければ生きてゆかれないなどというのは些細なことでした。生きるも死ぬも興味がなかった。死のうなどと、そんなことは毛ほども思っておりませんでした。けれども生きようとも思わなかった。気付きもしなかった。だって、誰も、そんなことは言ってはくれませんでした。

 だからぼくは海へゆきました。毒を吐ききるならそこが1番よいだろうと思ったのです。

 水に足をひたしたら涼やかで心地よかった。胸までつかればふわりと浮いた気がした。あとは頭を沈めるだけだったから、さらに奥へ進みました。そうして、すっかり海の中へ入りました。

 海の中は、美しかった。穏やかだった。静かだった。ここで死ぬのだと思ったら、幸せな気持ちになりました。死ぬのだと、そう、初めて思って、それが決して不幸たり得ないことを知りました。

 毒を吐くのは当然苦しいことでした。苦しくて、つらくて、それでも決して、二度と、酸素を吸いたくはありませんでしたから、自ら水面に顔を出すことはありませんでした。

 自ら、そう、自らでは。誰かが、ぼくの腕をつかんで、無理矢理に引っ張りあげる、までは。

 そのあとは、ご存知の通りです。


 ……なぜ、今さら言うのでしょう。今になって。今さら、本当に、遅すぎる。もう、そのような言葉を、ぼくが心底から聞くことはできないのに。

 ぼくは海の美しさを知りました。穏やかさを、静けさを、心地よさを知りました。その清涼に、ぼくは。

 もう聞きたくない。貴方がたの、そんな、あまりにもつまらない言葉など!

 帰りたいのです。帰らせてください。こんなところにはいたくない。息もろくにできない、こんな地上になどいたくない。帰らせてください。あの、やさしい場所に帰らせてください。

 馬鹿にするな。見くびるな。ぼくのこの想いを、否定などさせてたまるものか。ぼくは本当に美しいものを知ったのです。

 だから、諦めてください。どうか見放してください。

 この恋を、海に焦がれる心を、帰りたいという死の願望を。

 ぼくは、もう、絶対に、無くすことはないのです。

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