パン屋のおにぎりと、最後に1枚
「あなたはごはん派かパン派か」
なんてアンケートをわざわざどこかの企業が集計したらしいが、結果は言わずもがなである。
ごはん派が8割で、パン派が2割という結果だったらしい。この結果に驚く人間がこの日本にいるはずもないだろう。さらにごはん派にその理由について尋ねたところ、上位3つは「味が好き」「おかずにあう」「腹持ちがいい」だったという。
たしかにどれもその通りだとは感じるが、僕に言わせればそんな理由は全て正解ではないと思う。
.....日本人だからだろうが!
理由だ何だ以前に、僕ら日本人は米に生き、米に生かされ、米を愛し、そして子孫を紡いできたんだ。日本では古来から米作りによって生計をたて、ある時代はそれがカネのように扱われた。作り手は何百年に渡ってより美味い米を作るために努力し続け、現代では約500もの品種が生まれている。そんな米がパンに主導権を握られるわけがないのだ。
そしてなんとなくお気づきだろうが、僕は米が本当に大好きだ。ブランドはもちろん、炊き方にもこだわりがあり、主食としてパンを食べるなんてことは有り得ない。おやつとして菓子パンなんかは食べたりもするけれど、主食と言われたら米以外考えられないのだ。
そんな僕が今日、パン屋に足を踏み入れることになった。
え?好きで訪れた訳じゃないに決まってるだろ。
なにを隠そういま現在付き合っている彼女の実家がパン屋だったのだ。
今日は彼女に頼まれ、初めて相手方の両親に挨拶に来たというわけである。
付き合い始めた当初、実家がパン屋だと告げられた時はどうしようかと思ったが、別に彼女自身に罪は無い。実家にいた時は毎日売れ残ったパンを食べねばならなかったと教えられた時は、ああかわいそうに
彼女はなんて家に生まれてしまったのだとひどく同情したのを覚えている。
一方、交際自体はというと、順調そのもので、なんにせよとにかく気が合うのが良かった。彼女はとても穏やかな性格で、一緒にいるだけでなんだか心が落ち着くのだ。
そんな彼女だからこそ、親に会って欲しいと言われたときは正直に嬉しかった。彼女の真剣さが伝わるお願いにも僕は全霊で答えてあげねばならない。
今日は向こうの両親から、僕が娘にとって足りる存在であるということを示さなければならないのだ。
都心から車を走らせ、休憩を挟みつつ4時間ほどで彼女の生まれ育った町に到着した。都会育ちの僕からすると、そこはたいそうな田舎町で、とにかく人が少ない。彼女の案内に従いたどり着いたそこは、やはりパン屋だった。
三角屋根の建物は二階建てで、白の外壁に木製の扉、大きな窓が道路側にあり、店内にずらりと並ぶパンの様子が見て伺える。備え付けの駐車場に車を停め、手土産を片手に緊張しつつも歩みを進める。彼女が扉を開けるとカランコロンと鈴の音が鳴った。
「いらっしゃいませー」
「あら!おかえりなさい!」
生成色のエプロンをかけ、白シャツにデニムを合わせ、髪を緩くまとめたその人は、僕の彼女にそっくりな笑顔で店の奥から駆け寄ってくる。
「こんにちは、〇〇と申します。娘さんとはお付き合いさせて頂いておりまして、、、えーっと、、はい。」
緊張気味だったせいか上手く挨拶できたとは言えないが、まあ十分だろう。
「もちろん聞いてるわよ!遠いのにありがとね!今日はもうお店閉めるから、お父さんに声掛けて2階上がってて!」
「はーい」と彼女が返事をする。
手を招かれたのでついて行くと、奥に進むにつれてふんわりと甘くて香ばしい香りが鼻をくすぐった。決して広くはない販売スペースに所狭しと並べられたパンは定番のものから変わり種まで様々だ。
今日はお昼ご飯が早かったせいか、あろうことかお腹が空いてきてしまった。
彼女とともにキッチンを除くと、中には白いコックシャツを腕まくりして、黙々とパン生地をこねる男性の姿があった。
「お父さんただいま」
「おお、帰ったか」
そう言いながら彼女の父はチラリと僕に目をやった。
「こんにちは。〇〇と申します。娘さんとはお付き合いさせて頂いておりまして、今日はご挨拶させて頂きたく参りました。」
うん、さっきより言えたかな。
「こんにちは、こんなとこだけどゆっくりしていってください」
「ありがとうございます」
丁寧に挨拶を交わした後は、彼女とともに2階の居住スペースへ上がった。彼女の部屋へ案内された僕は、ベッドに腰をかけ、しばらく彼女の昔話に耳を傾けたりして過ごした。1時間ほど経って、彼女の母から夕食の支度ができたと声をかけられた。
嫌な予感を覚えつつリビングに向かうと、そこには驚きの光景が広がっていた。
人が一人寝そべることができるであろう大きさのダイニングテーブルに、先ほど店舗で見たパンたちがずらりと並べられていたのだ。先に着席しているお父さんが「うちのパンはこの町でも人気でね、自分で言うのもなんだけど、どれもほんとに美味しいんだよ」と僕に向かって話す。
「わーおいしそう、こんなにたくさん」とりあえず褒めてみた。
「残り物だけど時間は経ってないから、好きなだけ食べてね」
「はい!頂きます!」
…ちょっと待て、やっぱりこれが夕食ってことか?
