@13 封印の扉と帝国の追跡
守護者が沈黙し、門がゆっくりと開かれる。
中から吹き出す冷たい風には、どこか懐かしさを感じる。
「……これが、《王の書庫》への手がかり?」
セリスは剣を納め、慎重に奥へと歩を進めた。ライルとミアもそれに続く。
門の先には、古びた石造りの回廊が続いていた。壁には無数の碑文が刻まれ、かつてここで何かが記録されていたことを物語っている。
「これは……古代エルセリア語ね」ミアが壁に手を添え、文字をなぞる。
「……やっぱり、ここはエルセリア王家に関係する遺跡だったのね」
「それなら、この奥に《王の書庫》の情報があるはずだ」ライルが周囲を警戒しながら進む。
通路を抜けると、広大な円形の部屋にたどり着いた。
部屋の中央には、古びた石碑がひとつ。
「王家の記憶を継ぐ者よ——ここに、汝が求める答えを示す」
セリスは無意識に石碑へと手を伸ばした。
——瞬間、視界が白に染まる。
***
——まるで夢の中のような世界。
目の前に広がるのは、美しくも荘厳な宮殿の風景。
だが、それは今のセレヴァールには存在しない……遥か昔のエルセリア王国だと直感で理解した。
そして、玉座の間に立つひとりの人物。
白銀の髪、蒼き瞳——セリスと同じ特徴を持つ男が、厳かな眼差しでこちらを見つめていた。
「……あなたは?」
「王の継承者よ。私の声が届いているか?」
「あなたは……エルセリアの王?」
「そうだ。私はこの王国の最後の王——レオニス・エルセリア」
セリスは息を呑んだ。
自分の先祖の記憶が、今ここに甦ろうとしている。
***
ライルとミアは、目を閉じたまま微動だにしないセリスを見守っていた。
「……また、記憶の継承が起きているのか?」ライルが低く呟く。
「ええ……きっと、この遺跡に眠る記憶がセリスを呼んでいるのよ」ミアも緊張した面持ちで答えた。
そのとき——
ガコン……ガコン……
「っ!?」
周囲の石像がゆっくりと動き始める。
「……歓迎はしてくれないみたいね」ミアが杖を構える。
「セリスが目覚めるまで、守りきるぞ!」ライルが剣を抜き、構えた。
***
白銀の光が揺らめく世界の中——
セリスは、目の前に立つレオニス・エルセリアの姿を見つめていた。
「私の記憶を継ぐ者よ」
彼の声は静かでありながら、その言葉には確かな威厳が宿っている。
「お前がこの記憶へとたどり着いたということは、エルセリアの血を引く最後の者……いや、希望を託された者ということなのだろう」
「……私は、まだ何も知らないの」セリスは正直に答えた。「エルセリア王国がなぜ滅びたのか、どうして私が生き延びたのか、何も——」
レオニスは静かに頷いた。
「ならば、お前に見せよう。我が王国の最後の真実を——」
——その瞬間、セリスの意識が深く沈み込む。
***
一方、現実の遺跡では——
「くそっ、次々と……!」ライルが剣を振るい、迫りくる石像をなぎ払う。しかし、倒したはずの石像が再び立ち上がり、何度でも襲いかかってくる。
「これは厄介ね……!」ミアは魔法陣を展開し、炎の矢を放つ。「でも、この遺跡の守護者……つまり、セリスが試されているってことよ!」
「だったら、彼女が目覚めるまで守るしかないな……!」ライルは傷だらけになりながらも、決して引くことはなかった。
***
——セリスの目の前に広がるのは、燃え盛る王都の光景だった。
人々の悲鳴、倒れる兵士たち、そして城へと迫る帝国の軍勢——
「これは……エルセリア王国の……最後の戦い?」
レオニスは剣を握りしめ、最後の砦となった城の門を見据えていた。
「エルセリアの記憶は、ただの血筋ではなく、王たちが受け継ぎ続けた意志だ。我らが紡いだ歴史を、守るために——」
彼が振り返る。その瞳には、決意と覚悟が宿っていた。
「セリス、お前はこの世界の真実を知ることになるだろう。そして、選べ——」
「未来を掴むのか、それとも……過去に縛られるのかを」
***
そしてセリスの意識が現実へと引き戻された。気付けは目の前には、あの古びた石碑。
静寂の中、セリスの指先が石碑に触れると、それまでただの岩に見えていたそれが淡く光を放ちはじめた。
ゴゴゴゴ……!
重々しい音を立てながら、遺跡の奥へと続く扉が開かれていく。
「ついに……」セリスは息を呑んだ。
王の書庫へと続く道。その手がかりが、この奥にある——
「……行くぞ」ライルが剣を収め、扉の向こうへと足を踏み出す。
セリスもまた、意を決して遺跡の奥へと進もうとした。
だが——
「見つけたぞ、エルセリアの亡霊どもめ!」
突如として響いた声に、セリスたちは振り返る。
——そこに立っていたのは、黒い軍装をまとった帝国の兵士たち。
そして、その中心には、一人の男がいた。
「……ヴァルドリッヒ・カインツ」
ライルが険しい表情を浮かべる。
帝国の将軍にして、最強の剣士。かつてエルセリア王国を滅ぼす戦いで、王と刃を交えた男——
「噂には聞いていたが、まさか生きていたとはな」ヴァルドリッヒは冷ややかに笑った。「エルセリアの血を継ぐ者よ」
彼の鋭い視線が、セリスに向けられる。
「記憶を取り戻したのならば、貴様の存在は帝国にとって害悪でしかない——ここで消えてもらう」
彼が腰の剣を引き抜くと、空気が一瞬にして張り詰めた。
圧倒的な殺気。
この男が、王を討った帝国の剣——
「セリス、下がってろ!」ライルが剣を構える。
だが、ヴァルドリッヒはただ一歩前に踏み出しただけで——
シュンッ!
次の瞬間、ライルの剣が弾かれた。
「——なっ!?」
ライルの腕がしびれる。ヴァルドリッヒは、まるで手加減でもしているかのような表情で言った。
「悪くはないが、貴様では俺には勝てん」
そして、容赦のない一撃が振り下ろされる——
「やらせない!」
セリスが叫ぶと同時に、石碑から発せられた光が彼女を包み込んだ。
彼女の髪が淡く輝き、目の前の光景が変わる。
——古の記憶が、再び流れ込んでくる。
「これは……?」
目の前には、一人の剣士が立っていた。
エルセリア王国の騎士——否、王を守護する最後の剣。
「覚えておけ、セリス」その剣士は静かに言った。「王の剣は、記憶とともに継がれる——」
「お前に、その資格があるのならば!」
***
「——ッ!」
意識が現実へと戻る。
だが、セリスの手には——
一本の剣が握られていた。
遺跡の光が集まり、生み出された王家の剣。
ヴァルドリッヒは、それを見て目を細めた。
「ほう……」
「私は、もう逃げない」セリスは剣を握りしめる。「ここで、あなたを止める!」




