@11 ミア・オルディス
@霧の森への旅立ち
帝国の追っ手を振り切ったセリスたちは、夜のゼルヴァニアの街を慎重に抜け出し、郊外へと向かっていた。
夜風が冷たく肌を撫で、遠くではフクロウの鳴き声が響く。
「……ふぅ、ひとまず撒けたみたいだな」
ライルが警戒を解かずに背後を振り返る。
セリスも息を整えながら、これからの行動を考えていた。
目指すのは《霧の森》——ゼルヴァニアの北東に広がる広大な森林地帯。
そこには、かつてエルセリア王国の賢者たちが研究していた施設があったという。
「《王の書庫》の情報を探るには、まずそこに向かうべきね」
セリスは決意を込めて言った。
ライルも頷き、剣の柄を軽く叩く。
「問題は森の中だな……霧が濃く、道が分かりにくいと聞く」
「それだけじゃないよ」
エドガーから得た情報によれば、《霧の森》には今もなお “守護者” がいるという噂がある。
エルセリア王国の滅亡後も、外敵の侵入を防ぐために設けられた 魔術的な仕掛け、そして 強力な獣 が森を守り続けているという。
「……簡単には辿り着けそうにないわね」
それでも、行くしかない。
二人は夜明けを待たず、馬を駆り、《霧の森》へと向かった。
*** 霧の森の試練
森に入ると、途端に世界が変わった。
白く濃密な霧が視界を覆い、木々の影が揺らめく。
まるで森そのものが生きているような、不気味な雰囲気が漂っていた。
「……本当に道が見えないな」
ライルが慎重に周囲を見回す。
セリスもまた、霧の奥へと視線を向けた。
「普通の霧じゃない……魔術が混ざってる」
まるで意図的に迷わせるための結界のようだ。
(これは試されている……)
セリスは静かに目を閉じ、手を樹の幹に触れた。
『記憶の継承』 が発動する。
——ここは、かつて賢者たちが研究を行い、《王の書庫》に至る鍵を守った場所。
——王族の血を引く者だけが、この霧を超える術を知る。
「……やっぱり」
セリスは目を開き、ライルに向き直った。
「私なら、霧の中でも正しい道が見つけられるかもしれない」
「……つまり、セリスを、王族の血を頼るしかないってことか」
ライルは微笑し、剣を握り直した。
「なら、お前を守るのが俺の役目だな」
霧が立ち込める森の中を、セリスとライルは慎重に進んでいく。
昼なお薄暗く、湿った空気が肌にまとわりつく。枝葉のざわめきが奇妙な囁き声のように聞こえ、まるで森そのものが生きているかのようだった。
「……まるで、私たちを試しているみたいね」セリスは呟いた。
「気を抜くな。この森にはただの野生動物とは違う何かがいる」ライルが低い声で警告する。
霧の奥に、不規則に並ぶ古い石柱が見えた。それらは苔むし、崩れかけていたが、明らかに人工物だった。
「この遺跡……やはり、エルセリア王国のものか?」
その時——
カシュッ
何かが動く音がした。
鋭い矢がセリスたちの足元へと突き刺さった!
「伏せろ!」ライルが叫ぶ。
セリスが身を低くした。そに時、霧の中から一つの影が現れる。それはフードを目深に被った人物だった。
「……帝国の兵士じゃない?」セリスが警戒しながら剣を構える。
フードの人物はしばらく二人を見つめていたが、やがて小さく笑った。
「悪いわね。敵意があるわけじゃないの。ただ、誰かと思って確かめたかったの」
フードを下ろすと、そこには若い女性の顔があった。栗色の髪に緑の瞳。年齢はセリスより少し上だろうか。
「あなたは……?」セリスが問いかける。
「ミア・オルディス。ちょっと訳あって、ここで調べ物をしていたの。あなたたちは?」
「セリス……セリス・エルセリアよ」
その名を聞いた途端、ミアの表情が変わった。
「エルセリア……王家の?」
「ええ……それが、何か?」
ミアは少し考え込んだ後、ニヤリと微笑んだ。
「面白いわね。だったら、あなたたちに協力する価値がありそう。——《王の書庫》を探してるんでしょ?」
セリスとライルは驚いた顔を見合わせた。
「知っているの?」
「ええ。少なくとも、この《霧の森》にある遺跡には、それに繋がる重要な手がかりが眠っているはずよ。でも、簡単には手に入らないわよ?」
ミアの視線の先には、霧に包まれたさらに奥深い森が広がっていた。
「……どういうこと?」セリスが問う。
「この遺跡を守る仕掛けがあるの。つまり、試練ってわけ」
ミアは不敵に笑いながら、杖を軽く回した。
「さあ、準備はいい? これからが本番よ」




