@27 ゼルヴァニア国境付近——帝国軍の奇襲②
ゼルヴァニア国境付近——帝国軍の奇襲
@現れた帝国の刺客
「セリス・エルセリア……生きていたとはな」
男の低い声が森の静寂を切り裂く。
セリスは息をのんだ。彼の口ぶりから察するに、単なる帝国の兵士ではない。だが、どこかで見た記憶はない。
「……お前は誰?」
問いかけるセリスに、男は薄く笑った。
「名乗る必要はないさ。どうせ、お前たちはここで死ぬ運命なのだからな」
次の瞬間、男の手にある短剣が鈍く光を放つ——そして、まるで影が生き物のようにうごめき始めた。
「っ……!」
ミアが即座に魔力を高める。カイも身構え、ライルは剣を握りしめる。
「影の魔法……!」ミアが低く呟いた。「こいつ、ただの兵士じゃない……帝国の特殊部隊かも!」
影がまるで獣のような形を取り、男の周囲を漂い始める。普通の魔法とは明らかに違う、不吉な気配が辺りを包む。
「さて、準備はいいか?」男は静かに言い放つと、影が突然飛びかかった。
「来る!」ライルが叫ぶ。
戦闘が始まった。
男の影が蛇のように伸び、セリスたちを襲う。ライルが大剣で叩き払おうとするが、影は実体を持たず、まるで霧のようにかわしていく。
「物理攻撃が効かない……!?」ライルが歯ぎしりする。
「私に任せて!」ミアが杖を掲げ、光の魔法を発動させる。「《ルーメン・フラッシュ!》」
閃光が闇を貫き、影が一瞬消し飛ぶ。しかし、男は動じることなく短剣を振るい、新たな影を生み出した。
「小賢しいな」
その影がミアへ向かって放たれる——
「させるかよ!」
カイが素早くミアを押しのけ、短剣を投げる。しかし、影は短剣をすり抜け、さらに形を変えてミアに迫る。
「っ……!」
——その時、セリスは直感的に動いた。
影の動きが見えた気がした。避けるのではなく、切るべき場所がわかった。
「はあああっ!」
セリスの剣が影の核を断ち切る。影は一瞬の悲鳴を上げたかのように消滅し、男の表情がわずかに驚きに歪んだ。
「ほう……」
セリスは自分の手を見た。確かに、今の攻撃はただの剣技ではなかった。まるで、かつて王の剣を振るった誰かの記憶が流れ込んだような——
「なるほどな」男は短剣を回しながら、不敵に笑った。「お前の能力……確かに厄介だ」
セリスは剣を構え直し、迷いを振り払う。
「厄介かどうか、試してみればいい……!」
セリスは息を整え、剣を握りしめた。先ほどの感覚——影の核を断ち切った瞬間の確信。それは、彼女の中に眠る記憶が導いたものだったのかもしれない。
だが、考える時間はない。
影の魔法を操る男は、再び短剣を構え、不敵な笑みを浮かべる。
「今のは少し驚いたが……所詮は偶然の一撃だろう?」
男の周囲に再び影が渦を巻く。闇が大きく広がり、まるで彼自身が影に溶け込むかのように姿をぼやけさせる。
「消える……!?」セリスが目を凝らす。
「厄介な魔法ね……!」ミアが即座に詠唱を開始する。「《ディスペル・ライト》!」
彼女の魔法が放たれ、光が辺りを照らす。しかし——
「……消えてない?」
確かに影は一瞬薄れたが、男の姿ははっきりとそこにあった。
「甘いな」
男の声が響いた瞬間——影が地面を這い、ライルの足元から突き上がる。
「っ!」
ライルは間一髪で後退するが、影の一部が彼の鎧をかすめる。僅かな傷のはずなのに、ライルは顔を歪めた。
「……この影、魔力を削るのか……!」
「そういうことだ」男は短剣をくるりと回しながら、ゆっくりと前に進む。「直接触れれば、お前たちの魔力はじわじわと削られ、やがて動けなくなる……」
「つまり、長引けばこっちが不利になるってわけか」カイが小さく舌打ちする。「厄介すぎるな」
