@18 《封印の大聖堂》
@《封印の大聖堂》内部
重厚な石造りの扉を押し開くと、中はひんやりとした空気に満たされていた。
天井の高い廊下には、かつて美しく飾られていただろう壁画が薄れ、朽ち果てた柱がところどころ崩れている。
「……まるで時間が止まったみたい」セリスは呟いた。
「だが、足跡がある。誰かが最近ここを通ったな」ライルが床に目を落とす。
「帝国か?」カイが警戒する。
そのとき——
「来たか……」
奥の闇から、低い声が響いた。
暗がりの中から現れたのは、黒い軍服に身を包んだ男だった。
「ヴァルドリッヒ・カインツ……!」
ライルが警戒を強める。
ヴァルドリッヒ・カインツ——帝国最強の剣士にして、かつてエルセリア王国最後の王と刃を交えた男。その冷たい眼差しが、じっとセリスを見据えていた。
「やはり貴様が来たか。記憶の継承者よ」
ヴァルドリッヒの手がゆっくりと剣の柄にかかる。
「……ここで貴様を討てば、余計な波乱はなくなる」
「……!」
セリスは思わず息を呑んだ。
彼との戦いを避けることはできない——。
静寂を切り裂くように、ヴァルドリッヒの剣が抜かれた。
大聖堂の廊下で、宿命の戦いが始まる——。
冷えた大気の中に、ヴァルドリッヒの鋭い眼差しが光る。
「貴様がどこまで記憶を取り戻したか……試してやろう」
鋭い閃光が走った。ヴァルドリッヒの剣が一瞬で空を裂き、セリスの目の前に迫る。
「くっ……!」
セリスは咄嗟に身を引く。しかし、間髪入れずに繰り出される追撃。重く、鋭く、無駄のない斬撃だった。
「遅いな」
ヴァルドリッヒの剣がセリスの肩をかすめ、服を裂く。
「セリス!」ライルがすぐに駆け寄り、ヴァルドリッヒの刃を受け止めた。
ギィン!
激しい火花が散る。ライルの大剣とヴァルドリッヒの剣が拮抗する。
「さすがゼルヴァニアの騎士……だが、私の剣の前では長くは持たん」
ヴァルドリッヒは一歩も引かない。圧倒的な剣技。ライルですら防戦一方に追い込まれる。
「ミア、援護を!」セリスが叫ぶ。
「やってるわよ!」
ミアがすばやく呪文を詠唱し、ヴァルドリッヒの足元に氷の槍が突き出した。しかし、彼は一瞬でそれを察知し、わずかに体をひねってかわす。
「魔法もか……しかし、甘い」
ヴァルドリッヒは剣を振りかぶり、空中で旋回するように斬撃を放った。その衝撃波がミアの魔法を打ち消し、壁を砕く。
「ちっ……!?」ミアが後退する。
「こいつ……強すぎる……!」
カイが舌打ちしながら、周囲の状況を冷静に分析していた。
「セリス! あんたの記憶の継承、まだ全部取り戻してないんだろ!? やれることはないのか!」
「……!」
セリスは奥歯を噛みしめた。確かに、彼女の記憶はまだ完全ではない。しかし、ここで倒れるわけにはいかない。
彼女は胸元に手を当てた。
(私は……王家の末裔……そして、エルセリアの記憶を受け継ぐ者……!)
その瞬間、胸に秘められていた記憶が、ふと呼び覚まされた。
——光に包まれた王宮。
——かつてのエルセリアの王が剣を振るい、帝国の騎士たちと戦っていた記憶。
——その中心に立っていたのは……ヴァルドリッヒ。
「……見えた……!」
セリスは瞳を見開いた。
彼女はヴァルドリッヒがかつて父王と戦っていた記憶を継承したのだ。
(この動き……覚えてる……!)
ヴァルドリッヒが剣を振りかぶる。その軌道が、まるで自分の記憶の中にあったものと重なって見えた。
「……次の攻撃、読める……!」
ヴァルドリッヒの斬撃が放たれる。
しかし、セリスはそれを見切った。
彼女は紙一重でかわし、逆にヴァルドリッヒの懐に踏み込む。
「なに……!?」
剣を握るヴァルドリッヒの手首に、セリスの剣が触れる。
「……記憶の継承……なるほど、そういうことか」
ヴァルドリッヒが低く呟く。
「ならば……ますます、貴様を生かしておくわけにはいかんな」
彼はゆっくりと後退し、剣を構え直した。
「面白い。だが、ここで終わりではない」
その言葉を残し、ヴァルドリッヒは戦いを中断し、影のように大聖堂の奥へと消えていった。
「……逃げたの?」ミアが息を切らしながら言う。
「いや……奴は最初から本気じゃなかった。俺たちを試していたんだろう」ライルが苦々しげに言う。
セリスはしっかりと剣を握りしめ、決意を固めた。
「……まだ戦いは続く。だけど、今ので確信した。私の記憶の継承は、必ず帝国の野望を打ち砕く鍵になる」
彼女の瞳に、新たな光が宿る。
ヴァルドリッヒが姿を消した大聖堂の奥から、微かに冷たい風が吹き抜けた。長い時を経て閉ざされていた空間が、彼の去ったことで目覚めたかのようだった。
セリスは剣を収め、静かに前へと歩を進める。
「……ここには何があるの?」ミアが慎重に周囲を見渡しながら尋ねた。
「記憶の継承の鍵……その片鱗が眠っているはずよ」セリスは答えながら、大聖堂の奥へと続く扉に手をかけた。
扉にはエルセリア王国の紋章が刻まれていた。それを見た瞬間、セリスの意識の奥で何かが揺らぐ。
「っ……」
彼女の視界が滲み、胸の奥で何かが解き放たれる感覚がした。
「セリス?」ライルが声をかけたが、彼女はゆっくりと首を振る。
「……大丈夫。ただ……思い出しそうなの」
扉を押し開くと、そこには荘厳な空間が広がっていた。
中央には古びた石碑があり、その周囲には幾つもの燭台が並んでいる。まるで誰かがここでの時間を止めたかのように、埃一つない空間だった。
セリスは無意識のうちに歩み寄る。
「……ここは……」
指先が石碑に触れた瞬間——
光が溢れ、記憶が流れ込んできた。
目の前に広がるのは、王国が滅びる直前の光景だった。
『セリス、これを覚えておきなさい。エルセリアの王は……』
柔らかく、しかし強い意志を持った声が聞こえた。それは—— 父王の声だった。
セリスの目が大きく見開かれる。
「父上……!」
彼女の呼びかけに答えるように、記憶の断片が次々と流れ込んでくる。王城の玉座、重厚な書物、隠された秘密、そして…… 王家に受け継がれる最後の使命。
「……セリス?」
ライルの声で意識が現実に引き戻された。セリスは震える手を握りしめ、深く息を吸った。
「……思い出した。王の使命……私が、果たさなければならないことを」
彼女の瞳には、迷いが消え、新たな決意が宿っていた。




