@6 — 追跡者の影(2)—
— 追跡者の影(2)—
戦いの余韻が、森の静寂に溶けていく。
セリスは肩の傷を押さえながら、荒い息をついていた。
ライルも剣を収め、周囲を警戒する。
「とりあえず、ここを離れるぞ」
ライルが短く告げた。
戦いの音が響いた以上、他の帝国兵が気づいていないとは限らない。
早く森を抜け、次の目的地へ向かう必要があった。
「セリス、歩けるか?」
「……大丈夫、行こう」
痛みはあるが、今は止まっている場合ではない。
セリスは剣を握りしめ、ライルの後を追った。
***
森を抜けた先には、小さな町があった。
石畳の道が整備され、木造の建物が立ち並ぶ。
町の広場には噴水があり、行き交う人々の活気が感じられた。
「ここならしばらく身を隠せるかもしれないな」
ライルは町の様子を見回しながら呟く。
黒鴉の兵士たちは全滅したが、彼らが報告を済ませていた可能性は高い。
帝国が次の追っ手を送り込むのは時間の問題だろう。
「まずは宿を探そう。それから情報を集める」
「うん……」
セリスは小さく頷きながら、胸に手を当てた。
あの戦いの最中に甦った記憶——あれは一体何だったのか。
ほんの一瞬だったが、まるで別人になったような感覚があった。
剣を握る手が、自然に動いたあの瞬間——
(……もしかして、王国の誰かの記憶?)
自分の中にある《記憶の継承》の力。
その意味を知るためにも、もっと多くの記憶を取り戻す必要がある。
(エルセリア王国の過去……そして、私の使命……)
深く考え込むセリスの横で、ライルが歩みを止めた。
「……あそこが良さそうだな」
視線の先には、小さな宿屋の看板が揺れていた。
二人は宿の扉を開け、中へ入った。
「いらっしゃいませ!」
受付には、小柄な女性が立っていた。
栗色の髪を三つ編みにした、明るい雰囲気の店主だった。
「二人分の部屋を頼みたいんだが……空いてるか?」
ライルがそう尋ねると、店主はにこりと微笑んだ。
「ええ、大丈夫ですよ。今日はちょうど空きがあります」
「助かる。すぐに部屋を借りたい」
「それなら二階の部屋をお使いください。お食事もお出しできますよ」
宿屋の温かい雰囲気に、セリスは少しだけ肩の力を抜いた。
「ありがとうございます」
二人は鍵を受け取り、部屋へ向かった。
部屋の中は簡素だったが、ベッドと机、それに暖炉が備えられている。
セリスは椅子に座り、包帯を巻いた肩にそっと触れた。
傷はまだ痛むが、命に関わるほどではない。
ライルは剣を手入れしながら、静かに言った。
「……お前の力、確かに本物だな」
セリスは驚き、顔を上げた。
「私の……力?」
「戦いの途中、お前は一瞬だけ別人のような動きを見せた」
「……それは」
セリスは言葉に詰まりながら、胸の奥にある疑問を口にする。
「私の中で、誰かの記憶が……甦った気がするの」
ライルは剣を置き、彼女をじっと見つめた。
「その“記憶”ってのは、具体的にどんなものなんだ?」
セリスは静かに目を閉じた。
戦いの最中、確かに感じた。
剣の握り方、敵の動きの見極め方——
それはまるで、誰かが自分に語りかけるような感覚だった。
「……名前はわからない。でも、私が知っているはずのない剣技を、自然と使えた」
「つまり……エルセリア王国の誰かの記憶ってことか」
「……たぶん」
セリス自身も、確信には至っていない。
だが、一つだけ確かなことがある。
この力を解き明かせば、滅びた王国の真実にたどり着けるかもしれない——
ライルはしばらく考え込んだ後、静かに言った。
「……明日、町の図書館に行こう」
「図書館?」
「昔の記録が残っているかもしれない。お前の力の手がかりも見つかるかもしれないしな」
「……うん!」
セリスは力強く頷いた。
自分の過去と向き合うために——そして、エルセリア王国の謎を解くために。
こうして、二人は次の手がかりを求め、新たな一歩を踏み出すのだった。