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第1話  彼の登場

 彼が姿を現した時は、女性たちが真っ先に反応した。


「あら、あの美しい方はどなた……?」

「とても気品のあるお顔で……」

「お召し物も素敵で、よくお似合いね……」

「それにまだ若いわ……」


 人々は自然と道を開けて、彼を通した。彼は周囲の人々と目礼を交わしながら前に進んだ。穏やかな笑みすら浮かべて、とても落ち着き払った態度だった。

 私はその場にいる予定はなかったのだけど、お嬢様の飼い猫が大広間に入りそうになったのでを追いかけて、猫はつかまえて抱き上げて、そのまま目が離せなくなってしまった。

 猫は少し不満そうに、でも私の腕の中でおとなしくしていた。この猫はお嬢様以外の人には懐かないのだけど、私は例外でよく甘えてくる。黒色の猫で目は金色。



 今日は私が侍女としてお仕えするジャンヌ様の十八歳の誕生日だ。お祝いを言うために大勢の人が城の大広間に集まっている。

 中央の一段高い場所にはジャンヌ様のお父上のヴァロン候と奥様。ジャンヌ様はその少し前の位置に立って、来客の挨拶を受けられている。

 ジャンヌ様のお隣にさりげなく並ばれているのはリュシアン王子。光り輝く美貌がまぶしい、王家の第二王子。

 今日のお祝いの場で、ジャンヌ様とリュシアン王子の公式な婚約発表があるのではないかと、大方が予想していた。


 そこに、水を差すような事件が起きた。



 やって来た彼はジャンヌ様の前で膝を折って、丁重に述べ立てた。

「このたびのお誕生日に際して、ジャンヌお嬢様とヴァロン侯ご夫妻にお祝いを申し上げます。ご一族の繁栄を、祝福の多い一年となりますよう心から祈念いたしております……」

 お祝いの口上の間、ジャンヌ様はしかめ面をして隣のリュシアン王子の腕につかまっていた。ヴァロン侯も奥様も首をかしげていたし、見知った仲ではないようだった。


「ジャンヌ様には初めてお目にかかります。私はルメール家の当主でフェリックスと申します。今年二十一歳になります。私の父のテオドールが、あなたのお父上の知己をいただいておりました」


 お嬢様にとっては初めてお会いする方だったのか。ならば知らなくて当然だ。

 でも、ルメール家?

 彼の風貌から考えるときっと一流の家柄に違いないけれど、聞いたことがない。


 ジャンヌ様は黙っていた。リュシアン王子は、うすら笑いを浮かべていた。

 ちなみに私は王子のこの笑い方が嫌いだ。身分の違いがあるのだから仕方のないことなのだけど、それにしても、なんだか、とても見下されていると感じる。


 ジャンヌ様のお父上が言った。半信半疑といった様子だった。

「ああ、君はテオドールの息子なのか。ずいぶん会わないが、彼は元気か」

「父は少し前に亡くなりましたが、故人を偲んでいただくには及びません。お祝いの席でこのようなお話をすることをお許しください。その時の父の言に従って、私はここに馳せ参じたのです」

 奥様が心配そうに旦那様の方を見た。旦那様は、分からない、という顔をなさった。


「今から二十年以上も前のことです。あなた様と私の父が、変わらぬ友情を約束してある誓いを立てられました。その時の誓いの短剣がこちらです」

 いつの間にか現れた彼の従者らしき男が、飾り箱に入った短剣をヴァロン侯に差し出した。ヴァロン侯は顔色を変えた。

 奥様の方は旦那様を責めるように睨みつけたが、

「その場に立ち会われた奥様は感動されて、私の父に、首飾りの留め金を贈ったと聞いております。それがこれです」

 今度は小さな金具が、やはり美しい箱に入って捧げられ、奥様の方も顔色を変えてしまわれた。

 お二人とも、それぞれの品物をご存じなのだ。


「では、君は……」

「はい、実は私は、父が亡くなる直前にそのことを聞くまで、お嬢様のことを全く存じておりませんでした。ご挨拶が遅れましたことをお許しください。ジャンヌ様」

 彼はそこでジャンヌ様の目をまっすぐに見上げた。ヴァロン侯があわてて何か制止しようとするのも顧みず、

「私はあなたの婚約者です。お父上同士が決められたのです」

と、驚きの一言を投げつけた。

 あたりはしんと静まり返った。


 私もとてもびっくりして身動きがとれなかったけれど、腕の中にいた猫が身じろぎしたので我に返った。


「その話は、本当か」

 リュシアン王子が沈黙を破った。王子はジャンヌ様の手を振りほどくようにして離した。ジャンヌ様の方はすがるような目つきで王子の横顔を見た。

「真であると、私は信じます」

 フェリックスと名乗る彼はそう言って、いっそう深々と頭を下げた。


「待て……急のことで私も妻も……娘も混乱しておる」

 ヴァロン侯も奥様も、顔色が悪かった。

「それでは、ご一家でよくお話されるのがよろしいでしょう。失礼」

 王子はそう言うと、ジャンヌ様の側を離れ、さっさと大広間を出て行ってしまった。  

 ジャンヌ様はそれを見てその場に崩れ落ちた。奥様が慌てて駆け寄って、お二人は寄り添いながら広間を退出なさった。そして、ヴァロン侯も、フェリックス青年に、

「私は君に娘をやるわけにはいかない。あとで私の部屋に来なさい」

と言うと、奥様たちの後を追って行ってしまわれた。


 それまでヴァロン侯ご夫妻の後ろに控えていた家令のモリスがやって来て、フェリックス青年とその従者を広間から連れ出した。彼らの姿が消えると、人々はいっせいに無責任な噂を始めた。

 お城の主人たちが不在のままでも、お祝いの宴は続行されるらしい。

 吟遊詩人たちが楽器をならして歌い、芸人たちが余興を披露した。


「お前」

 私は女中頭に呼ばれた。

「猫は放っておいていいから、お嬢様のところに行きなさい」

 私は腕の中の猫を見た。

 放っておいていいと言われても、ここでいきなり放すわけにもいかない。猫が思わぬ方向に走り出したら、悪気はなくても騒ぎになるかもしれない。それでも、

「はい」

私は素直にうなずいた。お嬢様とヴァロン侯ご夫妻のお部屋はお城の上の階にある。


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