@7 — 追跡者の影(3)—
— 追跡者の影(3)—
翌朝、セリスとライルは《ルーヴェンの町》の図書館を訪れた。
図書館は石造りの堂々とした建物で、町の中央広場に面していた。中に足を踏み入れると、古い書物の香りと静寂が広がる。天井まで届くほどの本棚がずらりと並び、かすかな蝋燭の灯りが影を作り出していた。
「ここなら、何か手がかりが見つかるかもしれないな」
ライルは辺りを見回しながら呟いた。
セリスは図書館の奥へと進む。
歴史書や王国の記録が収められている棚を探しながら、ふと気づいた。
——古い時代の記録が、ほとんど抜け落ちている。
「ライル……これ、見て」
セリスが手に取った本のページを開くと、エルセリア王国の記述が不自然に途切れていた。
まるで、誰かが意図的に削除したかのようだった。
「……やっぱり、王国の記録は抹消されているのか」
ライルが眉をひそめる。
エルセリア王国の滅亡から十年以上が経過している。
その間に、帝国によって歴史が改竄されたのだろう。
だが、それでも完全に消し去ることはできないはずだ。
セリスは慎重にページをめくりながら、小さな手がかりを探した。
そしてしばらくして、セリスは一冊の古びた本を見つけた。
『失われた王国とその遺産』
表紙に刻まれた題名を見て、彼女は胸が高鳴るのを感じた。
(もしかして……エルセリア王国についての記述が?)
急いでページをめくると、そこには驚くべき内容が記されていた。
——《王の書庫》、エルセリア王国の王族が代々守ってきた知識の宝庫。
——王国の歴史、魔法、技術、すべての記録がそこに眠る。
——だが、王国滅亡と共に、その在処は歴史から消え去った。
「王の書庫……!」
セリスは思わず声を上げた。
もしこの《王の書庫》が本当に存在するなら、そこにはエルセリア王国の真実が眠っているはずだ。
そして何より、彼女の持つ《記憶の継承》の力の秘密も——
「ライル、これ……」
セリスが本を見せると、ライルはじっと内容を読み込んだ。
「……なるほど。つまり、お前の記憶を解き明かす鍵は、この《王の書庫》にあるってことか」
「うん……でも、場所は書かれていない……」
王国が滅びる前に、王族の誰かが書庫の場所を隠したのだろう。
だが、手がかりは確かにある。
「まずは、この《王の書庫》を探す手がかりを集めよう」
ライルがそう言い、セリスは力強く頷いた。
だが、その時だった。
静寂の中に、異質な気配が混じる。
図書館の扉が静かに開かれた。
黒い軍服の男が二人、ゆっくりと中へ入ってくる。
セリスは息を呑んだ。
「……帝国の兵士」
彼らの肩には、見覚えのある紋章が刻まれていた。
——《黒鴉》の紋章。
(追っ手が……もうここまで!?)
ライルは素早く周囲を確認した。
まだこちらに気づかれてはいないが、時間の問題だった。
「セリス、急いで外に出るぞ」
ライルが低い声で指示する。
セリスは本をそっと棚に戻し、静かに歩き出した。
だが——
「待て」
鋭い声が響いた瞬間、黒鴉の兵士が彼らを見つけた。
「……やっぱり、お前らが王女の残党か」
男は剣を抜き、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「面倒なことになる前に、大人しく来てもらおうか?」
その言葉に、セリスは震える拳を握りしめた。
(ここで捕まるわけにはいかない!)
ライルが剣を引き抜き、即座に構える。
「……悪いが、ここで捕まる気はねぇよ」
緊迫した空気が図書館の静寂を切り裂く。
「セリス、下がってろ!」
ライルがすかさず前に出て剣を構える。
黒鴉の兵士の一人が低く笑った。
「……なるほど。確かに腕が立ちそうだな」
言葉と同時に、兵士が踏み込んできた。
——ギィン!
鋭い剣閃が交わる。
ライルは瞬時に敵の斬撃を受け流し、カウンターを狙う。
だが、黒鴉の兵士もなかなかの剣士だった。並の兵士であれば一撃で終わるはずの一刀が、難なく防がれる。
——チッ、こいつら、ただの兵士じゃねぇな!
彼の脳裏に警戒の色が走る。帝国が精鋭を送り込んできたということは、それだけ重要な目的があるということだ。
ライルは直感した。
(こいつら、帝国の精鋭部隊か……!)
黒鴉は、帝国の特殊部隊。
その中でもここにいるのは、尋問や追跡に特化した者たちだろう。
「王女の残党が、どれほどのものか……試してやるよ!」
兵士が剣を振るいながら迫る。
ライルは紙一重で回避し、カウンターの一撃を叩き込む。
——ガキン!
しかし、兵士はすぐに体勢を立て直した。
「……やるな」
「お前もな」
ライルは冷静に間合いを測る。
一方で、セリスも状況を見ていた。
(ライルが戦ってくれてるけど、私も……!)
何かできることはないか。
そう思った瞬間、彼女の頭にある記憶が閃いた。
——《魔導の記憶》
(……そうだ、あの魔法なら!)
セリスは素早く呪文を唱え始める。
「《ウィンド・バインド》!」
彼女の声とともに、風が渦を巻いて敵兵の足元を絡め取る。一瞬、兵士たちの動きが止まった
「なっ……!?」
足元に絡みつく風の鎖が、敵の体勢を崩す。
「ライル!」
「おう!」
セリスの支援を受け、ライルはすかさず剣を振り抜く。
——ザシュッ!
鋭い一撃が兵士の肩を切り裂いた。
「ぐっ……!」
黒鴉の兵士は苦悶の表情を浮かべ、一歩後ずさる。
「チッ……! 仕方ない、撤退する!」
傷を負った兵士が仲間に合図を送る。
もう一人の兵士が、素早く煙玉を取り出した。
——パァン!
煙が一瞬にして視界を覆う。
「くそっ、逃がすか!」
ライルは剣を構え直したが、兵士たちはすでに姿を消していた。




