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@3 ライルとの出会い

 

 どれほど走ったのか分からない。  息が荒く、膝が震える。  森の湿った土の上に転がるように倒れ込んだ。 「……はぁ……っ、はぁ……っ……」

 足がもう動かない。  鼓動が激しくなり、視界がぼやけていく。

 (このままでは、捕まる……!)

 だが、もう走れなかった。  この森で、追っ手が来るのを待つしかないのか——?

 森は鬱蒼と茂り、月明かりすら遮られていた。  冷たい夜気が肌を刺し、背後から聞こえる足音がますます恐怖を煽る。  肺が焼けるように痛み、足は鉛のように重い。それでも、立ち止まれば終わりだと、本能が叫んでいた。

 そのとき。

 ザッ——!

 木々の間から何かが飛び出してきた。  セリスは反射的に身をすくめる。

 ——剣を持った男だった。

「……誰だ?」

 低く、鋭い声。  黒髪の青年。赤い瞳が月明かりに光る。  背には大剣を背負い、無骨な鎧をまとっていた。

 (帝国兵……? いや、違う)

 彼の鎧は帝国のものではない。  見たことのない紋章が彫られている。

 青年はじっとセリスを見つめ、眉をひそめた。

「……お前、追われているのか?」

 セリスは震えながら、小さく頷いた。

「帝国兵……村が……!」

 それだけ言うのが精一杯だった。

 青年はわずかに表情を動かしたが、すぐに真剣な眼差しに戻る。  周囲の気配を探るように、鋭い視線を走らせた。

「追っ手はどこまで来ている?」

「……すぐ、そこに……!」

 セリスがそう答えた瞬間——

 ガサッ!

 森の茂みが揺れた。  そして、帝国兵たちが姿を現した。

「いたぞ! そこだ!」

「王の娘を捕らえろ!」

 セリスの心臓が跳ね上がる。  兵たちは無駄なく散開し、まるで狩りを楽しむかのようにじりじりと包囲網を狭めていく。

「王の娘だと? 本当にこんな小娘が……?」

 彼らの言葉に、青年は短く舌打ちすると、大剣を抜いた。

「……チッ。厄介ごとに巻き込まれたな」

 剣閃が閃いた。

 影に紛れるように立つ青年の剣が振り下ろされると、衝撃波のように空気が震えた。  鋭い一撃が帝国兵の槍を弾き、重々しい金属音が森に響いた。

「ぐっ……!」

 弾き飛ばされた兵士が地面に転がる。  だが、残る兵たちは怯まなかった。

「この男……腕が立つぞ!」

「構うな! 目標は王の娘だ!」

 兵たちは剣を抜き、セリスへと詰め寄る。

 (……だめ……!)

 恐怖で身体がすくむ。  足が動かない。

 そのとき——

「立っていられるか?」

 すぐそばから、青年の声がした。  セリスが顔を上げると、彼が戦いながらも一瞬だけこちらを振り返った。

「……俺の後ろにいろ。手出しはさせない」

 その言葉とともに、彼は剣を振り上げる。  そして、敵の剣を受け止め、力任せに弾き返した。

「くそっ、なんて力だ……!」

 兵士たちが一瞬ひるむ。  だが、すぐに別の兵が動いた。

「包囲しろ! 一人に構っている暇はない!」

 その言葉に呼応するように、兵士たちが散開し、セリスを囲むように動き出した。

 (このままでは……!)

 セリスは息を呑んだ。  このままでは、青年一人では全てを捌ききれない。  帝国兵たちの狙いは明確だった——セリスを捕らえること。

 (私が動かなきゃ……)

 だが、どうすればいい?  剣も魔法も使えない。  それなのに——

 脳裏に、何かがよぎった。

 ——記憶?

 それは、自分のものではない記憶のように感じられた。

 (……剣の……構え……?)

 血の匂い。剣が交わる音。誰かが叫んでいる——『王を守れ!』

 頭の奥底に、誰かの記憶がある。  何百年も前の王が見た光景——剣を振るう戦士の姿。

 (なぜ……こんなものが……?)

