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友情も愛情

 光の女神、この前も聞こえた。それが何なのかわからないままミシェルを見た。

きっとミシェルがそれなんだろう。


 ミシェルを見ると愛しいという感覚に襲われる。最初は弱く、だんだん強く。

初めて会ったときから顔も雰囲気も、どうしようもなく好みなのだ。どんな表情も胸に刻んでいたいと思う。こんなすぐに恋に落ちるものなんだろうか。まだ自分の気持ちに確信が持てず、胸に押し留めているが、容量を超えて勝手に溢れ出すんじゃないかと思い始めている。


今日、手のひらから光を取り出して、困った顔をしながら「どういうことでしょう」って呟いたミシェルが可愛くて、ほんのり染まった柔らかそうな頬に触れたいと強く思った。


□  □  □


 研究室を出て、ノアに家まで送ってもらう。


 今日ノアの色んな表情を見ることができた。どの顔を思い出してもときめいて、ノアの表情も自分が感じているときめきも、心の中の宝箱にしまう。きっと何度も取り出して、愛しさを味わって、もしかしたら記憶が薄れてしまうかもしれないけれど、それでもまた宝箱を開けてしまう気がする。


ノアを好きになりかけてる


 そう気がついた。だから、この好きは大事に育てる。傷つくのが怖いから、なんてしまい込んだりしない。ノアをかっこいいと感じる瞬間や私が嬉しいと感じる瞬間のひとつひとつを宝箱にどんどん集めたい。ノアから愛情を貰えたら嬉しいけれど、ノアを好きだと思えることが嬉しくてたまらない。その嬉しさを恥ずかしがらずに出していこうと、ノアの隣を歩きながらこっそり決意する。


□  □  □


 金曜日、3回目の補助に向かっていると後ろから「ミシェル!」と呼び止められた。振り返るとルークがいて「やっと会えた」と嬉しそうに言う。


「なんか久しぶりだね。どうしたの?」と尋ねると、


「日曜日、買い物に付き合ってほしいんだけど空いてる?」


「デートじゃないなら付き合うよ!」


「ええーーー」


「あれ・・デートなの?」


「デートがいい」


「じゃあ断る」にっこり満面の笑みで言う。


「ひ、ひどい」その場でしゃがみ込んで頭を抱えてるルークが可愛いけれど、期待をもたせるほうがひどい・・はず。


「デートじゃなくていい」しゃがみ込んだまま上目遣いで、すねたように言うルークのそばに私もしゃがんで、


「じゃあ付き合う」と答えた。


「ミシェルが好きなのに」


「ありがとう。その気持ちにはこたえられないけど嬉しいよ」


「うう」


 ルークのふわふわの頭を見ながら「何を買うの?」「どこのお店に行きたいの?」と尋ねれば、小さい頃一緒によく通ったお菓子屋さんの名前や、雑貨屋さんの名前があがり「じゃあ日曜日の午前がいい?中央の噴水で待ちあわせようか」と約束して一緒に立ち上がる。

「じゃあ日曜日にね」バイバイと手を振り踵を返して研究室に向かった。途中で振り返ると、ルークの背中が丸まっていて、まるで捨て犬を放置したような気分になる。

 研究室に入ると、ノアが窓から外を眺めていて、形の良い背中のラインに見とれて、捨て犬のことを忘れた。我ながら冷たいと思う。


 今日の補助はノアがほとんど一人で行うものだったので、私も新しいお茶の組み合わせをノートに書いたりして過ごす。ときどきノアの横顔を見つめてうっとりしていたけど。ノアの集中力が凄くて、いつもより遅くなった。二人で片付けて門を出る頃には暗くなっていて、


「遅くなってすまない」


「大丈夫です」ノアと一緒にいる時間が増えて嬉しいぐらいだった。

ノアが急に立ち止まるので私も止まって見上げると「日曜日、空いてる?」と私を見つめて言う。


「日曜日、予定が入ってます。日曜日に何かあるんですか?」


「いや・・また今度でいいよ」


「土曜なら空いてますし、その次の週末なら両方空いてます!」


「そうか」私の勢いよく答えたからか、ノアが少し笑った。


「はい!」どうかもう一度誘ってくださいという期待をこめた笑顔でノアを見ると


「じゃあ来週の日曜日、あけておいて欲しい」


「はい!」嬉しくてつい、小さくぴょんと跳ねてしまった。


□  □  □


日曜日、待ちあわせ場所の噴水に着くと、ルークが私に気づいて駆け寄ってきた。


「おはよう、まずはどこから行く?」


「おはようミシェル。今日も可愛い!」言いながら私をぎゅっと抱きしめてくる。


「むぐう、苦しい」必死に押し返す。


「もう!」いつもいつもスキンシップが激しいルークが大型犬に見えてきた。

悪びれる様子もなく、私の手を掴んで歩き出す。


「ルーク・・手」手をつなぐのは違うぞとルークに冷たい目線を向けると、


「はぐれたら嫌だから」

 

