@30 オルディア連邦・交易都市 – 隠者の研究室
@ オルディア連邦・交易都市 – 隠者の研究室
セリスたちはジークに案内され、酒場の奥にある重厚な扉の前に立っていた。ジークがノックすると、中から低くくぐもった声が響いた。
「……誰だ?」
「客だよ。お前の興味を引く話を持ってきた」
ジークが扉に寄りかかりながら答えると、しばらくの沈黙の後、ギィ…と重い音を立てて扉が開かれた。
部屋の中は、壁一面に本が詰まった書棚が並び、天井からは古びた魔道具が吊るされている。机の上には無数の巻物と錬金術の器具が置かれ、どこかの遺跡から持ち帰ったと思われる石版も見える。
「ふん……珍しい客だな」
部屋の奥に座るのは、白髪混じりの長い髭を蓄えた男だった。深い皺が刻まれた顔には鋭い眼光が宿り、ただの学者ではないことが窺える。
「名を名乗れ」
セリスは一歩前に出て、真剣なまなざしで答えた。
「セリス・……ただの旅人ではありません。『聖なる泉』について知りたいのです」
男は彼女をじっと見つめ、そして小さく鼻を鳴らした。
「セリス、か。その銀の髪……どこかで見たような気もするが……まあいい」
彼は立ち上がり、書棚の一角から古びた巻物を取り出した。それを机の上に広げ、指でなぞるようにして言った。
「『聖なる泉』……それは古代より伝わる聖地であり、ただの水源ではない。この泉は、過去と現在を繋ぐ力を持つ」
「過去と現在を……?」
セリスの胸が高鳴る。まるで、彼女の『記憶の継承』と通じる何かを示唆しているかのようだった。
男は巻物を指で軽く叩きながら続ける。
「だが、この泉へ至るには鍵がいる。そして、その鍵は一つではない。三つの封印があり、それぞれが異なる場所に隠されている」
「三つの封印……」
「そうだ。そして、お前たちが探しているのは、おそらくその封印を解く方法だろう」
男は懐から小さな金属片を取り出し、セリスに差し出した。それは奇妙な紋様が刻まれたプレートのようなものだった。
「これは……?」
「古代の遺跡から見つかったものだ。これが何かの鍵であることは間違いない。お前たちが『聖なる泉』を目指すなら、まずはこの紋様の意味を解き明かすことだな」
セリスは慎重にその金属片を手に取り、じっと見つめた。触れた瞬間、頭の奥に微かな違和感が走る。まるで、過去の記憶がかすかに呼び起こされるような感覚……。
「……ありがとう。私たちはこれを手掛かりにしてみる」
男は無言で頷き、再び椅子に腰掛けた。
「気をつけろ。泉の力を求めるのはお前たちだけではない。帝国もまた、それを狙っているはずだ」
セリスは深く頷いた。
新たな鍵を手にした彼女たちは、次の目的地を定める。
いよいよ、『聖なる泉』への道が開かれようとしていた——。
セリスたちは隠者の研究室を後にし、交易都市の石畳を踏みしめながら宿へと向かっていた。
「三つの封印、か……」
ライルが低く呟く。その隣でカイが金属片を指で弾きながら、気だるげに笑った。
「遺跡探索と封印解き……ますます面倒になってきたな」
「けど、これが『聖なる泉』への鍵なら、避けては通れない」
セリスは金属片を握りしめながら言った。触れていると、不思議と胸の奥がざわめく。これは、エルセリア王家に伝わる何かと繋がっているのかもしれない。
「それにしても、まずはこの紋様の意味を解明しないとね」
ミアが金属片を覗き込む。
「古代の魔法文字の一種だとは思うけど、見たことがない形ね……交易都市にある魔導師ギルドで調べれば、何かわかるかもしれないわ」
「よし、それなら明日はギルドに向かおう」
ライルの言葉に、全員が頷く。
だが、その時——
「……あんたたち、なかなか面白い話をしてるじゃないか」
乾いた拍手の音と共に、周囲の空気が一変した。
セリスたちは即座に身構える。路地の影から現れたのは、黒いフードを被った男と、それに付き従う二人の兵士だった。
「帝国の追手……!」
カイが舌打ちし、ナイフを抜く。
「へえ、賢いね。まあ当然か……王の血筋を引く娘さんが、のんびり旅をしてるはずがない」
フードの男はゆっくりとフードを下ろし、その素顔を見せた。銀縁の眼鏡をかけた細身の男。知的な雰囲気を持ちながらも、どこか冷徹な笑みを浮かべている。
「俺の名はエーリヒ。帝国諜報部の者さ」
「帝国の……!」
「おっと、無駄な抵抗はしないでくれよ? こちらも余計な手間はかけたくないんだ。ただ、お前たちには少し、大人しくしてもらう必要がある」
彼が軽く指を鳴らすと、兵士たちが剣を抜き、包囲の態勢を取る。
「さあ、おとなしく投降するか、それとも——」
その言葉を最後まで言わせることなく、ライルが剣を抜き、セリスも腰の剣に手をかけた。
「悪いけど、簡単に捕まるつもりはないわ!」
「フッ、だろうと思ったよ」
エーリヒは肩をすくめ、兵士たちに目配せする。
「なら……少しばかり、手荒くいかせてもらうとしようか」
次の瞬間、交易都市の路地裏で、剣戟の音が鳴り響いた——。




