手
『もう少し光を戻したら彼のことぐらいは思い出すんじゃない?』
なんかうるさい夢を見た気がするけど、すっきり起きた。今日はルークが遊びにくる日。いつ来てもいいように、早めに準備しておいて作業室にこもろう。
□ □ □
午後の早い時間にルークがやってきた。家族と一緒に昔話に花を咲かせる。ルークの父親は数年ごとに転勤がある職種のため、ルークにとって1番思い入れのあるこの街で暮らしたいと何年も説得していたらしい。
私の家族の前でも「大好きなミシェルに会いたかったんだ」とニコニコ話すルークを見て、心の中でこの子はどうしてこんなにストレートに言えるんだろうかと感心する。懐かしい思い出話に花を咲かせて、みんなで晩ごはんを食べてからルークは帰っていった。
寝る支度を済ませて布団に入ってから「随分大好きだと言われたけど、男女の好きという意味じゃないよね?家族とか幼なじみとして…よね?」なんて考える。女性として好かれているとしても、その想いに応えられそうにないし、今の段階で判断するのはうぬぼれが過ぎるなと思うので、好意は感謝しておこうと思う。
なんせ思春期のせいなのか光を吸収したせいなのか、自意識暴発中なのだ。そう考えながら、やっぱり夜に悩むのは苦手なので思考を手放して眠りに落ちていった。
□ □ □
光が集まって、ミシェルの中に入った。
…入ったんだよな?
俺、見てたんだよな?
記憶に自信がなくなるほど、ミシェルはこの出来事をスルーした。いや、目が若干うつろにはなっていたから、無理矢理無かったことにしたというべきか。光が集まって、ミシェルを取り囲んだとき、あまりの美しさに息を飲んだ。なんて綺麗なんだろう、まるで光の女神のようだ…と思った。
光の…女神?
それってなんだろうと少し考えていたら、光が全てミシェルに入った。そこからしばらくミシェルがうつろになり、心配し始めていたら
「一緒に森に来ました」
「来たね」
「じゃあ帰りますか」
である。
とっさにどう返事すればいいかわからなかった。森に来て、先日の光についてあれこれ調べてみたかったけれど、まさかの光吸収。あんな大量に光吸収する人間なんて初めて見た。もしや体調が悪くなったんだろうか?随分スタスタと歩くし、一刻も早く帰りたいほど切羽詰まってるとか?
あれこれ考えていたら、すぐにミシェルの家に着いてしまった。
体の具合を尋ねようと思ったら、「ではまた」と言われて帰ってほしそうに俺を見つめるから、何も言えなかった。自分の口下手を呪いつつ帰路につく。しばらく歩いてから振り返ってみると、彼女はドアの前から消えていた。
幸い、ミシェルは研究の補助を引き受けてくれた。尋ねる機会はたくさんあるだろう。今日、裏庭で佇む彼女を見たとき、精錬の教諭から名前を聞いて彼女に補助をお願いしたいと頼んでおいたのだ。
彼女のことが気になる。初めて会った瞬間からずっと・・。
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月曜と火曜、金曜日の週三回、ノアの手伝いをすることになっている。今日は月曜日、午後の授業後に三階の一番奥の研究室で作業予定だ。
ルークと別れて三階へ向かっていると、華やかな話し声が聞こえてきた。女子数人がノアを取り囲んでいる。階段の踊り場近くなので、そーっと邪魔しないように通り過ぎようとしたら、ノアとばっちり目が合ったので軽く会釈をして通り過ぎる。
よし、今日は自意識暴走しないと内心喜びつつ階段を上っていると「もう時間だから失礼するよ」とノアの声が聞こえた。
少し年上のノアには大人の落ち着いた雰囲気があり、女の子たちがうっとりした目で見ていた。
接してみると少し口下手で無愛想なんだけど、そこも素敵・・。
三階へ到着し廊下を進んでいるとノアが追いついてくる。
「ミシェル、体はなんともない?」
隣を歩くノアを少し見上げると、真面目な顔で私を見つめているノアと目が合う。しまった、目を見てしまった!と思ったけれど、固まってしまうことはなく、自然に目を離せる。きっと耐性がついたのだ。
「体?健康体です」病弱だと思われるような何かがあったかな?
