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初デート

 金曜日、いつものようにノアに送ってもらいながら、日曜日の待ちあわせの時間を決める。


「どこに行く予定なんですか?」たくさん歩くようならそれに合わせた格好をしようと思い尋ねる。


「ミシェルはどこに行きたい?」


「・・・え?」何か研究とか用事があるから一瞬に出かけるのでは?と戸惑う。


「デートのつもりで誘ってるよ」私の目をまっすぐに見つめられて。


「デート・・・?」予想もしてなかった展開に頭がついていかず言葉がでない。


「嫌かな?」ほんの少し不安そうに瞳が翳るノアに必死で首を横に振ってから


「う、嬉しい」と必死に答える。


ノアとのデート、怖くない!ノアなら怖くない、そのことがじんわり胸に染み込んで嬉しくて泣きそうになる。


「良かった」ふわりと微笑んだノアの顔に見とれて何を訊かれていたのかわからなくなってしまった。


「ミシェルの行きたいところに行こうと思ってたんだけど、もし希望がないなら俺の家に行こうかなと」


「ノ、ノアの家!?」


「この街から2時間ぐらいのところにあるんだけど。追加で持ってきたい本とかあって。あとこことは違う海辺の街だから楽しんでもらえるかなと思っ−−」


「行きます!行きたい!」

 海辺の街に行くのも初めてだし、ノアと街を歩けるのもワクワクして被せるように返事をする。どうしよう、嬉しすぎる。


「じゃあ朝10時に迎えに行くよ。移動は荷物があるから車を借りてく。向こうに着いたらお昼ごはん食べて、散策したら家に寄って、夜7時までには戻れる予定」


「はい!」朝から夜まで一緒に過ごせることにかなり驚いてはいるけれど、楽しみでついつい口元が緩んでしまう。人生初デートです。


□  □  □


 日曜日の朝、5時に目が覚めた。(ご、5時・・さすがにもう少し寝ないと1日持たないかも)布団の中で何度も寝返りをうって、6時に眠るのを諦めて起きた。ゆっくり身支度をする。人生初デートだ、何着よう。どんな服を着たら可愛いと思ってもらえるんだろう。クローゼットにかかる服を眺めながら、あれでもないこれでもないと考える。


結局、ノアの好みなんてわからないので自分のお気に入りの服を着ることにする。クリーム色の可愛いデザインのブラウスに秋らしいチェック柄のロングスカート、歩きやすいブーツ、寒暖を調整しやすいように茶色のカーディガンも羽織る。秋色で着心地も良く動きやすい。

 デートに着ていく服をあれでもないこれでもないと考えることさえ楽しくて、そんな自分の変化に笑ってしまう。


 用意を終え、ノアを待つ。落ち着きのない私を見ながら「そわそわしちゃうわよね、わかるわ」と母が笑う。


 10時、窓からノアの姿が見えて迎え出る。そのまま車に向かうつもりでいたけれど、ノアが「ミシェルのお母さんに挨拶してくるよ」と言うので一緒に玄関に戻り、今日の予定を伝えるのを隣で聞く。「門限守れなんて言わないから、楽しんでらっしゃい」いつも以上ににこやかに手を振って送り出され、ノアと車に乗り込んだ。


ほとんど自動でゆっくり動く車だけど、街と街を繫ぐ大きな道路だけは磁石を利用した浮力で高速移動になる。マグタイプの水筒に用意してきたノアのためのお茶を渡し、自分の水筒も出す。高速移動になってからノアの家族や小さい頃の話、得意なこと苦手なことをたくさん聞きだしていく。

 ノアは口下手だと言うけれど、どんな質問でもちゃんと答えてくれようとしているのが伝わってきて、心がじんわり温まる。1時間程経った頃、左前方に海が見えてきた。


「すごい綺麗!」ノアと一緒に見る海はキラキラと光を反射して、特別綺麗だと思った。


「あと少しで街に着くよ」と言われてすぐ、街に入る道に下りてスピードがゆっくりになる。


 黄色や白の可愛らしい建物が多い街で、海に近づいていくごとにお店が増え、車を海沿いの駐車場に停めて、車から出てすぐノアが手を差し出すので、また手を繋いだ。海沿いの歩道を歩く。砂浜にはパラソルの下にテーブルと椅子が並べてあり、食事中の人達で賑わっている。


