@8 — 追跡者の影(4)—
「……逃げられたか」
ライルは悔しげに剣を納める。
セリスも息を整えながら、周囲を警戒した。
(帝国の追っ手……やっぱり、どこかで監視されていたんだ)
「セリス、大丈夫か?」
ライルが振り向いて尋ねる。
「うん……大丈夫。でも、たぶんこれからもっと追われることになる」
「ああ……それに、あいつらが逃げたってことは、すぐに増援が来るかもしれねぇな」
セリスはギュッと拳を握った。
(このままでは、どこにいても帝国に追われ続ける)
(だけど……私は、逃げるだけじゃなくて、真実を探しに行かないといけない)
彼女は決意を新たにし、ライルを見つめた。
「ライル、《王の書庫》を探しに行こう」
「……ああ。そのつもりだったさ」
ライルが微笑む。
次の目的は、王国の知識の宝庫——《王の書庫》の手がかりを見つけること。
だが、その前に……
「一旦、町を離れよう。このままじゃ、また敵が来る」
「うん!」
二人は図書館を後にし、すぐに町を抜けるために動き出した。
***
セリスたちの進む獣道は、鬱蒼と茂る森の奥へと続いていた。木々が風にざわめき、遠くで鳥の鳴き声が響く。だが、その静寂を破るように、木の上から乾いた声が響いた。
「そこまでだ、旅人ども!」
木々の間から十数人の男たちが姿を現す。肩に皮の鎧をまとい、粗野な布で顔を隠した盗賊たちだ。手には刃こぼれした剣や棍棒を握りしめ、殺気を露わにしている。
セリスはすぐに状況を理解した。
待ち伏せ──ここは奴らの縄張りだ。
「おいおい、物騒じゃないか。せめて話し合いってもんがあるだろ?」
カイが気楽な口調で言うが、その目は笑っていなかった。
「話し合い? 笑わせるな。お前らの荷物と女を置いていけば、命だけは助けてやる」
「……言ってくれるわね」
セリスが低く呟いた瞬間、盗賊の一人がナイフを抜き、一直線に彼女へと飛びかかる。
──刹那、銀の閃光が走った。
「ぐあっ……!?」
ライルの大剣が唸りを上げ、盗賊のナイフごと弾き飛ばす。盗賊は地面に転がり、呻き声を上げた。
「やれやれ……無理矢理通らせてもらうしかなさそうだな」
ライルが剣を構え直すと、残った盗賊たちが一斉に武器を振りかざした。
「やっかいね、さっさと片付けましょ!」
セリスが影のように動き、背後に回り込むと、剣の柄で一人の首筋を打ち抜いた。軽く剣を回しながら、余裕の笑みを浮かべる。
残った盗賊たちは顔を引きつらせながら後ずさった。
「チッ……こいつら、ただの旅人じゃねぇな……!」
「次は容赦しないわよ」
セリスが剣を構えると、盗賊たちはついに戦意を喪失し、森の奥へと逃げ去っていった。
──静寂が戻る。
「ふぅ……。さて、邪魔も片付いたことだし、ゼルヴァニアへ急ぐとしましょうか」
セリスが額の汗を拭いながら言う。
「まったく、次から次へと面倒ごとばかりだな」
ライルが呆れたように剣を納める。
「ありがとう。全部私の……」
セリスも俯きながら静かに剣を鞘に戻した。
──再び歩き出す。
ゼルヴァニアの都、エルデンブルクを目指して。




