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独白  作者: 短沢コリー
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記録

 ええ、わたしはほんとうに驚いたのですけど──人間は想像より遥かに、人間を慈しんではいないのでした。

 驚きました。ともすれば悲しいとさえ思いましたとも。けれどもそれを悪と断ずる権利も義務も、許可さえわたしは持ち合わせていませんから、ただ人間が人間を見下すさまを、ひとかけらの涙もこぼさず見つめる以外にないのでしょう。

 欲の生き物だと、我らは動物のうちの一つなのだと彼は言いました。それは……それは確かにそうだけれども、それでも人間として、高次の知的生命体として存ずるからには何かあるに違いないと、わたしは信じたかった。それが罪であるはずはないのだけど、それは、でも、同時に……責任の所在を押し付けることでしょう。言葉にしてしまうと、きっとそうなってしまうでしょう。だから何も言わずにいました。それからずっと、何も言えずにいます。

 青年よ、少女よ、老人よ、大人たちよ、どうか賢きいきものであれと、叶わない願いだったものを振りかざす無垢はもう失われました。人間は今も、隣人でない人間を未知のものとして扱います。知ろうとすることさえ、時には諍いの元になりますでしょう。ええ、わたしはそれを悲しいと思い続けていますけれど、それが何になりましょうか。わたしはいつまでも見ていることしかできない。あるいは、初めから……。

 人間の知恵のはじまりは何だったのかと、考えたことはありますか。わたしはもうずっとそればかり考えていて、最近、それは疑うことだったのではないかと、そう考えるようになりました。火は恐ろしいものであり、決して近付いてはならないものだと、そう警告する本能を人間は疑って、はじめて道具を手にしたのでしょう。それがはじまりだとして……けれど人間は、それによって成長したからこそ、本当のことさえ疑うようになって。

 本能は元々、生物にとって最も正しい判断基準でしょう。火は恐るべきものです。けれども上手く扱えば生活を豊かにする、それも間違ってはいないけれど……やはり、恐るべきものなのです。恐れた上で上手く扱うのが、本当は最も正しい道であるはずなのに、人間は恐れる本能のすべてを疑ってしまった。信じるべき同類を疑ってしまった。群れを成す生物において、それは致命的な欠落なのではないですか……いえ、いいえ、致命的であってもそれすら埋めたのが、やはり知恵なのでしょう。未知のものを利用する、ということを知ってしまったから。例え疑ってもいても、未知であっても、それは利用しないこととイコールではなかったのでしょう。疑うことで繁栄した故に、人間は、人間を慈しまずとも生きてゆける。どれほど生物として間違っていても。わたしはずっと、それを嘆いてばかりいる。

 だからどうなのだと、そんなことすら言うべき言葉を持ち合わせていませんから、ただここで座っているだけなのです、わたしは。いつか死ぬ人間たちを眺めているだけの存在なのです。……ええ、けれどもあるいは、人間自身が変化しようと努めるのを待っているのか……それが、無駄な望みとも言い切れないのです。

 彼が善人だったのか、悪人だったのか、今になるとどちらとも言いかねるのですが、たくさんの人間の意志を変えようとしていたのは確かでした。そしてそのような人間は彼だけでないことを、わたしは知っています。いつだってそれは全体のうちの極めて僅かでありながら、強い力で人間たち全体の道筋を変え、それを何度も繰り返すうち、人間はここまでの規律を整えるに至った──その道行きを知っているからわたしは、それでもなお手を取らない人間に恐ろしさを覚えていて、けれども知っているから、まだ変わることもあると思うのです。

 わたしに出来ることはきっともうありませんが……そうですね、覚えておくことはできるでしょう。覚えています。全部覚えていますよ。すべての過程と、その景色を……興味が湧いたのであれば、少し隣に座って、わたしの見たものを聞いていってはいただけませんか。ええ、お時間があれば。何がよろしいでしょう。たくさん見てきましたから……きっとお好きな話もあると思いますよ。あなたの旅のお供には、どんな人間のお話が似合うでしょうか。

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