 頭がズキズキと痛む。  だが、時間はない。

「……くそっ!」

 セリスは近くに落ちていた兵士の剣を拾い上げた。  そして、無意識のうちに——その刃を構える。

 自分のものではない動き——それなのに、腕が勝手に剣を構えていた。

「お、おい、待て!」

 青年の驚いた声が背後から響く。だが、セリス自身も、何が起こっているのか分からなかった。  ただ——身体が勝手に動いていた。

 その瞬間——帝国兵の剣が振り下ろされる!

 (来る……!)

 短剣を握りしめ、覚悟を決めた——そのときだった。

 ——ズバァンッ!

 視界の端で、閃光が走る。次の瞬間、目の前の兵士が何かに弾き飛ばされた。  鋭い一撃。

「なっ……!」

 驚愕するセリスの視界に、再び青年の姿が飛び込んできた。  木陰から躍り出たその男は、剣を振り抜いた直後の姿勢のまま、静かに敵を見据えていた。

「……余計な真似はするな」

 低く、鋭い声。風に揺れる漆黒の髪、月光に照らされた赤い瞳が不気味なほど鮮やかだった。

 帝国兵たちは一瞬たじろいだものの、すぐに構えを立て直す。

「くそっ……こいつ、ただの傭兵じゃない……!」

「退け! 包囲を崩すな!」

 兵士たちが間合いを詰め直そうとする。  だが——ライルは容赦しなかった。

「遅いな」

 一瞬の沈黙。

 次の瞬間、ライルの大剣が閃く。  空気を裂く音とともに、兵士の一人が弾き飛ばされた。  彼の動きは、まるで獲物に飛びかかる獣のようだった。

 流れるような剣筋。  一閃、二閃——気づけば、帝国兵たちは地に伏していた。

 (……強い……)

 セリスは目を見開いたまま、その光景を見つめていた。

 まるで踊るように戦うその姿。  剣の軌跡が月光に煌めき、影が揺れる。  そして——

「くっ……撤退だ! 王の娘はまた追えばいい!」

 指揮官らしき男の声が響く。  生き残った兵たちは次々と森の闇へと消えていった。

 ライルは追わなかった。

 ふっと息を吐き、剣を下ろす。  その横顔には、わずかな疲労の色。

「……終わったか」

 静寂。  再び森に戻った静けさが、不気味なほど耳に残る。

 ライルがゆっくりとセリスの方へと視線を向けた。

「……お前」

 セリスは思わず身をすくませた。

 彼の赤い瞳が、まっすぐこちらを見据えている。  まるで、すべてを見透かすように——

「……今、剣を構えていたな」

「……っ!」

 その言葉に、セリスは息を呑む。

 ライルは無言で歩み寄る。

 震える指先には、まだ剣が握られている。

 ——さっき、確かに「剣の構え」が頭をよぎった。  まるで自分ではない誰かの記憶が流れ込んできたような、奇妙な感覚。

 (でも、そんなはずは……私、剣の扱いなんて……)

 セリスは困惑し、剣をぎゅっと握りしめた。

 ライルはしばらく彼女を見つめていたが、やがて小さく息を吐き、頭をかいた。

「……まぁいい。今はさっさとここを離れるぞ」

「え……?」

「しばらくしたら、また追っ手が来る。お前みたいな目立つガキをここに放っておけば、すぐに捕まる」

「が、ガキって……!」

 セリスは反論しかけたが、ライルはすでに背を向けて歩き出していた。

「ついて来い。逃げ道くらいは用意してやる」

 呆気に取られながらも、セリスは彼の背中を見つめた。

 そして、ゆっくりと歩き出す——

 (……この人は、一体……?)

 疑問を抱えながらも、今は彼に従うしかなかった。

 月の光が、森の奥へと続く道を淡く照らしていた。



 よろしければ、ブクマ、星などつけていただけると幸いです。


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