脱臼
ぼくは天性の薄情者です。
どうかぼくのことなどお気になさらず通り過ぎてください。うずくまるぼくになど目もくれず前を見て進んでください。もしお気に障るようでしたら、ぼくも立ち上がって歩きましょう。あなたになど目もくれないふりをして、固い手足を人間のように動かしましょう。
人をあいすることを、とこしえという概念を、どうやらぼくは母親の腹の中に置いてきてしまったようなのです。きっと自分はあなたを好きであるという確証が、ぼくにはどうしたって持てないのです。
捨てられることは恐ろしくありません。いいえ、ほんとうは恐ろしい、恐ろしいのだけれどそれを口に出してしまうと世にも稀なるやさしいひとがぼくの肩に手をかけてしまうのです。それは捨てられるよりずっと恐ろしいことですが、しかしぼくがほんとうにずっと恐ろしいのはぼくがあなたを捨ててしまうことであります。
きっと好きだと思っていたものはそこまで好きではありませんでした。好きだと確かに思っていたものでさえ気がつけば愛想は尽きておりました。そんなことを何度も何度も繰り返すうち、いつのまにかぼくのこころは愛を簡単に手放してしまうようになりました。好きなものを好きでなくなる、その後の胸にあいた穴がぼくを飲み込んで息さえできなくなる、その感覚が何より恐ろしいのです。愛のために空いた穴が、何度埋めてもからっぽになる、その感覚に泣き叫びそうになるのです。
愛がほしいと泣くくせに、自分が他人をあまりにも簡単に裏切れることをずいぶん昔に知りました。気分一つであっさり捨ててしまうくせに、それでも飢えて悲鳴を上げる怪物のようなこころを知りました。
だからぼくは他人の悪意を嫌います。それを耳にしたとたん、ぼくのこころからまた一つ誰かへ何かへの愛が抜け落ちてしまうからです。そんな小さなものにすら感化されるぼくのこころを、きっと誰よりもぼくが信じていないのでしょう。もうとっくのとうに自分への愛を手放してしまったぼくは、もう二度と自分を信じることができないのでしょう。
だからどうかお願いです、手を離してください。ぼくのことなど放っておいて。たとえあなたがほんとうにぼくを好いていてくれたとして、しかしだからこそぼくはそれが恐ろしい。きっと一生恐ろしいままで死ぬのでしょう。それでいいのです、ぼくはそれでいい。正しく己を高める人間として生きることをやめてしまったぼくは、きっとはじめからそういうふうに生まれてきたのです。
誰かに愛される権利などない、ぼくは天性の悪党でありました。善人になろうとして、やっきになって、そうしてそれが傷つけることだと知りました。それなのにちいさくちいさく残った臆病な良心を、ぼくはこの後に及んで手放していない。
愛することはいつだって絶望でした。愛されたその先には、いつだって光の一片すら残っていませんでした。だからもう、いいのです。きっとぼくは救われないし、それでいい。
だからお願いです、何度でもお願いします。どうか、どうか、ぼくがあなたのこの手を愛していられるうちに、あなたの方から離してください。ぼくなど打ち捨てて、まっすぐ生きて。
ぼくには、もう、それだけしか望めません。