前を向いたまま答えるルークの返事は、いつものような可愛い我儘な音ではなく、頼りになる男性を感じさせる響きで、振りほどくことが出来なかった。


 私に真っ直ぐ好意をぶつけてくれるルークを嫌いになんてなれない。むしろ好きだと思う。

この世界は愛に溢れている。誰を選んでも誰に選んでもらってもきっと幸せなのだろう。

 懐かしい店に向かいながら、整った横顔のルークを見上げてみると、嬉しそうに笑う。弟みたいなルークにだって愛しさが溢れる。だけど、やっばり少し怖い。ルークと付き合うことは、他の人に比べたら不安は少ないけれど、怖さは消えない。

 そんなことを考えながら、店に入って思い出話で盛り上がり、あれこれ買い物をして過ごす1日はとても楽しくて、気がつけば夕方になっていた。


 そろそろ帰ろうかと声をかけようとしたとき、広場にある時計台の鐘が鳴りはじめた。時計の仕掛けが見たくて、ルークを追い越し早足で広場へ急ぐ。朝と夕方の鐘が鳴るとき、内部の複雑な機械部分を覆う扉が開き、ガラスの向こうにたくさんの歯車を見ることができる。子供の頃からこの精密な歯車の動きを見るのが大好きなのだ。扉が閉じる前にたどり着いたとき、歯車を覗き込んでいる男性の背中に見覚えがある気がして、横目で確認するとノアだった。


「あ」思わず出たのはそんな声で、私の小さい呟きが聞こえたのかノアが歯車に向けていた顔をこちらに向ける。


「こんにちは」と挨拶したときルークがやってきたので「幼なじみのルークです」と紹介し、ルークには「こちらはノア、私が補助に入ってる研究の」お互いに軽く会釈するのを見て、それからノアに「歯車、好きなんです。この近くを通るときはいつも見に来ちゃうぐらい」歯車を見ながら話す。


「もう帰ろうとルークに声をかけようとしたときに、鐘の音が聞こえたからつい来ちゃった、ごめん」とルークに言うと、


「知ってる」と笑ってくれた。


 時計の扉が閉まったので、

「じゃあまた明日学校で!」とノアに挨拶をして、ルークと帰路についた。


 時計台を離れてすぐ、ルークがチラチラと私の顔を覗き込んできたけれど、

「どうかした?」と尋ねても「ううん」としか返事がなかったからそれ以上の追求はしないでおいた。


□  □  □


 月曜、同じ午前の授業を済ませたソフィアと一緒にお昼ごはんのバスケットを抱えて木陰のベンチに向かう。


「ルークと二人で買い物に行ったんでしょ?」


「うん。あれ?なんで知ってるの?」ソフィアに伝えた覚えがない。


「朝ルークに会った。ルークならデートしても怖くなかったの?」ソフィアが不思議そうに首を傾げる。


「デートじゃないから怖くなかった」笑いながら答えると


「デートじゃなかったの?!でもルークはすごく嬉しそうだったよ」


「誘われたときに、デートなら行かないってちゃんと伝えたよ」もしかしてルークの中では違う解釈になってるのかと思うと少し心が重くなる。


「ルークはまっすぐに気持ちを伝えてくれるから、期待させて傷つけたくなくて、ちゃんと応えられないって言ってるつもりなんだけど・・」質は違うとはいえ愛情を感じる相手にNOと伝えるのはきつい。だけど断られる方も辛い。だからちゃんと向き合って誠実でいようと思ってるけど、私の行動は何かおかしいのだろうかとソフィアに尋ねる。


「相手に好きになってもらえなくても、好きでいるのは自由だしね」しょうがないよとソフィアが肩をすくめる。


「じゃあノアとはどんな感じ?」今度は少し悪戯をするみたいな顔で尋ねてくる。


「何その顔」わかりやすい顔のソフィアに笑う。


「もう1週間ぐらい経ったでしょ?手伝い始めてから。なんかこう・・ときめきとかないのかなって」


「実は・・ときめいてる」


「え!」


「ノアといるとなんか懐かしい気持ちになるの。あと・・・」


「なになに?」


「自分のこの気持ちがすごく嬉しい」そう言葉に出した途端、涙が溢れそうになって慌てて瞬きする。


「んーー!ミシェル、今すっごくいい顔してるよ。可愛い。たまらん」


「たまらんってなに」ソフィアの冗談のおかげで涙も散らせた。


「まだ好き未満の気持ちかもしれないけどね」


「いやそれもう好きだと思うよ」またにやりと笑う。


「だからその顔は何」


「ミシェルはうぶよね」クククと笑うソフィアとまた笑い合ってランチを終えた。


 午後の授業が終わり、研究室に向かっていると、廊下の窓の外から金木犀の香りがした。もう金木犀の季節か、なんて思いつつ窓から金木犀を探す。

 香りを楽しみながら窓の下すぐ近くに三本の金木犀の木を見つけ、まだ少ししか咲いてないオレンジ色の花を眺める。

 

ふと背後に誰かの体温を感じて振り返ると、ノアが私のすぐ後ろにいた。

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