セリスは焦る気持ちを抑え、男の動きを注視した。影の動き——核を断ち切れば消滅する。先ほどの感覚を思い出せば……
「……カイ」
セリスは静かに呼びかけた。
「へ?」
「次に影が襲ってきたら、私に合図を出して。あなたなら、敵の動きを読むのが得意でしょ?」
「……なるほど、そういうことか」
カイはニヤリと笑い、短剣を構え直す。「まあ、俺の直感を信じてくれるなら、やるしかないな」
男はそのやりとりを見て、ふっと笑った。「仲間との連携か……だが、無駄だ」
再び影が動き出し、今度は複数の方向から襲いかかる。
「今だ!」
カイの声が響いた瞬間、セリスは地を蹴った。
——見える。
影の流れ、動き、そして核の位置——
「はあああっ!!」
セリスの剣が一閃する。
刹那、影が悲鳴を上げるようにうねり、断ち切られた部分が煙のように消滅していく。
男の表情が僅かに歪んだ。
「……やるな」
「やった……!」ミアが安堵の声を漏らす。
しかし——
「……まだ終わりじゃない」ライルが剣を構え直す。「こいつ、まだ余裕がありそうだ」
男は口元を拭い、薄く笑った。「確かに……少しは楽しめそうだな」
そして——
闇がさらに広がり、今までとは比べ物にならないほどの魔力が渦を巻き始めた。
「まずい……!」ミアが警戒する。
闇が地面を這い、霧のように広がっていく。空気が重くなり、まるでこの場全体が影に飲み込まれるかのようだった。
「このままだとまずいわ……! 闇の力が増してる……」ミアが焦りの声を上げる。
影の魔術師の周囲には黒い波動が脈動しており、まるで生きているかのように形を変えていた。
「ふん……さすがに、これ以上は遊んでいられないな」
男の声が響くと同時に、影の塊が一気に膨れ上がった。そして——
「《影縛り》」
瞬間、四方から黒い鎖が伸び、セリスたちを捕らえようとする。
「くっ……!」
ライルが剣で迎え撃つが、斬った鎖はすぐに再生し、なおも締め上げようとしてくる。
「どこかに核があるはず……!」セリスは必死に目を凝らす。しかし、影の動きが複雑になりすぎて、どこが本体なのかすぐには分からない。
「ミア、光の魔法は……!」
「試してみる!」
ミアは杖を振り上げ、詠唱を開始する。
「《ルミナス・ブラスト》!」
白い光が炸裂し、影の鎖を弾き飛ばす。しかし——
「……っ、まだ消えない!?」
光の魔法で影が薄れたものの、完全には消滅しなかった。
影の魔術師は余裕の表情で笑う。
「確かに光の魔法は影に効果的だ……だが、それだけで突破できるほど甘くはない」
彼は影の一部を操り、再びカイへと向かわせる。
「っと、危ねえ!」
カイは身を翻し、間一髪で回避するが、影の端が腕をかすめた。瞬間、彼の表情が苦痛に歪む。
「くそっ……! 何だこれ、力が抜ける……!」
影に触れた部分が冷たくなり、魔力を吸い取られていくのを感じた。
「長引けばこっちが不利になる……」ライルが歯を食いしばる。「だが、突破口がないわけじゃない……」
セリスは剣を握りしめた。
「核さえ見つければ……」
影の魔術師は、そんな彼女たちの様子を見て、静かに短剣を掲げる。
「もう終わりだ。お前たちには、影の中で永遠に彷徨ってもらう……」
黒い魔力が、一層濃くなる。
「——いや、終わらないさ!」
突如、轟音とともに地面が砕け散った。
「何……!?」
影の魔術師が驚愕の声を上げたその先には——
巨大な獣のような姿をした戦士が、堂々と立っていた。
「貴様がゼルヴァニアを荒らすなら……容赦はしない」
その男の瞳が、鋭く光った。
レオン・フェルガード——ゼルヴァニアの獣人戦士が、ここに現れた。




