@42 影に潜む刃
@ 影に潜む刃
セリスたちは足音を殺しながら、慎重に帝国の研究員と兵士たちの動向を見守っていた。研究員が扉を開けた後、帝国兵の一人が後ろを振り向いた。
「……?」
警戒しているのか、兵士はしばらく周囲を見回していた。しかし、闇の中に潜むセリスたちには気づかない。
「慎重に……」ミアが小声で囁く。
やがて兵士たちは研究員を伴って扉の向こうへ進み、再び鍵をかける音がした。
「鍵を奪うには、まずあの研究員を単独にしないといけないな」ライルが低く呟く。
「そうね。でも兵士の護衛がついている以上、今は手が出せない」セリスは静かに答えた。
カイが小さく笑う。「だったら、ちょっとした細工をしてやろうか」
彼は懐から小さなガラス瓶を取り出した。中には淡い紫色の液体が入っている。
「……これは?」レオンが怪訝そうに尋ねる。
「帝国兵をちょっと眠くさせる特製の香りさ」カイは悪戯っぽくウィンクした。「ただし、全員を眠らせるには時間がかかる。うまく研究員だけを外に出す必要があるな」
セリスはしばらく考え、ある計画を思いついた。
「ミア、魔法で扉の向こうに物音を作れる?」
ミアは頷いた。「できるわ。どんな音にする?」
「誰かが転んで荷物を落としたような音……それで、研究員を外に呼び出せないか試してみましょう」
「了解」
ミアがそっと手をかざすと、扉の向こうから**ガシャーン!**と、何かが崩れるような音が響いた。
すぐに、中から兵士の声が聞こえた。「何だ?」
「おい、お前、見てこい」
扉が再び開き、研究員が困惑した顔で外に出てきた。
「すみません、何か落としたのかと……」
研究員が扉の外へ出た瞬間、カイが素早く背後に回り込んだ。
「悪いな、お借りするぜ」
カイは研究員の口を手で塞ぎ、もう片方の手で素早く鍵を奪った。研究員は驚いたように目を見開いたが、カイが持っていた布を鼻に当てると、数秒のうちに意識を失い、静かに崩れ落ちた。
「よし、鍵は手に入った」カイが鍵を軽く放り投げながら、満足そうに微笑んだ。
「見事な手際ね」ミアが感心したように言う。
「さすがに慣れたものだな」とライルが呆れたように言った。
「さ、行きましょう。帝国が何を研究しているのか、突き止めないと」セリスは鍵を手にし、鉄柵の扉の前に立った。
鍵を差し込み、ゆっくりと回す。カチリと小さな音を立て、扉は音もなく開いた。
その向こうには、淡い青白い光が揺らめく空間が広がっていた。
「……これは」
セリスたちは息を呑んだ。そこに広がっていたのは、無数の魔導装置が並ぶ巨大な施設。
そして、奥の魔導装置の中には──
大きな水晶に封じられた、誰かの記憶のような光が漂っていた。
「まさか……これが帝国の“新たな兵器”?」
セリスたちは、目の前に広がる異様な光景に息を呑んだ。
青白く輝く水晶の中には、まるで生きているかのように揺らめく光の粒が漂っていた。
「これは……記憶?」ミアが驚きの声を上げる。
「帝国が集めたものなのか?」ライルが険しい表情で呟いた。
「それだけじゃない」カイが壁に掛けられた書類を手に取り、ぱらぱらとめくった。「どうやら、記憶を抽出して兵器に転用する研究みたいだな。ほら、ここに“記憶の力の応用”って書いてあるぜ」
「記憶を……兵器に?」レオンが眉をひそめる。
セリスは無意識に胸元を押さえた。自分の持つ《記憶の継承》の力も、帝国にとっては利用価値があるものなのだ。だが、彼らはそれを“兵器”として使おうとしている。
「許せない……!」セリスの声に、怒りがにじんだ。
「セリス、感情に流されるな」とライルが低く言った。「敵の目的をしっかり把握して、確実に対処するべきだ」
セリスは深く息を吸い、気持ちを落ち着ける。「……分かってる。でも、ここに封じられた記憶は、誰のものなの?」
「それを知る方法があるかもな」ミアが水晶に近づき、そっと手をかざした。「……微かに魔力の波動が感じられる。この水晶、魔法で強く封じられてるわね」
「解除できるか?」カイが尋ねる。
ミアは少し考えた後、頷いた。「時間はかかるけど、やってみるわ」
「頼む」
ミアは静かに呪文を唱え始めた。薄紫の魔法陣が水晶の表面に浮かび上がり、ゆっくりと揺れ動く。
やがて、水晶の輝きが強まり──
ぼんやりとした映像が浮かび上がった。
そこには、一人の男性がいた。
彼は王族らしき衣を纏い、静かに誰かに語りかけている。
「……エルセリアの血を継ぐ者よ。もしこの記憶を見る時が来たなら、真実を知る覚悟を持て」
セリスの心臓が大きく跳ねた。
「この声……!」
見上げると、水晶の中に映し出されたその顔は、セリスがかつて夢で見た人物とそっくりだった。
「エルセリア最後の王……!」ライルが驚きの声を上げた。
記憶の映像は続く。
「帝国は“聖なる泉”の力を恐れ、それを封じようとしている。しかし、それだけではない。彼らはこの力を支配し、自らのものにしようとしているのだ」
「“記憶”の力を操ることができれば、過去を改竄し、歴史を自らの望むままに作り替えることができる。帝国の狙いは、それにある」
「彼らが“滅びの王国”の記憶を完全に抹消する前に、お前が成すべきことを見つけよ」
映像はそこで途切れた。
セリスは拳を強く握りしめる。
「帝国は……ただ過去を封じるのではなく、歴史を改ざんしようとしている……!」
「そんなことが……本当に可能なのか?」ライルが困惑した表情で呟いた。
「あり得るわ」ミアが厳しい顔で言った。「“聖なる泉”は、過去の記憶を呼び覚ますだけでなく、それを書き換える可能性を持つ場所だと伝えられている。もし帝国がそこを完全に支配すれば、歴史そのものが帝国に都合の良いものに書き換えられてしまうかもしれない」
「なら、急がないとな」カイが鋭く言った。「奴らが“聖なる泉”を完全に掌握する前に、俺たちで阻止しねえと」
セリスは深く頷いた。「ええ。でも、その前に……」
彼女は水晶の前に立ち、そっと手を触れた。
「私の力で、この記憶を解放する」
王族の血を引く者だけが持つ《記憶の継承》の力。それがあれば、この水晶に封じられた記憶を解き放つことができるかもしれない。
セリスは目を閉じ、意識を集中させた。
すると、水晶の輝きが強まり、彼女の頭の中に新たな記憶が流れ込んでくる──




