@44 聖なる泉へ
@ 聖なる泉へ
オルディアの夜は静かだった。だが、セリスたちの胸の内には嵐のような決意が渦巻いている。
「聖なる泉に向かうとして、問題はどうやってそこに辿り着くかだな」カイが地図を広げながら言った。
「確か、オルディア連邦の砂漠地帯にある遺跡に泉の手がかりがあるんだろう?」ライルが確認する。
「ええ。だけど、その遺跡には帝国の部隊がすでに向かっている可能性が高いわ」ミアが険しい顔をする。「しかも、あそこは古代の魔法が今も残っている。危険な罠もあるはずよ」
「まあ、今さら危険だからやめようって話にはならねえだろ?」カイが笑う。
「当然だ」セリスが真剣な目で答える。「私たちは、絶対に聖なる泉へたどり着かなきゃいけない。帝国が歴史を改ざんする前に!」
レオンが腕を組み、唸るように言った。「帝国が泉を狙う理由はわかった。だが、俺たちが行くなら、それ以上の覚悟が必要だぞ」
「分かってる」セリスは強く頷く。「私は、エルセリア王国の記憶の継承者として……この世界の真実を取り戻す」
彼女の決意に、仲間たちも深く頷いた。
「よし、なら出発は明朝だな」ライルが言う。「オルディアの市場で物資を調達して、それから砂漠へ向かおう」
「帝国が本格的に動き出す前に、先に手がかりを見つけるぞ」カイが軽く拳を握る。
こうして、セリスたちは次なる目的地──聖なる泉の手がかりを求め、砂漠の遺跡へと向かうことになった。
夜が明けると同時に、セリスたちはオルディアの市場へ向かった。砂漠を越えるには十分な水と食料、そして特殊な装備が必要だった。
「砂嵐対策に、この布を持っていくといいよ」
商人から渡されたのは、砂漠の民が使う防護布だった。顔を覆うことで、砂塵から身を守ることができるらしい。
「ふむ、なかなか実用的だな」ライルが手に取りながら頷く。「砂漠の暑さと夜の寒さ、両方に耐えられる装備も必要だ」
「まったく、砂漠ってのは面倒な場所だぜ」カイがぼやきながら、軽装の防具を選んでいた。「魔法の冷却石とか、そういうのはないのか?」
「あるにはあるけど、高価すぎるわね……」ミアが店の品を見て首を振る。「まあ、魔道具を使えばある程度の暑さは凌げるわ」
「じゃあ、なるべく軽装で行くのが良さそうだな」レオンが大きな水袋を肩に担ぐ。「俺は荷物持ち役になろう。お前らは少しでも身軽にしておけ」
「助かるよ、レオン」セリスが微笑んだ。
準備を終えると、彼らはオルディアを後にした。
砂漠への道のりは長く、そして過酷だった。
陽が昇ると、灼熱の風が肌を焼いた。砂の海がどこまでも広がり、目印になるものはほとんどない。
「これ、本当に進んでるのか?」カイが汗を拭いながらぼやく。「全部同じ風景に見えるんだけど」
「大丈夫、ちゃんと進んでるわ」ミアが魔法で測定した地図を確認する。「でも、もう少ししたら休憩を取らないと危ないわね」
「確かに……このままでは体力を消耗するばかりだな」ライルも頷く。「近くに休める場所はないか?」
「もう少し行けば、岩陰があるはずよ」ミアが指さした。
そこには、砂漠の中にぽつんとそびえる岩の塊があった。太陽を遮るには十分な大きさだ。
「よし、あそこで休もう」セリスが指示を出し、一行は足を速めた。
だが、そのとき——
不吉な気配が、砂の下から忍び寄っていた。
セリスたちは岩陰へ向かって歩を進めた。
ゴゴゴゴ……!
大地が震え、砂が波打つように盛り上がった。
「……来るぞ!」ライルが剣を抜き、警戒を強める。
「まさか、砂漠の魔獣か?」カイが後ずさる。「おいおい、こういうのは聞いてねぇぞ!」
「静かに!」ミアが鋭く囁いた。「足音を立てると、余計に引き寄せる!」
その言葉が終わるや否や——
ズシャアアアア!
砂の中から巨大な影が飛び出した。それは——**砂蟲**だった。
長大な身体を持ち、ざらついた茶色の外殻に覆われた魔獣。その口は円形に裂け、無数の牙が螺旋状に並んでいた。
「厄介だな……!」レオンが構える。「こいつは魔法の耐性が高い。下手に炎を使うと暴れ出すぞ!」
「なら、どうすれば……」セリスが考える間もなく、砂蟲が猛然と突進してきた。
「くっ!」ライルが剣を構えて跳躍する。砂蟲の攻撃をかわし、斬撃を浴びせるが、外殻は硬く、刃が浅くしか通らない。
「ちっ……手強い!」
「だったら、狙うのは——」カイが素早く動いた。「目だ!」
彼は砂蟲の側面へ回り込み、隠し持っていたナイフを投げつける。刃は見事に魔獣の小さな眼に突き刺さり、砂蟲は**ギャアアアア!**と悲鳴を上げてのたうち回った。
「よし、今だ!」レオンが跳び上がり、強靭な腕力で砂蟲の頭部に拳を叩き込んだ。**ズドン!**という衝撃音とともに、魔獣は砂の中へと沈み込む。
「まだだ……気を抜くな!」ミアが警告する。「こいつはしばらくして、また現れるはず!」
「だったら、決着をつける!」セリスが剣を構えた。「やつが次に出てきたとき、終わらせるわ!」
ゴゴゴ……!
再び砂がうねり、砂蟲が飛び出そうとする——その瞬間、
「——閃け、王の記憶!」
セリスの瞳が輝き、刹那、彼女の脳裏に古の戦士たちの記憶が流れ込んだ。
(この剣技なら……!)
砂蟲の頭が出ると同時に、彼女は一気に跳躍し——
「——蒼影の刃!」
閃光のような斬撃が魔獣の弱点を正確に捉えた。
ズバァァァァッ!
巨大な魔獣は断末魔を上げ、砂の上に崩れ落ちた。
——静寂。
砂漠の風が吹き、ようやく戦いの終わりを告げる。
「……やったか?」カイが恐る恐る近づく。
「ええ、倒したわ」セリスが息を整えながら剣を収める。「でも、まだ気をつけて。この砂漠には、ほかにも何が潜んでいるかわからない」
「そうだな……行こう。ここに長く留まるのは危険だ」ライルが周囲を見渡し、前方を指す。「休むのは、もっと安全な場所に着いてからだ」
レオンが肩を回しながら頷く。「まったく……砂漠は試練だらけだな」
ミアは微笑しながら歩き出した。「でも、これで一歩前進ね。聖なる泉まで、あと少しよ」
セリスたちは再び砂漠を進み始めた。




