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前編:妻・リネット

下ネタではないと思いますが、パンツがよく出てきます。軽い気持ちで読んでいただけると助かります。




 最近、夫の様子がおかしい――。


 夫といっても、私たちは本当の夫婦ではない。

 お互いの希望が一致して結婚した、いわば偽装結婚の夫婦。


 夫であるアレクシス様は、二十九歳という若さで宰相補佐官を務める、非常に優秀で将来有望な方。

 そして私は、お城で侍女として働いており、将来の目標は侍女長となること。

 けれど、この国では女性は早く結婚して家庭に入ることを望まれ、現在二十二歳の私は実家の伯爵家から結婚を急かされていた。

 理由をつけて逃げていたけれど、とうとう断りきれない相手だから必ず会うようにと言われてしまった。

 断りきれない相手ということは、実家より身分が上ということ。

 高位の家柄なら結婚後も侍女として働くなんて無理なはずなので、侍女長になるという目標を断たれた私は釣り書きも見ずにお見合いの場へ向かった。


 そのお見合いの席にいたのが、アレクシス様だった。

 お城で働いていて、宰相補佐官のアレクシス様を知らない者はいない。

 それくらい優秀で、顔立ちも整っていて眼鏡が良く似合うと評判な方だけど、そういえばご結婚どころか婚約者の話も聞いたことはなかった。

 お見合いの間は特に自分から話すこともなかったアレクシス様だったけれど、二人で庭園を歩いて回ることになったとき、私が侍女として働いていることを知っているとおっしゃった。

 宰相補佐官のアレクシス様は有名な方だけど、まさか私のことまで知ってくださっているとは思わなかった。

 話は自然と仕事のことになり、つい侍女の仕事を続けたいと零してしまった。

 すると、アレクシス様から思わぬ提案をされた。


 偽装結婚――。


 アレクシス様も実家の侯爵家から結婚を急かされているだけらしく、なら夫婦のふりをした偽装結婚をしないかという申し出。

 結婚後も仕事は続けて構わないと言う。

 私にとっては願ってもない話で、もちろんすぐに承諾した。


 そんな経緯で始まった偽装結婚から半年、夫婦のふりもうまくいっていると思っていたけれど、最近のアレクシス様は様子がおかしかった。


「今朝は私の顔を見て真っ赤になっていたし、体調は悪くないと言っていたけど、本当に大丈夫かしら……」


 冷静沈着と評判なのに、顔を真っ赤にして挙動不審な行動が増えた。

 昨日なんて階段を踏み外しそうになっていた。

 アレクシス様は何でもないと言うけれど、これまでそんなことはなかったので、仕事が忙しいあまり疲れがたまっているのではないか心配になってしまう。


「そういえば、いつから様子がおかしかったかしら……。確か、数日前あたりから……」


 私は、アレクシス様の様子がおかしくなり始めた頃を振り返った――。




***



 ――数日前。


「あら」


 その日の夜、私は洗濯された物をクローゼットにしまっていた。

 その中に、私のものではないものが混ざっていた。

 簡単に言ってしまえば、男性用のパンツ。

 この家に住む男性はアレクシス様だけなので、当然アレクシス様のパンツということになる。


「カミラさんが間違えるなんて、珍しいわね」


 私もアレクシス様も外で働いているので、家事は通いの家政婦であるカミラさんに任せている。

 この道何十年というベテランの彼女にしては珍しいけれど、誰しも間違いはある。

 実家の伯爵家に住んでいたころは、弟たちのパンツや服が混ざってくることもよくあったので、何だか懐かしい。

 それはさておき、これは持ち主のところへ戻さなければならない。

 私たちは偽装結婚なので、もちろん部屋は別々だ。

 カミラさんは掃除の際にどの部屋にも入るけれど、私はアレクシス様の私室に入ったことは一度もないし、書類上の妻でしかない私には入ってはいけない領域だと思う。

 さてどうしよう……と思っていたとき、玄関の開く音が聞こえた。

 今日は会議で遅くなると言っていたアレクシス様が帰宅されたのかもしれない。

 自室を出て二階の廊下から玄関ホールを見下ろすと、アレクシス様の姿があった。


「アレクシス様、お帰りなさいませ」

「リネット。出迎えは必要ないと言っていたはずだ」

「でもまだ起きていたので。お仕事お疲れ様です」

「ありがとう」


 アレクシス様は続けて「ただいま」と言うと、眼鏡の奥の瞳を少しだけ柔らかくさせた。

 お城では冷静沈着でクールと評判なアレクシス様だけど、こんな風に柔らかい表情をされることを知ったのは、結婚してからだった。

 それに、仕事では容赦ないという噂だったけれど、意外とお優しい。

 私たちは偽装結婚なので、夫婦らしさは求めず、お互いに何かを要求はしないと最初に決めている。

 けれど、アレクシス様は私が外出する際などは見送ってくださるし、休日などは手ずから紅茶をいれてくださったりもする。

 だから私も、帰ってきたときにお帰りなさいくらいは言いたかった。

 それに、ちょうど良いチャンスだった。


「アレクシス様にお渡ししたいものがあって……」

「私に?」


 私は持ってきたものを取り出した。


「はい。私の洗濯物に混ざっていたので、お返しいたします」


 先ほどのパンツを手渡す。

 アレクシス様は自分の手の平に置かれたものを見て、指を内側に握りこんだ。


「……ああ、私のものだな。ありがとう」

「いえ。では、私は先に休みますね。お休みなさいませ」

「ああ……お休み」


 無事に返せたことで、私はぐっすりと眠ることができた。




***




「……さすがにこれは関係ないわね」


 形だけの夫婦の私とアレクシス様の間に、いつもと違う出来事といえばこのことくらいだったけれど、さすがにこれがアレクシス様の様子がおかしい原因とは思えない。

 もし今日帰ってきても様子がおかしかったら、直接聞いてみようかと考えた。





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