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4 ヒロインの初登場が第4話のラブコメ




 当日、定時退社を決めた俺はある一つの決心を固めていた。

(約束の時間は夜7時、まだあと20分もあるな。もう一度情報を整理しておくか)


 まず、彼女の所在は東京。年齢は23。今回が初のアプリ使用で勝手がまだよくわかっていない。かなり食い意地が張っており、食べ物の話にはよく食いつく。趣味はスポーツ観戦で、中学までは自身もサッカープレイヤーだった。


 性格は天然だがこれは要検討。容姿は一般的に見ても美形の部類、だがこれも検討。職業はAIエンジニア、これは職種の内情をよく知らないのでまあ除外でいいだろう。

 気を付けるのはこれぐらいか。


 次に、ここからは俺の想像だが、彼女は恐らく上流階級、所謂ブルジョワ。そしてプロフィールからは嘘をほとんど感じない。……こうとなってはこれらも検討になるが。


 そして確定なのが、相手は二人いるということ。これが重要。


(まだすべてが検討段階、何ならこれらが全部嘘だとも考えられる。『オタク君はこんな安直なキャラ作りにも引っかかるんでwすwねwww』という志の下、犯行に及んでいる可能性は捨てきれないのだ。


 だが、直接の通話はメッセージのようにはいかない。ボロを出したら後は崩れていくだけだ。そうなれば、一瞬で刈り取れるぞ)


 今更だが、そもそもそんな志で臨んでいるのであれば通話なんて提案には乗ってこないのではないだろうか、とは正直頭をよぎった。しかし、その甘さが10連敗を蓄積したのだ。


 事実、例の百鬼夜行共も実際に会うまでは本物の人間だと思えたのだ。彼女が例外だとは限らない。このアプリ上にいる人間は全員が敵だと思え。俺の中のイマジナリー鬼軍曹がそう囁く。


「この一月は決して無駄ではなかった。俺は今日ここで、彼女との関係を全てを決め切るぞ。」


 そんな闘志を燃やしているといつの間にか時刻は迫っていた。IDは交換済み。7時を迎え、30秒程着信を待つが彼女からの着信はなし。震える指を画面にあて、コールを鳴らす。


 プルルル……、プルルル……、カチャっ!


『……も、もしもし。よ、四条です。玉山さんでしょうか』


(に、2コール! 本当に出た!)


 か細く、少し上ずり、そして萌え声やアニメ声とは若干違う、幼さが残った可愛らしい声がスマホから聞こえた。この時点で中身がおっさんだという線は消える。


「もしもし玉山です……。きょ、今日はよろしくお願いします」


『は、はい! お願いいたします……』


 挨拶も上々に、戦いの火蓋が切って落とされた。………………………………ように見えたが……。


(………………)

「……え、えーと。改めて通話をするとなると……、き、緊張するものですね」


『そう、そうですね! 私も……、今までメッセージでどの様にお話ししていたのか、忘れてしまって……』


(…………………………………………)


 先程の長考の中、俺には一つだけ盲点があった。

 俺自身、交際(未満)人数の多さから、勝手に経験人数が多いものだと思っていた。……思っていたのだが。


(俺……、今まで女の子と……、夜にお喋りしたこと……、なくない…………?)

 そういえば童貞だった。俺の中に電流が走る。鬼軍曹の感電死である。


 ネットリテラシーの観点からアプリで知り合った相手は言わずもがな……。学生の頃のアドレス帳は男の名前だけ……。仕事の電話をわざわざ夜に掛けてくる女子社員なんているはずもなく……。


 さらに付け加えると、今まで交際(未満)にまでこぎつけた相手はそろいもそろって精鋭ぞろい。仮にキャラクターを作っていたのだとしても、まともな女性と愛を育むトークを交わすのは今回が初めての経験だった。


(あ……、あれ……? もしかして、ボロを出すのは俺の方なのか……?)


 27歳にもなって思春期のようなヘタレっぷりを醸し出していると、会話の間にしびれを切らしたのは四条さんの方だった。


『ふ、普段通りっ!! 普段通りの会話をするだけです!! ……少しは緊張してしまうかもしれませんが、……何も可笑しなことは致しませんよっ!!』


(……っ!!)


「そ、そうですね。僕の方が年上ですのにお恥ずかしい所を。……ふ、普段通りにいきましょうか」


(……そ、そうだっ! 俺が狼狽えてどうするっ!! 今回は俺の方から誘ったんだぞっ!! ……た、単純な質疑応答だと思え。それなら営業マンの俺のほうに分があるんだ……。お、落ち着けぇ……。落ち着くんだぁ……)


 彼女の一言で狼狽から立ち直る。真の本番はここからだ。



 そこから数分、お互いに緊張を出し切ったからか、言い分通りの会話が続いた。


「あぁ。そういえば以前に話していた駅前のスイーツタルト。偶然寄る機会があったので買ってみましたが、美味しかったですよ」


『えっ!! 本当ですかっっ!! いいですねっ! いいですねぇっっ!! 羨ましいです。お取り寄せなどしていただけるのであれば私も食べることができるのですけどね』


(……うーむ。この丁寧口調は崩れることがなさそうだな)

 さすがの俺ももう27。10分もあれば平常心に至ることもできる。何も誇らしくはない。


(メッセージの時から可愛げのある子だとは思っていたけど、実際に話したら『かわいい』ってより『子供っぽい』って感じだな)


 そんなただの失礼な思考と緊張の緩和に数分も費やしてしまったがばかり、俺はある重要なことを忘れていた。


『……え、え~と。私からはこれぐらいなのですが、玉山さんはまだ何かありますでしょうか?』


「あぁ……。僕の方もこれ以上は……」

(……っっ!!)


