6 どこ見て歩いているのよin駅前
『それでは時間は11時頃、場所は高円寺駅前の噴水でよろしいでしょうか。』
当日の早朝。気持ちが昂り、俺は何故だか始発の電車に乗車していた。目的地に到着したのは6時40分。完全にバカである。
(まぁ、せっかくこっちに譲歩した場所にしてくれたんだ。遅れるよりかはマシだろう)
しかし、高円寺在住は嘘情報なので1時間弱、電車で揺られることにはなった。
(あと4時間か……。時間をつぶそうにも、こんな朝っぱらから空いてる店なんてないよなぁ……。やることもないし、ボーっとでもしておくかぁあ!!)
……完全にバカである。
そこから忙しなくボーっとすること4時間。腰を下ろし、駅を行き交う男女を眺めつつ、そろそろ時間も近くなる。
(わざわざ高円寺を指定したってことは、四条さんもまあまあ近いところに住んでるってことかな……? ……ハッ!! まさかリムジンとかけったいなもん乗って来るわけじゃないよなっ!?)
富豪のイメージが貧困極まりないが、それでも何らかすごい登場をされてしまうのではないかと、自分のデートセンスに不安が募る一方。
(今日は近くの店でお茶するだけだからな……。に、臭いとか、大丈夫だよな……)
直前となり、なんだかわさわさし始める。
緊張赴くままに立ち上がり、尻を払ったがその瞬間、着信が鳴った。
「……!!」
『今到着しました。』
血管がヒートアップしていくのを感じる。正面を向き、首を振り、血眼になり周辺にある顔を次々に凝視する。
(ど、どこだっ! どこに……)
辺りを見渡すも姿はない。だが、違和感はある。顔面の一致を確認していると、心なしか往来する人々の視線が下の方、一点に集まっているように見えたのだ。
(……?)
俺も流されそこに目線を配る。……すると。
「……っ!!?」
彼女がそこにいた。周りの人間は気にしていない素振りを見せるが、全員が自然と彼女に目を引かれてしまっている。
「あっ……!」
向こうも俺の姿に気が付いたらしく、互いの目線がばっちり合った。
が、しかし、両者ともに言葉が出ない。
こちらに気が付いた途端、『それ』を運んでいる給仕服の女性が向かってくる。この場には一切不適当な恰好であったが、そんなことに反応ができるほどの気は向かなかった。
「…………っ」
「…………」
目の前に到着されたが、脳の処理が追いつかない。そんな俺をよそに、メイドは慣れた手つきで運んでいた『それ』を停車させた。車いすだ。
あっけにとられているところ、お構いなしにとツカツカ耳元まで近づかれ……。
「お嬢様泣かせたらお前も泣かす」
とだけ囁かれた。メイドは俺の反論を前に、消えるように来た道を反対へと姿を晦ます。
その後ろ姿を呆然と見送る。そんな非現実的な状況に立たされるも、俺の興味は車いすにたたずむ本人にしか沸かなかった。
車いすの上には、恐らく特注品であろう服装も十分に、ナチュラルなメイクをこしらえ、おめかしは好調。どこに出しても可愛らしくある、目当ての彼女がいる。
しかし、俺が目を惹いたのはそこではなく、彼女の肉体そのものの方。
馴染み深い顔立ちが生えるのは、首と左腕のみを携える肉塊。痩せこけた体からなる、所謂身体障がい者。それが四条 麻海であった。
俺は物が言えずに立ちすくむ。嫌な沈黙が流れる数秒、ふと彼女を見てみると今にも泣き出しそうに目が潤み、唇を震わせていることに気が付いた。
「あの…………、そっ……、………………………………」
「すみません四条さん。知識不足なのですが、車いすって台車感覚で押してもいいんですかね?」
少し早口になってしまったが、間を持たせるように問いかけ持ち手の部分に手を掛ける。
「えっ! ………………は、はい! 大丈夫だと、思います」
これはデート、エスコートをするのは俺だ。思考回路はいったん捨て置く。
「こんな場所でもなんですし、話しやすいとこにでも行きましょう。目的の店も近いですので、そこにでも向かいましょうか」
……こくっ、こくっ
と、首を縦に振られたので、俺は力任せに歩みを進めた。
「…………」
「…………」
その道中、会話はない。今までもいくらか沈黙が流れることはあったが、その比ではない、初めて感じる重たい空気感。
(…………つまり、『何らかの事情』って……、これのことだよな……)
俺はそのとき、今まで得た疑問の全てが線でつながったように感じた。なんというか、不謹慎な物言いだが、すごく……、嫌な気持ちになってしまった。