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@@@《滅びの王国と記憶の継承者》  作者: 米糠


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27/57

@27 ゼルヴァニア国境付近——帝国軍の奇襲②


ゼルヴァニア国境付近——帝国軍の奇襲


 @現れた帝国の刺客


「セリス・エルセリア……生きていたとはな」


 男の低い声が森の静寂を切り裂く。


 セリスは息をのんだ。彼の口ぶりから察するに、単なる帝国の兵士ではない。だが、どこかで見た記憶はない。


「……お前は誰?」


 問いかけるセリスに、男は薄く笑った。


「名乗る必要はないさ。どうせ、お前たちはここで死ぬ運命なのだからな」


 次の瞬間、男の手にある短剣が鈍く光を放つ——そして、まるで影が生き物のようにうごめき始めた。


「っ……!」


 ミアが即座に魔力を高める。カイも身構え、ライルは剣を握りしめる。


「影の魔法……!」ミアが低く呟いた。「こいつ、ただの兵士じゃない……帝国の特殊部隊かも!」


 影がまるで獣のような形を取り、男の周囲を漂い始める。普通の魔法とは明らかに違う、不吉な気配が辺りを包む。


「さて、準備はいいか?」男は静かに言い放つと、影が突然飛びかかった。


「来る!」ライルが叫ぶ。


 戦闘が始まった。


 男の影が蛇のように伸び、セリスたちを襲う。ライルが大剣で叩き払おうとするが、影は実体を持たず、まるで霧のようにかわしていく。


「物理攻撃が効かない……!?」ライルが歯ぎしりする。


「私に任せて!」ミアが杖を掲げ、光の魔法を発動させる。「《ルーメン・フラッシュ!》」


 閃光が闇を貫き、影が一瞬消し飛ぶ。しかし、男は動じることなく短剣を振るい、新たな影を生み出した。


「小賢しいな」


 その影がミアへ向かって放たれる——


「させるかよ!」


 カイが素早くミアを押しのけ、短剣を投げる。しかし、影は短剣をすり抜け、さらに形を変えてミアに迫る。


「っ……!」


 ——その時、セリスは直感的に動いた。


 影の動きが見えた気がした。避けるのではなく、切るべき場所がわかった。


「はあああっ!」


 セリスの剣が影の核を断ち切る。影は一瞬の悲鳴を上げたかのように消滅し、男の表情がわずかに驚きに歪んだ。


「ほう……」


 セリスは自分の手を見た。確かに、今の攻撃はただの剣技ではなかった。まるで、かつて王の剣を振るった誰かの記憶が流れ込んだような——


「なるほどな」男は短剣を回しながら、不敵に笑った。「お前の能力……確かに厄介だ」


 セリスは剣を構え直し、迷いを振り払う。


「厄介かどうか、試してみればいい……!」


 セリスは息を整え、剣を握りしめた。先ほどの感覚——影の核を断ち切った瞬間の確信。それは、彼女の中に眠る記憶が導いたものだったのかもしれない。


 だが、考える時間はない。


 影の魔法を操る男は、再び短剣を構え、不敵な笑みを浮かべる。


「今のは少し驚いたが……所詮は偶然の一撃だろう?」


 男の周囲に再び影が渦を巻く。闇が大きく広がり、まるで彼自身が影に溶け込むかのように姿をぼやけさせる。


「消える……!?」セリスが目を凝らす。


「厄介な魔法ね……!」ミアが即座に詠唱を開始する。「《ディスペル・ライト》!」


 彼女の魔法が放たれ、光が辺りを照らす。しかし——


「……消えてない?」


 確かに影は一瞬薄れたが、男の姿ははっきりとそこにあった。


「甘いな」


 男の声が響いた瞬間——影が地面を這い、ライルの足元から突き上がる。


「っ!」


 ライルは間一髪で後退するが、影の一部が彼の鎧をかすめる。僅かな傷のはずなのに、ライルは顔を歪めた。


「……この影、魔力を削るのか……!」


「そういうことだ」男は短剣をくるりと回しながら、ゆっくりと前に進む。「直接触れれば、お前たちの魔力はじわじわと削られ、やがて動けなくなる……」