「お昼ごはん、俺がよく行ってた店でいいかな?」


「はい!」


 細い路地に入ってから、黄色と白のストライプの日除けがかかった建物の外階段を上がり、二階のお店に入ると、小さいけど居心地良さそうなレストランだった。窓際の空いてる席に座ると、窓から海が見える。ノアおすすめのメニューを注文して、景色を眺めていると


「楽しい?」と訊かれたので「すっごく楽しいです」と答えながらノアの顔を見ると、嬉しそうに笑っていて私の鼓動が耳の奥で強く鳴るのが聞こえた。


「久しぶりだ」と美味しそうに料理を口に運ぶノアを見つめ、食後に少しゆっくり飲み物を飲んだ後、街に出て散策する。


 迷路みたいに入り組んでいて、表の通りを少し入ると可愛い雑貨や服を並べた店があり、可愛いネックレスを見つけたのでソフィアへのお土産に買う。

 最後に入ったお店で、ガラス細工の可愛いピアスを見つけたけれど、自意識過剰が発動し、これ買おうとしたら「プレゼントするよ」とか言われて、買ってもらう流れになったりしたらって考えちゃった時点でもうなんか下心が透けて見えるしと、妄想が爆発して買わなかったのは内緒。

 車に戻って、ノアの家へ向かう。


 海辺の街から15分程車を走らせて、小高い丘の上にポツンと建つ家の門を入ると、二階建てでとんがり帽子みたいな屋根や、大きい屋根が連なった家があった。


「変わった建築だろ。父親が建築家で、母親が内装のデザインをやってるから、色んな建物を建てたかったらしくて、継ぎ接ぎみたいに様式がバラバラなんだ」


「すごい!めちゃくちゃ可愛い!」おとぎ話に出てくるような外観と雰囲気に圧倒される。


「ノア!おかえり」玄関らしきドアから、背が高くて優しそうな雰囲気の女性が出てきた。


「これ、俺の母親」


「はじめまして」と頭を下げて挨拶すると


「いらっしゃい、ゆっくりしていってね」とニコニコ笑顔で家の中へ招かれた。


「じゃあ、本を探してくるよ。ミシェル、こっちだ」


建物と建物を繫ぐ廊下を進むと、中庭が見える。どうやら中庭をぐるっと囲むように建てられているようだけど、廊下を進むごとにドアがあり、1人だと迷ってしまうかもしれない。


ノアがマホガニーのような木のドアを開けて中に入るのに続いて入ると、右側全体を覆うかのように天井までの高さの本棚があり、左側には小さい階段があり、奥は見えないようになっていた。本棚の前にデスクと椅子、寛ぎやすそうなソファがある。


「本を探すから、自由に本でもなんでも見てて」


なんでも見ていいのかと驚く。1番気になるのは小さい階段の向こうなのだけれど。そこから見る勇気はなく、本棚から眺める。

興味深い本があるけれど、やはり気になるのは階段の向こうで。


「あのー・・あの階段の向こうって見ていいですか?」と恐る恐る尋ねると


「いいよ」と笑って言われた。


じゃあ遠慮なく・・と、すーっと移動して階段の下からちらっと覗き込む。どうやらベッドがあるようで、躊躇ったものの階段を上がってみると、大きいジオラマとその周りの棚には何かがいっぱいに飾られてあった。棚を眺める。石や貝殻、枝や木の実、どうやら自然にあるものが雑然と並べられているようだ。ジオラマ見たさに奥へ進む。


山と湖、川や森、建物などを作り込んだどこかの土地のジオラマだった。

(どこの土地なんだろう?)じっくり見ていると森の奥に泉があることに気づく。(あれ?これって・・)

