『 愚か者 』
「逃げ出すのか」
カエルの低い笑いが響いた。
『どうでもいいってことなのか?』
ワッカがまたおれに聞く。
「そういう時も必要だ」
音もなくその足先が俺の前に来ていた。見上げたらエンはいつもの笑いを浮かべている。
馬鹿にしたような、勝ち誇ったような。
「わたしたちの所に逃げて来るか?」
そうだ、巣に。
「歓迎するぞ。そしてそこから旅に出ればよいだろう?」
『残された方は?』
「逃げたければ逃げろ。何もかもヒトのことはばっさりと捨ててな。お前が今までここで生きてきた真実を見据えようともせずに。――― そしてこの陸を出たら、お前は死ぬ。ワッカの父親のようにな」
言い切ったカエルも目の前のエンも薄暗い明かりにぼんやりと見えて。
「・・・エン、巣に、行くよ」
おれの返事に頭を振って本棚に立ったカエルが見えて、ようやく夢ではないと確信する。
「そうか。なら、早いほうがよかろう。明日にでも来るか?」
「ううん、このまま、いや、荷物を取ったらすぐに行く。うちに用意してあるのを持ったら」
「わかった。わたしはここで待つとしよう」
エンが腕を組んで机の端に腰掛けた。
「最後に《ジリをぶっ飛ばす》のを忘れないことだな」
棚に向かったままのカエルが馬鹿にした。
「もう、・・・どうでもいいよ」
その言葉に片側の目だけが動き、力を入れて立ち上がるおれを観察するように見届けてから言った。
「愚か者」
怒っているよりも悲しんでいるような響きだった。