彼女から話は散々聞いてきたけど、ほんとにそうなのか。だとしたら米はないのか。大きなテーブルを見渡すも茶碗に入った白米はなければ、当然箸もない。一面に広がるは小麦畑だった。僕はとりあえず、1番近くにあったやつを手に取った。明太フランスだった。その時に気づいたのだが、何故か皆が僕の一挙手一投足に注目している。視線を感じながらひと口齧る。
パリッとした食感に温かい香りが口いっぱいに広がる。程よい塩味とバターのまろやかさが絶妙なバランスで悪くない。これが白米の上に乗っていたら最高なのに…
「うーん!美味い!こんなに美味いパン食べたことないです」
「そうだろう!次はこれも食べてみてくれ、クロワッサン!」
いやいや、クロワッサンって夕飯に出るもんなのか?この流れまずいぞ。なんて思ったが当然誰にもそんな態度は見せられず、僕は勧められるがままに、ひたすら多種多様なパンを齧り続けた。
途中、お母さんが「あ、忘れてた!カレーもあるよ!」と言った時は一瞬だけ希望が芽生えたのだが、お盆にのった大量のカレーパンを見て、気持ちは奈落の底へと落ちていった。もはや機械のように、一心不乱にパンだけを食べ続けた。ほとんどのパンを平らげたところで、お父さんは満足そうに「ごちそうさま。こんなにウチのパンを褒めてくれるなんて嬉しい限りだね。これからも娘をよろしくね」といい、夕食会の終わりを告げた。
なんとかやりきったのか。僕は油でこってりとした口の中を麦茶で流したあと、彼女の部屋に戻り、後は適当に過ごした。彼女は何度もありがとうと言って笑顔でいてくれた。喜んでくれたのならいいか。今後だって実家にはたまに来るだけだろうしな。そんなことを思いながらその日は早めに床に就いた。
翌朝目が覚めると、ベッドで寝ていた彼女の姿はなく、トイレを借りようと部屋を出たところで彼女と鉢合わせた。
「あ、おはよう!よく寝れた?」
「おはよう、おかげさまで」
「朝ご飯、できてるよ!」
「あ、ありがとう」
そうか、朝ごはんもあったか。失意のままにトイレを済ませ食卓へ向かうと僕は自分の目を疑った。
机に置かれた四角い平皿の上には、パリパリの海苔が巻かれたおにぎりが綺麗に3つ並び、湯気が立っている。その横には味噌汁があり、小皿には漬物がちょこんと添えられていて、箸置きの上には朱色の箸が丁寧に置かれていた。
困惑した僕をみて、彼女が笑った。
「パン、あんまり好きじゃないのに、ありがとう」
「知ってたの?」
「うん、昨日は試すような真似してごめんなさい。けどウチがパン屋である以上はどうしても〇〇君にも一緒にウチのパンを食べて欲しかったの」
僕は彼女の作った朝食をあっという間に平らげた。やっぱりごはんは最高だ。間違いない。
でもーー
僕はテーブルに置かれたトースト用のバターをチラリと見てから、少し照れながら彼女に言った。
「1枚だけね」