既視感を感じたけれど、自分が住む街とは山や建物が一致せず、まあどこも似たようなものかもと思い、ノアのところへ戻る。

まだノアは本を選んでいるようなので、気になる本を手にとってソファに座って読むことにした。


ノアがトランクに本を詰め込んで「ミシェル、その本気になるなら貸すよ」と声をかけてくれたけれど、気になるところは読んでしまったので本棚に戻す。


「さて、用事は終わったから帰ろうか」


「はい」そう返事して、ノアの部屋を出たところで、お茶ぐらい飲んでいってと声をかけられ、ノアのお母さんと三人でお茶を飲みながら談笑し、また来てねと見送られて帰路につく。

帰りに二人きりの空間にいられるのは嬉しいけど、もうすぐデートが終わると思うと寂しくなってきた。

デートするのが怖いなんて言っていたのは誰だったっけ。ノアだから怖くないのか、単に臆病だっただけなのか。


「人生初デート、すごく楽しかったです」


「初めてだったんだ」ノアの声に驚きが滲む。


「はい!デートに誘われたことはあるんですけど、なぜか怖いという感覚があって」


「怖い?何か危ない目にあったことあるの?」


「ないですないです!誰かと付き合ったりするのが怖いというか・・違うというか・・」


「・・俺は?」


「はい?」


「俺とデートするのは怖くなかった?」


・・どうしよう、これ答えたら「好き」って言ってるようなもんだよね。一瞬そう思った。だけどこの好きは隠すつもりがないということを思い出す。


「怖く・・なかったんです。そのことがすごく嬉しくて」もうこんなの好きって言ってるのと同じじゃないかと頬が熱くなる。


「そうか」返事が遅かったのでノアを見ると、片手で口を覆っていて表情がわからなかった。そこからなぜかお互い黙ってしまい、気がついたら私の家に着いていた。


「ありがとうございました」と言って車から降りようとしたとき、ノアに手を掴まれる。


「ミシェル・・」いつも以上に真剣な声と繋がれた手に心臓が高鳴る。


「またデートしたい」


「はい」こくこくと何回も頷いて答えた。


 繋いだ手を離して私の頭を優しく撫でられる。大きい手の感触が心地良い。私もノアの髪を触りたいけど、そんな勇気ない。車を降りるとノアが玄関までついてきて、私のお母さんに挨拶してから帰っていった。


「どうしよう・・めちゃくちゃ幸せ」今日1日のことを思い返しながら、怖さや違和感などどこにもなかったことに気がつく。幸せな気持ちのまま眠りにつき、起きたときもまだ幸せで、授業中も幸せで、そんな気分のままソフィアとランチしたら、


「白状しなさい」と詰め寄られ、ノアがかっこよかった、ノアと一緒にいて楽しかった、ノアがノアがと話して気がついたらソフィアの顔が「お腹いっぱいのところにホールケーキを無理矢理詰め込まれた気分」と言われた。


 それでも「良かったね!デートできたね」と一緒に喜んでくれて少し泣きそうになったので、ごまかすためにバッグの中を探ってお土産のネックレスを渡すと、さっそくつけてくれた。

 そういえば、ソフィアの恋愛事情を最近聞いてないなとふと気づく。今度会ったときに尋ねてみようと思いつつ、早めに研究室に行き、本を読みながらノアを待つ。昨日の今日で気恥ずかしいけれど、そんな気持ちに焦点は合わせない。


ノアが好き。ノアと一緒にいられる時間を楽しむ。だって、それだけでも奇跡みたいなものだから。

やっと本に集中できた頃、ノアがやって来た。


「ミシェル」名前を呼ばれて、「はい!」とそばに行く。


「その、うん・・」モゴモゴと小さい声で何か呟くので「なんですか?」と耳を近づけると、「いや、なんでもない」と言われて。


「ふふ」そんな様子がなんだか可愛くて笑ってしまうと、ノアが眩しいものを見るかのように目を細めた。

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