@23 王家の遺産
*** 王家の遺産
静寂に包まれた地下通路を進む。先ほどまでの戦いの喧騒が嘘のように、そこにはひんやりとした空気と、わずかに漂う湿った石の匂いが満ちていた。
「しかし……」
カイがぼそりと呟く。
「このまま行けば、本当に抜け出せるのか?」
「抜け出すだけじゃないわ。この道は、王家の秘密を守るためのものよ」
ミアが通路の壁を指でなぞりながら言う。
セリスもその言葉に頷く。
「父上は、王族が危機に陥ったとき、この道を使えと言っていた。ただの逃げ道じゃない……“使命を果たす者のための道” だと」
そう言いながら、セリスは前方を見据えた。
——この先に何があるのか。それを確かめなくてはならない。
やがて、一行の前に巨大な扉が現れた。
古びた金属でできた二枚扉。そこには、王家の紋章が刻まれていた。
「これは……」
ライルが眉をひそめる。
「明らかに、ただの出口じゃないな」
「そうね。むしろ、外へ繋がるものではなく、何かを守るための扉……」
ミアが慎重に観察しながら言う。
セリスは扉に手をかざした。
その瞬間——
ふっと、意識が遠のく感覚に襲われた。
王の記憶
——静かな書庫の中、父王は一冊の古い書を手に取っていた。
「セリス……王の使命を忘れるな」
その声は優しくもあり、厳しくもあった。
「王家に受け継がれる力は、ただの血筋ではない。我らは“歴史を繋ぐ者”なのだ」
父王は書を開き、そこに記された文字を指でなぞった。
「真実を知り、それを次代へと伝えること。それこそが、エルセリア王家に課せられた責務……」
そして——
『この扉の先にあるものを、決して帝国の手に渡してはならぬ』
決意
「……っ!」
セリスは急に意識を取り戻し、息をのんだ。
「セリス?」
ライルが心配そうに声をかける。
「……この扉の先にあるのは、王家の真実。それを帝国に奪われるわけにはいかない」
セリスの言葉に、一行はそれぞれの武器を握り直した。
「よし、なら開けるしかねえな」
カイが不敵な笑みを浮かべる。
「仕掛けがあるはず。ミア、頼む」
ライルが視線を向けると、ミアは頷いた。
「ええ、解いてみせるわ」
扉を守る封印は、王家にしか解けないもの。
だが、今のセリスなら——
「私がやるわ」
彼女は深く息を吸い込み、扉の紋章に手を重ねた。
扉に刻まれた王家の紋章が淡く光を放ち、やがてゆっくりと回転し始めた。重々しい音を響かせながら、二枚扉が左右に開いていく。
セリスは無意識に息をのんだ。
この先に、王家が守り続けてきた“真実”がある。
ライルは剣を握り直し、カイは周囲を警戒しながら足を踏み入れた。ミアは最後に扉の縁を指でなぞり、封印が完全に解かれたことを確認する。
「……誰かが近づいてくる気配はないけど、油断は禁物ね」
「そうだな」ライルが低く応じる。「もし帝国がここにたどり着いたら、何としても阻止する」
セリスは静かに頷き、扉の向こうへと一歩踏み出した。
中に広がっていたのは、まるで時が止まったかのような静寂に包まれた空間だった。
天井は高く、壁には無数の書物や石版が並び、古びた燭台に残る蝋の跡が、ここがかつて人の手によって管理されていたことを物語っていた。
「これは……?」
ミアが驚きの声を漏らす。
「まるで、王の書庫の一部がここに移されたみたいね」
「いや、それだけじゃねえ……」カイが壁に彫られた文字を見つめながら言った。「これは歴史の記録……ただの書庫じゃなくて、エルセリア王国の“記憶”そのものだ」
セリスの胸が高鳴る。
この場所こそ、王家が受け継いできた“記憶の継承”の核心。
父王が最後に遺した言葉が、彼女の頭をよぎる。
『この扉の先にあるものを、決して帝国の手に渡してはならぬ』
彼女は壁に手を当てた。
その瞬間——
視界が白く染まり、意識が遠のいていく。
王の遺言
——かつての王城。
その玉座の間に、父王の姿があった。
彼の表情は厳しく、それでいて深い悲しみをたたえていた。
「セリス、よくここまでたどり着いたな」
彼の声は柔らかく、しかし重みを帯びていた。
「この記憶を継ぐ者として、お前に託すべき真実がある」
セリスの目の前に、一冊の古びた書が浮かび上がる。
「この書には、エルセリア王国の真の歴史が記されている。そして、王家に課せられた最後の使命が——」
覚醒
「……っ!」
セリスは急に意識を取り戻し、息を大きく吸い込んだ。
「セリス、大丈夫か?」ライルがすぐに彼女を支える。
「今……父上の声が聞こえた」
彼女は震える指先で、目の前の石台に置かれた古びた書物をそっと手に取った。
この書には、王家の最後の使命が記されている。
「……これを読めば、すべてがわかるはず」
セリスがページをめくろうとしたその時——
轟音が響いた。
「ッ……! 何か来るぞ!」
カイが素早く身をかがめ、通路の方へ目を向けた。
——足音が近づいてくる。
「帝国か……!」ライルが剣を構える。
「まずいわね……どうする?」ミアが魔道具を手にしながら言った。
セリスは書物をしっかりと抱え、決意のこもった瞳で仲間たちを見渡した。
「逃げるわけにはいかない。この書を守らなければ……!」
通路の奥から、帝国の兵士たちが姿を現す。
彼らの先頭に立つのは——
帝国の黒衣の騎士。
「……お前が、セリス・エルセリアか」
低く響く声。
その声を聞いた瞬間、セリスの中で何かが疼いた。
「まさか……」ライルが目を見開く。「ヴァルドリッヒ・カインツ……!」




