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「何を見てる?」私の視線の先を追って窓から下を見下ろすノアの体が近くてドキドキする。


「金木犀です。私、この香りが大好きで」


「ああ」ふんわり笑って私を見下ろすノアの瞳がおひさまにあたってキラキラ揺れた。


「綺麗な目だなあ」うっかり心の声をそのまま呟いてしまったことに気づかずそのまま見つめていると、ノアが困ったように笑っていて


「・・・!」


私、今声に出した?と1人混乱し「し、失礼しました」と謝る。

ノアが何も言わないので、「行きましょうか」と声をかけスタスタと先に歩き出す。

内心恥ずかしくてアワアワしてるのを必死に抑え、研究室に入りこっそり深呼吸する。

綺麗なものを綺麗と言っただけ。そうだ、当たり前のことだったと自意識をおさえつけることに成功し、平常心を取り戻す。

よし!大丈夫、さあ今日は何をするのかなとノアの側に行き指示を待つ。


「・・・・」なぜか固まって動かないノア。


「ノア?」と顔の前で手を振ると、私に焦点を合わせて


『可愛い』


何か小さい声で呟いて、はああと机に突っ伏した。


「え?」


なんて言われた?


ノアの耳赤くない?


うつ伏せだからうっ血してるの?


ノアが机を近距離で眺める作業に没頭してる間に、私の頭の中で自意識会議をした結果

スルーするとこにした。安定のスルー。スルースキルは3級ぐらい貰えそうだな。そんな検定ないけど。


「えーーっと。今日の作業は・・」


はーーと大きくため息をついて机確認作業を終了し、私の顔を見ずに今日の作業を説明してくれた。


□  □  □


 火曜日、午前の授業を終えたところでレオに出会い、一緒に学食へ向かう。


「あ、そういえば」光の話をソフィアに報告しようとしたとき、レオが顔をしかめていたのを思い出す。


「この前、レオがなんか変な顔してたんだよね。あれはなんだったんだろう?」


「いつの話?」


「エイダンの話をしてたとき」


「あー・・・なんでもない」


「そうなの?」


「覚えてない」


 覚えてないなら「なんでもない」かどうかわからないのでは?と思ったけど、言いたくないなら別に構わないと思ってそれ以上追求しないことにした。ソフィアもルークと一緒に学食に入ってきて、4人で賑やかにランチを終える。


 今日は午後の授業がないので、ノアとの時間まで研究室にいようと思い、マグにお気に入りのお茶を入れ、読みかけの本を持ってきた。

 研究室に入り、窓を開ける。しばらく経つとふんわりと金木犀の香りが風にのって入ってくる。大好きな香りに誰もいない部屋、遠くに聞こえるざわめき、活字を追うごとに重くなる瞼。少しだけならいいかなと壁にもたれて目を瞑る。ノアとの時間まであと1時間はあるから、ほんの少しだけ・・


 うとうと心地よい眠りと現実の狭間を漂っていた。ふと、意識が現実に戻る。


 机を挟んで向かい側に座るノアが目に入る。寝過ごしてしまったかと焦るけれど、まだ完全に覚醒できずぼんやりとノアを眺める。ノアも黙って私を見つめている。


「ごめんなさい。もう時間ですか?」


「いや、まだあと30分あるよ」


「いつからここに?」


「・・・」


まさか私の寝顔を見て・・?

急いで口の周りをそっと指先で押さえてよだれを垂らしてないか確認する。


「お、おかしな顔をして寝てました?・・」


「・・・」


どうして返事をしてくれないんだろうか。よほど変な顔でもしてたんだろうか。


「光が出てきていたよ」


「・・え?」


「君の周りをふわふわと漂っていて、君が目を開けた瞬間に君に戻っていった」


「ええ?」


「あと、ものすごく綺麗な寝顔だった」


「・・」たった2つの情報なのに、綺麗な寝顔の方に感情の全てを持っていかれてしまい、顔が熱い。うれしくて、にやけてしまいそうになるのをほっぺを強く引っ張ってごまかす。