「つまり、長引けばこっちが不利になるってわけか」カイが小さく舌打ちする。「厄介すぎるな」


 セリスは焦る気持ちを抑え、男の動きを注視した。影の動き——核を断ち切れば消滅する。先ほどの感覚を思い出せば……


「……カイ」


 セリスは静かに呼びかけた。


「へ?」


「次に影が襲ってきたら、私に合図を出して。あなたなら、敵の動きを読むのが得意でしょ?」


「……なるほど、そういうことか」


 カイはニヤリと笑い、短剣を構え直す。「まあ、俺の直感を信じてくれるなら、やるしかないな」


 男はそのやりとりを見て、ふっと笑った。「仲間との連携か……だが、無駄だ」


 再び影が動き出し、今度は複数の方向から襲いかかる。


「今だ!」


 カイの声が響いた瞬間、セリスは地を蹴った。


 ——見える。


 影の流れ、動き、そして核の位置——


「はあああっ!!」


 セリスの剣が一閃する。


 刹那、影が悲鳴を上げるようにうねり、断ち切られた部分が煙のように消滅していく。


 男の表情が僅かに歪んだ。


「……やるな」


「やった……!」ミアが安堵の声を漏らす。


 しかし——


「……まだ終わりじゃない」ライルが剣を構え直す。「こいつ、まだ余裕がありそうだ」


 男は口元を拭い、薄く笑った。「確かに……少しは楽しめそうだな」


 そして——


 闇がさらに広がり、今までとは比べ物にならないほどの魔力が渦を巻き始めた。


「まずい……!」ミアが警戒する。


 闇が地面を這い、霧のように広がっていく。空気が重くなり、まるでこの場全体が影に飲み込まれるかのようだった。


「このままだとまずいわ……!  闇の力が増してる……」ミアが焦りの声を上げる。


 影の魔術師の周囲には黒い波動が脈動しており、まるで生きているかのように形を変えていた。


「ふん……さすがに、これ以上は遊んでいられないな」


 男の声が響くと同時に、影の塊が一気に膨れ上がった。そして——


「《影縛り》」


 瞬間、四方から黒い鎖が伸び、セリスたちを捕らえようとする。


「くっ……!」


 ライルが剣で迎え撃つが、斬った鎖はすぐに再生し、なおも締め上げようとしてくる。


「どこかに核があるはず……!」セリスは必死に目を凝らす。しかし、影の動きが複雑になりすぎて、どこが本体なのかすぐには分からない。


「ミア、光の魔法は……!」


「試してみる!」


 ミアは杖を振り上げ、詠唱を開始する。


「《ルミナス・ブラスト》!」


 白い光が炸裂し、影の鎖を弾き飛ばす。しかし——


「……っ、まだ消えない!?」


 光の魔法で影が薄れたものの、完全には消滅しなかった。


 影の魔術師は余裕の表情で笑う。


「確かに光の魔法は影に効果的だ……だが、それだけで突破できるほど甘くはない」


 彼は影の一部を操り、再びカイへと向かわせる。


「っと、危ねえ!」


 カイは身を翻し、間一髪で回避するが、影の端が腕をかすめた。瞬間、彼の表情が苦痛に歪む。


「くそっ……!  何だこれ、力が抜ける……!」


 影に触れた部分が冷たくなり、魔力を吸い取られていくのを感じた。


「長引けばこっちが不利になる……」ライルが歯を食いしばる。「だが、突破口がないわけじゃない……」


 セリスは剣を握りしめた。


「核さえ見つければ……」


 影の魔術師は、そんな彼女たちの様子を見て、静かに短剣を掲げる。


「もう終わりだ。お前たちには、影の中で永遠に彷徨ってもらう……」


 黒い魔力が、一層濃くなる。


「——いや、終わらないさ!」


 突如、轟音とともに地面が砕け散った。


「何……!?」


 影の魔術師が驚愕の声を上げたその先には——


 巨大な獣のような姿をした戦士が、堂々と立っていた。


「貴様がゼルヴァニアを荒らすなら……容赦はしない」


 その男の瞳が、鋭く光った。


 レオン・フェルガード——ゼルヴァニアの獣人戦士が、ここに現れた。

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