「光を吸収して、体には影響なかったのかなと思って」・・そうだった。女子に囲まれるノアの魅力について考えてたから忘れてた。
「っ大丈夫です。特に何も変化はありません」そう答えたときに目的の研究室の到着し、ノアがドアを開けてくれて中に入る。少し空気が淀んでいる気がしたので、ノアに「窓を開けて換気してもいいですか?」と尋ねると、良いとのことなので窓を開けていると、ノアも私から遠い窓を開けてくれた。
最後の窓を開けると、ノアがすっと私の手を取り、近くの椅子へと誘導し、私の隣に椅子を移動させてノアも腰をかける。
手ーーー!
ノアってこんなスムーズにスキンシップする人なの?びっくりなんだけど
「ミシェル、いくつか質問させてくれ」
「はい」手、じゃなくて質問ね、質問、はい。
「光があんなに集まる理由と、体内に吸収する理由に心当たりはある?」
「なっ・・ないです」『彼だよ』って聞こえた話を打ち明けるか一瞬迷った。
「君に初めて会ったときに光が集まるのはいつものことかと尋ねたら『初めてです』と言ってたし、光を吸収したのは初めてだと理解していいのかな?」
「たぶん。私が起きている間の記憶では初めてです。眠っているときまではわかりませんが」
「どのぐらいの量の光を吸収したのかも興味がある」
「うーーん・・取り出してみるとかできればいいんですけど。できないでしょうしね」
できるわけないしと思いながら、手のひらを上に向けて心で『出てきて』と心で伝えてみたら、ポワンとひとつ光が出てきた。
「!!」
びっくりして固まってしまい、手のひらでふわふわ漂う淡い黄色の光をノアの方に差し出して「どういうことでしょう?」と尋ねた。
「取り出せるってことだよね」と、少し口元を引きつらせつつ光を見ている。
まさか『水色』とか言ったら水色の光が出てきたりするのかな…なんて思ったので心で『水色ちゃん出ておいで』なんて思ってみた。
ぽわん
「水色も出ました」
「・・まさか色指定?」ノアが楽しそうに目を輝かせている。
「もしかして全部取り出せたりするんでしょうか」
まさかの色指定呼び出しまでできることに慄いていると、ノアがそっと私の頭に手を伸ばし、ぽんぽんと優しく宥めてくれた。
「体に違和感はないか?」声に滲む優しさに癒され、すっと不安が薄くなる。でもやっぱりスキンシップはスムーズなんだ・・。
「はい」
「じゃあ、あといくつか光を出してみて。もし体調に影響が出るようならすぐにやめて欲しい」ノアを見つめながら頷き『出てこれるだけ出てきて』と伝えてみると
ぽわんぽわん
ゆっくりと、手のひらから光が出てくる。
「えーーっと・・これ・・手のひらからしか出てこれないんでしょうか?」
「なんか体からもだせそうだよね」瞳をキラキラさせて期待に声が弾んでる。
「こ、怖いので今日はやめときます」そう答えると、また私の頭をぽんぽんと優しくなでてくれた。うう、心地良い。その間、私の手のひらからは光がずーっと出てくる。
50個ぐらいは出てきたところで、この状況に精神的限界を感じて
「ストップ」と声をかけた。私達の周りでふわふわと淡い光が漂っている。
ノアが光に手を伸ばして触れた。その瞬間、ビクッと肩を震わせて私を見た。
「・・どうかしましたか?」ノアの目に何か灯った気がして覗き込むと、手のひらで口元を抑えつつ「いや、なんでもない」と掠れた声で答え、私から目をそらした。
その後も周りを漂う光に手を触れているノアがどこかぼんやりしていたので、そっとしておく。
「ノア、研究を始めなくていいんですか?」ふと時計を見るともう1時間近く経っていて。
「そうだね。でも今日はこの光を調べることにするよ」
二人で光をガラス容器に入れて閉じ込めてみたり(するっと透過して無意味だった)、圧縮しようとしてみたり、異なる色の光を合成しようとしてみたりして
結局、全てできるけど出来なかった。圧縮できるけど、しばらくすると元に戻り、合成できるけどまた元に戻る。これといった結果も出ず今日の研究が終わった。
「じゃあ…光を戻します」このまま放置して帰ってもいつのまにか私に戻ってきそうな気がしたので『戻って』と心で声をかけると、ふわふわと弾むように光が集まってきてやっぱり私に収納された。
「便利だね」と優しい目でノアが笑う。
優しい・・かっこいい・・ドキドキしずぎて辛い。・・・私のことを気持ち悪いと思わないんだろうか。
□ □ □
漂う光に手が触れたとき、こう聞こえた。
「光の女神に会えたんだよ」