@43 受け継がれる言葉
@ 受け継がれる言葉
セリスの意識が深い闇の中へと沈んでいく。
次の瞬間、目の前に広がったのは──かつてのエルセリア王国の王城だった。
黄金に輝く塔、壮麗な回廊、風に揺れる白い旗──しかし、それらはどこか儚く、今にも消えてしまいそうな影のようだった。
「これは……幻?」
周囲を見回すセリスの耳に、静かな声が響いた。
「汝、エルセリアの血を継ぐ者か」
振り向くと、そこには威厳に満ちた姿の男性が立っていた。
彼の銀色の髪、青い瞳──その顔は、セリスが何度も夢で見た人物と同じだった。
「……あなたは」
「エルセリア最後の王、アルフォンス・エルセリア……お前の祖父にあたる者だ」
セリスは息をのんだ。
「私の……祖父……」
「お前がここにたどり着く時が来るとはな」アルフォンスは静かに微笑んだ。「ならば、お前に伝えねばならぬことがある」
彼はゆっくりと手をかざし、空中に浮かび上がる光の文字を示した。
「聖なる泉の封印を解く鍵」
「王家にのみ伝わる言葉」
「それは、歴史を繋ぐ者が紡ぐ誓い」
セリスの胸が高鳴る。
「この言葉があれば、泉の力を……?」
「そうだ。しかし、それは諸刃の剣でもある」
アルフォンスの表情が険しくなる。
「帝国が恐れているのは、泉の記憶が復活し、過去の真実が暴かれること。だが、もし帝国が泉の力を完全に掌握したなら、彼らは過去を“作り変える”ことができる」
「作り変える……?」
「歴史は記憶によって形作られる。もし帝国が“都合の悪い記憶”を消し、“都合の良い記憶”だけを植え付ければ、民はそれを信じ、世界そのものが変えられてしまうだろう」
セリスの血が凍る。
帝国の本当の狙いは、ただの支配ではない──
世界の記憶を書き換え、歴史そのものを改ざんすることだった。
「そんなこと、許せない……!」
「だからこそ、お前はここに導かれたのだ」
アルフォンスはセリスの手を取り、強く握った。
「聖なる泉の封印を解くには、王家の血を継ぐ者が“誓いの言葉”を口にしなければならない。そして、その言葉を知ることができるのは、お前だけだ」
「……誓いの言葉?」
アルフォンスは静かに頷いた。
「目覚めよ、滅びの王国よ──」
「記憶の継承者がここに誓う──」
「歴史を紡ぎし真実の泉よ、今、封印を解き放て」
セリスの中に、まるでその言葉が元々刻まれていたかのように、はっきりとした響きが生まれる。
「この言葉を“聖なる泉”で唱えれば……」
「そうすれば、封印は解かれ、エルセリアの記憶が蘇るだろう」
アルフォンスは、セリスの肩に手を置き、真剣な眼差しで言った。
「だが、覚悟を持て。真実を知るということは、それ相応の責任を伴う。お前が“記憶の継承者”である以上、逃げることはできない」
セリスは拳を握りしめ、深く頷いた。
「……私は、逃げません」
アルフォンスは満足そうに微笑む。
「ならば行け、我が孫よ」
彼の姿が次第に光に包まれていく。
「すべての記憶が戻るとき、お前は選ばねばならない。歴史を取り戻すのか、それとも……」
「それとも……?」
最後の言葉は聞こえなかった。
──意識が浮上していく。
──光が消え、現実へと引き戻される。
セリスは目を開けた。
目の前には、仲間たちの顔があった。
「セリス! 大丈夫か?」ライルが心配そうに覗き込む。
「……私は、大丈夫」セリスはゆっくりと息を整える。
「何か分かったのか?」カイが尋ねた。
セリスは静かに頷いた。
「“聖なる泉”の封印を解く言葉を……思い出したわ」
仲間たちは息をのんだ。
「それがあれば、泉の力を取り戻せるのね?」ミアが確かめるように言う。
「ええ……でも、それと同時に帝国の真の狙いも分かった」
セリスの瞳が強い決意を宿す。
「帝国はただ泉を封じようとしているんじゃない。泉の力を使って、歴史を改ざんしようとしているのよ」
「な……!」レオンが驚愕の声を上げる。
「そんなことが本当に可能なのか……?」ライルが険しい表情を浮かべる。
「帝国が泉を完全に支配してしまえば、それが可能になるかもしれない……」ミアは冷静に言った。「だからこそ、急がなきゃいけないわね」
カイが腕を組み、笑みを浮かべた。「ってことは、ここでぐずぐずしてる暇はねえってことだな」
セリスは頷き、仲間たちを見回した。
「聖なる泉へ向かうわ」
「帝国が泉を掌握する前に──私たちが、真実を取り戻す!」
夜の風が吹き抜ける倉庫の中で、セリスたちは新たな決意を固めた。
次なる目的地は──“聖なる泉”。
そして、そこで明かされるのは──エルセリア王国の最後の記憶だった。