 ここで今回の最重要任務を思い出す。

(し、しまったぁぁぁあっっ!!!! 完全にセコンドのことを忘れていたぁぁぁあっっっ!!!)


『それでしたら本日の通話はこの辺りで……』


(どうすんだ俺の決心っ! どうすんだ俺の鬼軍曹っ!! な……、何か、無理矢理にも通話を続けさせる方法を……!)


 どうにかしようと脳をフル回転させる。しかし、そんな俺を嘲笑うかのように彼女がこう言葉を漏らした。その言葉に一瞬、思考が止まる。


『た……、玉山さん。ほ……、本日は本当にありがとうございました……っ!』


(……!?)


『正直に言いますとこの一か月間、ずっと不安がありました。いつもお優しい玉山さんが、本当は浅ましい方でしたらどうしようかとも考えてしまい……』


(うっ……)

 俺は良心にダメージを受けた。


『ですが、今回こうして直接会話をしていると、想像よりもお優しい方だと分かり、……その、……お会いさせてもいただいていない状態で、……こう、……言い寄られても仕方のないことだとは思っているのですが』


(……??)


『好きですっ……! 玉山さんのこと……。今回出会うことのできた方が玉山さんで、本当に良かったと思っております……っ。』


(……っっっ!!!?? …………っっっっっ!!!!!!!!???!!??)

 再度俺に電流が流れる。


(か……、かわ……、い……、い……)

  バシィィィィィイインッッッ


『……!? …………っ!!???』


「す、すみません。スマホを落としてしまいまして……」

 俺の両頬と両手の平が腫れる。まだ決心が揺らいでいない物的証拠であった。


(ま……、まだだっ!! まだ気を許し切るのは早計だぞっ! セコンドの正体だって明らかになっていないんだ。そこが分からない以上は……)


 しかし虚を突かれてしまった俺は、思考とは裏腹にとっても逃げ腰である。


「そ、それはありがとうございますぅ……。でしたら次も通話にしましょうかぁ……」

(きょ……、今日は一旦考えを改めなければ……。ここは、逃げる……)


『え……っ! 本当ですか!! それでしたら次の機会も通話でお願いし……まぁ……ず』


 その時、突如音声が乱れた。

(ん……? なんだ? …………っっ!!!!)


 スピーカーでも起動してしまったのかとスマホの画面に目を遣る。すると、画面の左下のワイプには両頬の腫れた男、画面中央には最近よく見る女性の顔が映っていた。


「……っ!!? 四条さんっっ!!!?? これ、ビデオ通話に────────っ!!」


『お嬢様っ!!? 画面っっ!!! 画面見てください!!!』


(お、お嬢様っ!!?)

 その日初めて耳にした、低い女性の声が聞こえた。


『え……?画面……、…………っっっ!!!?? ……も、申し訳ございませんっっ!! また予定が決まり次第、ご連絡くださいっっ!!』


 プツンッ。

 と、彼女は早々に通話を切り上げた。画面には通話時間15分と表示されている。


(…………………………)


「え……、え~と……。きょ、今日は……、大収穫でぇ……。ん……?? んんんん…………?????」

 あまりにも情報過多で、しかし求めていたものは手に入り、それでもやっぱり困惑の方が勝る。


「お……、お嬢様……。お嬢様って言ってたよな……。てことは、セコンドの正体はメイド……? でも、今時メイドなんて……、そんな……」


 大手企業に勤めている以上、腐っても小金持ち位はいくらでも見てきた。ドラのバカは大勢いたがそれでもどこか気品には溢れていて、彼女もその程度のブルジョワだと思っていたのだが……。


「一瞬しか見えなかったけど、スタジオでも借りてんのかって位部屋の天井高かったな……。


 そんな漫画にしか存在しないような、何故か3人乗りの乗り物しか手配しないような、そのレベルの金持ちって実在すんの……?」


 俺の困惑は続く。


「ということはそのメイドが色々助言をしていただけってことか? だったら、俺の心配は結局蚊帳の外じゃねーか……! な、なんだ……っ! よか……、よかった……??」


 懸念は晴れたのだが、ここで新たに出てきたのは一か月前に感じた不安の方であった。


(……っ)

「もうこれ……、釣り合うとか釣り合わないとか、そんな話じゃないよな……」


 俺は再度うなだれる。

 相手は想像に難い程の大金持ちだ。もしここで四条さんと結ばれることになれば、生活は劇的に変わることだろう。しかしその場合、俺がこのアプリを始めたそもそもの意味がなくなってしまう。


 大前提は現状維持だ。別に逆玉の輿を狙っているわけではないし、今の生活の維持ができるならばそれ以上のことは望まない。むしろ面倒事は御免被る。


「…………………………でもなぁ」


 昨日までの俺、いや、数分前の俺であれば現時点で話を切っていたのかもしれない。しかし、今は何度頭を捻ろうと、彼女が最後に残した言葉が引っかかって離れない。


「俺も……、同じだしなぁ…………」

 その一言が頭の中を反芻する。まだ時刻は20時だったが、もう床に就いていた。




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