辞表
食べても食べても死んでしまう感情物が口惜しいので、人間を辞めることにしました。辞表の宛先は世界で一番好きな人にしようかと思ったけれど、よく考えたらわたしに世界で一番好きな人などおりませんでした。なので人間に宛てることにしました。
恋をしていました。きっと誰に聞いてもそれは恋ではないと首を傾げられる愛しさを、わたしは恋と呼びます。わたしはそうして辞書に恋を書き込みました。与えられるものを拒絶したがるのは、ただ与えることだけが喜びだからです。恋した存在には自由であれと呪いをかけたくなりました。わたしに興味を向ける存在は煩わしいので好きにはなれません。わたしのことを知ろうとせず、ただ僅かばかりの友情を与えてくれる存在をわたしは友と呼びます。わたしはそうして辞書に友を書き込みました。けれどもそうして作った友はやがて力を失った付箋のように離れていくものですから、今いる友だけを大切にして、昔の友は後ろに置き去りにすることにしました。
薄情な人間です。そのような人間は忌避されやすいので、なんとかして人間を辞めることにします。けれども困ったことに、この世界に人間を辞めたいきものが集う場所はどこにもないのです。わたしが知らないだけかもしれませんね。なのでもし知っていたら教えてください。わたしが死んでしまう前に。もしかするとこの辞表は遺書になってしまうかもしれませんが、それは少々困るので、人間を辞めたいきものが集う場所が見つかるまでは、誰にも渡さず、ただ人間のフリをして生きることにいたします。
今までお世話になりました。これからもお世話にはなるかと思います。できるだけ人間のフリをしますが、もしわたしのことをいびつだと感じても、どうか口には出さずいてください。わたしはきっとあなたの前から消えます。いつか消えますから、それまではどうか、忘れていただけると幸いです。
わたしがあなたを動物として愛していることも、知らないままでいてくださいね。




