@19 影の狩人
ライルはセリスの表情を見つめたまま、静かに息を呑んだ。つい先ほどまで、何かを探し求めるように揺れていた瞳が、今はまるで夜明けを迎えたかのように澄んでいる。
「……何を思い出した?」
問いかける彼に、セリスはしっかりと顔を上げた。
「王家に託された最後の使命。王の剣……それが、すべての鍵になる」
王の剣――かつてエルセリア王国の王が持ち、その力をもって王国を守り続けた伝説の剣。その名は歴史の中で語られながらも、帝国の侵攻とともに行方をくらませていた。
「王の剣が……どこかに隠されているのか?」
ライルの問いに、セリスはゆっくりとうなずいた。
「ええ。父上は私に伝えた……この書庫には、その在り処を示す最後の記録が残されている、と」
彼女は震える指先で、目の前の古びた書棚に触れた。重厚な装飾が施された棚の奥、普通の本にはないわずかな魔力の気配を感じる。その瞬間、背後からミアの声が響いた。
「封印されてるわね……この棚自体が仕掛けになってるみたい」
ミアは慎重に棚の表面に手をかざし、静かに呪文を紡ぐ。青白い光が彼女の指先を伝い、やがて古びた装飾の中に刻まれた紋様が浮かび上がった。
「この魔法……王族の血を継ぐ者にしか解けないタイプね。セリス、あなたがやらなきゃ」
セリスは息を整え、ゆっくりと掌を棚に押し当てた。途端に、温かい光が彼女の手元から広がり、封印が音を立てて解除されていく。やがて、棚の奥から古い書物が姿を現した。
カイが軽く口笛を吹く。「これは……相当な年代物だな」
「王の剣に関する記録……!」
セリスは震える指で表紙をなぞりながら、そっと書物を開いた。
しかし、その瞬間――
「ここで何をしている?」
冷たい声が響き渡り、一同が一斉に振り向く。そこに立っていたのは、黒い装束に身を包んだ帝国の兵士たち。そして、その中央に佇む、鋭い眼光を持つ一人の男。
ミアが舌打ちする。「……追っ手が来たみたいね」
ライルはすでに剣を構えていた。
「セリス、その本を頼む。俺たちが時間を稼ぐ」
セリスは強く頷き、書物を胸に抱え込む。その瞳には、恐れはなかった。ただ、王家の使命を果たすという確固たる決意だけが宿っていた。
「時間を稼ぐって簡単に言うけど、こっちは少し分が悪いんじゃない?」
カイが苦笑しながら短剣を抜き、すばやく周囲を見渡す。帝国兵は少なくとも十人。その動きからして、ただの兵士ではない。おそらく、王の書庫の存在を知るごく一部の精鋭部隊――〈影の狩人〉か。
「帝国の情報部隊ね……厄介だわ」ミアが低く呟く。
敵の指揮官らしき男が一歩前に出た。黒い軍服に銀の刺繍が施され、腰には細身の剣を佩いている。その鋭い眼差しは、セリスが持つ書物を真っ直ぐに捉えていた。
「……それを渡してもらおうか。おとなしくすれば、無駄な血を流さずに済む」
「冗談じゃないわ」セリスは書物を抱え、ひるむことなく睨み返す。「これは私たちのもの。帝国に渡すつもりはない!」
「そうか……ならば、力ずくで奪うまで」
指揮官が手を上げると、兵士たちが一斉に抜刀し、間合いを詰めてくる。
「来るぞ!」ライルが大剣を構え、カイも短剣を逆手に握る。
次の瞬間、戦いの幕が切って落とされた。