「ふっ。なんて顔してる」ノアが顔をくしゃりと笑みで崩す。


笑わせたくてやったことではないけれど、ノアの笑顔が嬉しくて心が弾んだ。


「嬉しくてにやけてしまいそうだったから・・」


「うぅ」ノアが変な唸り声を出して俯いている。


「あの・・」


「・・・」


「試してみたいことがあるんです」


「試したいこと?」ぱっと顔を上げてくれたノアに私から光をひとつ取り出して渡す。


「その光、ノアに入れてみてもらえませんか?」


「これを・・」


「はい。入るかなあ?って」


 光を持ったまま固まっているので、「えい」と両手でノアに押し込んでみた。ぐにゅっと光が少し歪んで、ノアに入る。


「あ、入った」なんだ入るじゃないかと感心していると、ポワンと光がノアから出てきてしまった。


「あれ?」

入ったのに出てくるのかと思い、また押し込んでみた。


出る、押し込む、出る押し込むを繰り返し、8回目ぐらいに出てきたときにノアを見てみると、口元を片手で押さえてぷるぷる震えているではないか。


「!・・気分悪いですか?」私、とんでもないことした?と不安になって顔を覗き込むと


「・・い、いや、気分は悪くない」口元を抑えたままやや震える声で言う。


「勝手にごめんなさい。なんかムキになっちゃって」


「大丈夫」そう言いながら今日もまた机を近距離で眺める作業に入ったノアのつむじを「つむじまで綺麗だな」なんて思いながら見つめて待つ。

 なかなか机観察から帰ってきてくれないので「この光が体に入ったとき、なにか変な感覚ありましたか?」と尋ねると、


「すこし抵抗感覚があったぐらいかな」やっと顔を上げてくれた。


時計を見ると開始時間になっていたので、研究補助に入る。


□  □


 片付けを終え、二人で帰る。


「早く終わったので、泉に寄って帰ります」だからノアは送らなくてもいいですよと伝えた。


「僕も一緒に行っていい?」


「はい。ぜひ」一緒にいられるのは嬉しい。


 泉に着くまでの会話で、お互い時計の精密な内部が好きだと判明し、大いに盛り上がる。着いてからは大きな白い岩に二人で座り、心地良い時間を過ごす。この泉の石や岩はすべて大理石のように白い。そのせいで泉の水は暗く濁ったようには見えない。


「ミシェルはこの前一緒にいた彼と付き合ってるの?」


「付き合ってないです。彼、ルークは幼なじみでつい最近この街に戻ってきたんです。懐かしいお店に行きたいからと言われて、あの日は昔一緒に行ったお店を回ってました」


「そうか」その一言でこの話題は終わったようなので、私も少し気になることを口にする。


「ノアはモテますね」今日も女子数人に取り囲まれているのを見かけた。


「好意を寄せられるのはありがたいけど、自分が好きだと思う相手に好きだと思ってもらえて初めてモテていると言える気がする」


「あー・・確かに好きだと思ってない相手からいくら好きだと言われても応えられないから困りますね」


「随分実感がこもってるね」苦笑しながら私を見る。


「恋愛って奇跡みたいなものかもしれないって最近よく思います」自分が好きだからといって、相手も好きだと思ってくれるわけじゃない。お互い好きでも永遠に同じ気持ちでいられるか保証もない。愛が溢れるこの世界ですら、恋愛はままならないこともある。地球のように自分に酔った泥沼劇のようなことは起きないけれど。


 今はただノアのことが好きだと思う気持ちが嬉しいけれど、この先ノアの気持ちが欲しくてのたうち回るような状態になったりするのかな?なんて考えてたら


「好きだ、可愛いと思える相手に出会えただけでも奇跡かもしれないね」


 一瞬、私に好きだと言ったのかと驚いてノアを見ると、ノアは泉を見ていて私のことなんて全く見ていなかった。ほんのり残念に思っていると、私の周りに光がポワポワと集まってきた。いつの間にか私から出てきちゃったのかな。出たり入ったりしても特に感覚がないのでわからない。数個だった光が増えていく。


「ほんとこれ、なんなんでしょうね」


「心当たりもないんだね?」


「はい。ただ・・なにかを知らせてくれようとしてる気はします。でも知らなくてもいいような気もしてます」


「なにかを知らせようと・・」光を見ながらノアが少し考えている。


「あと、ノアも関係あるのかも?」そう呟くと、光が上下に揺れ始めた。


「ほらね」なんだか弾むような動きの光を見て確信を深める。


「光に感情があるということだろうか?」


「わかりません。私の意識が原因かもしれませんし」


案外、私がノアにときめいているから光が反応しているのかもしれない。


「実は、俺もこの光を見たときに空耳みたいに聞こえたことがあって」


「え?」


「だけど・・それに囚われたくないというか、そのことをあまり意識したくないというか」


「・・・」


「1番大事なのは自分の気持ちだと思うから、今は気にしないでおこうと思って」


わかるようで絶妙によくわからないことを言われた気がする。お互い、光については特に追求したいと思ってないのは伝わったので、それでいいかと話を終えた。


「暗くなってきたのでそろそろ帰ります」そう声をかけると


「送っていくよ」と手を差し伸べられた。


手を・・・


あ、これ手を繫ぐ的な?

ノアと手を繫・・ぐ?


自意識爆走注意報が脳内に発令されたとき、私の周りを漂っていた光がすっと私に入ってきた。全部。またか。これ、もしかして増えたんじゃ?思考のキャパを超えてしまい、本能だけが機能したのか無の状態でノアの手を掴む。ふっと笑って私の手を軽く引っ張ったまま、家まで送ってくれた。


「ノアの手、大きかったな」まだ残る手の感触に頬を染めつつ、また心の宝箱にしまう。




ノアが好き。

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