出会い
『『やっと会えた』』
頭に直接聞こえてきた声。同時に耳鳴りは消え、周りの音が戻る。
『…っ』
呼吸するのも忘れていたのか、息が苦しい。
同じように黙って私を見つめていた男性の目が驚いたように広がる。
「…それはいったい?」
「はい?」
何かおかしい?なんか変なことした?と自分の体を確認したら、
「その光」
私の周りに淡い水色やピンクや黄色の光がポワポワ集まっていた。
「あ…れ?なんだろう」
小さいけれど優しい光の球体が私を取り囲む。
私を見つめながらゆっくり近づいてきた男性が軽く会釈した。
「こんにちは。はじめまして」
低くて少し甘くて心地よい声。
「こ、こんにちは。はじめまして」
なんとか声を絞り出して挨拶を返す。何が起きているのかわからず、どうすればいいのかもわからない。
「お邪魔だったかな?」
笑顔でなんだか楽しそうに尋ねてくる。
「全然。もう帰ろうかと思ってたところですから」
アイデアもまとまったし、もうすぐ日が落ちて暗くなってしまう、家に戻る時間だけど…この光はどうしたらいいんだろう。
「この世界は光のエネルギーで満ちているけれど、一人の人間にそんなに集まっているのを見るのは初めてだ」
ゆっくり私に近づいてくる。
「そうですよね。ここは気持ちが良いし、元々光も多くて私のお気に入りの場所なんですけど、こんなこと初めてです」
答えながら、手を伸ばせば届くぐらい近くに来た彼の目を見た。
…見るんじゃなかった。目が離せなくなった。不躾にジロジロ見てる自覚はあるのに、どうしても目が離せない。困った。
内心パニックになった私は、
「で、では失礼します」
と足を動かした。目が動いてくれないなら足を動かせばなんとかなるかなと思ったから。必死の思いで一歩踏み出せば、二歩目も踏み出せて、それにつられるように視線も動いた。
彼のことが気になるけど、これ以上おかしなことをする前に立ち去らないとという焦りが足だけに伝わり、気がついたら少し走っていた。森の出口近くで走るのをやめて立ち止まり、振り返る。
彼が私を見つめていた。
夜、ベッドに入ってからじっくり彼のことを思い出してみる。不思議なことだらけで、ときめきより不安感のほうが強いぐらいだけど、
「…かっこよかった」
彼の驚いた顔や落ち着いた声を思い出したら胸がドキドキして顔が熱くなる。大切な何かを宝箱から取り出して眺めているような気持ちがしてなかなか眠れず、寝返りを何度もうって、やっと眠りに落ちた。
□ □ □
今見ているのはなんなんだ。仕事でやってきたこの町を少し散策しようと滞在している邸を出発し、すぐにこの森を見つけた。なんとなく心惹かれて足を向けて、森を抜けるとキラキラした光が奥に見える。木々が途切れた先に何かあるのかと思っていたら、泉の側に光をまとった女性がいた。
『やっと会えた』
そんな思いがこみ上げる。魂が震えるような歓喜が溢れてくる。
淡い金色の髪に優しげな瞳、会ったことないはずなのにどこか懐かしい。
その髪に触れてみたいと手を伸ばしそうになり、慌てて強く拳を握ってこらえる。話してみたいと思ったときにはもう勝手に口が動いていた。
びっくりしている彼女をこれ以上驚かせたくなかったけれど、彼女に集まった光が楽しそうに跳ねはじめた。まるで小さい子供が嬉しくてジャンプしてるかのように。それにつられて彼女に近づく。
鈴を転がすような透明感のある声が可愛くてさらに話しかける。
気がつけば手が届くほど近寄っていて、彼女の顔を貪るように見つめていた。
彼女と目があった瞬間、エメラルドグリーンの瞳から目が離せなくてなってしまった。怖がらせてしまうと焦っているのに、どうしても目が離せない。無意識に手を伸ばしかけていた。
彼女の瞳の中に怯えが揺らいだ気がした時、彼女が立ち去る。華奢な背中を見送りながら、喪失感に苛まれていた。
□ □ □
不思議な出会いの翌日、よく眠れないまま起きて、ぼーっとしながら身支度を済ませる。季節は秋、朝晩少し肌寒いので、ふわふわと膨らむスカート部分がお気に入りで肘にリボンの飾りがついたオリーブグリーンのワンピースを選ぶ。
森に行ってみたい気がするけれど、時間がないので学校へ向かう。
門を入ったところで同じ授業を受けるソフィアとレオに出会った。
「おはようミシェル。エイダンの誘いを断ったんだって?」
「そう…だけど、なんで知ってるの?」
私は誰にも言ってない。ってことは誘った本人が話したってことよね。
「エイダンが落ち込んでたからみんなで慰めたんたよねー」
「落ち込むほどのことじゃないと思ってた…」
だってエイダンはモテる。たまたま私がいたから誘ったのかと。
「好きな子をデートに誘って断られたらそりゃ落ち込むでしょうよ」
「そっか。好きでいてくれたなら…そうだね」
「デートぐらいしてみればいいのに、何がダメだったの?」
「うーーん。エイダンのことは素敵だなと思っていたんだけど、いざ付き合うとかデートとかになると、なんとなく違和感というか・・怖いんだよね」
「エイダンのことが怖いの?!」
「ううん。エイダンが怖いんじゃなくて、付き合うとかそういうことが怖いの」
「そっかあ。ソフィアにはまだ恋愛ははやいのかもしれないね」
「う。子供っぽいよね」
「まあ焦らなくていいよ。そのうち変わるだろうし」
「あ!聞いて聞いて。昨日ね、不思議なことがあったの」
「なになに?」
楽しそうにソフィアが私を見たから昨日の出来事を話そうとしたとき、レオが少し顔をしかめた気がした。
「?」
尋ねようと思ったけれど、教室に着いて時間切れ。ソフィアと帰りに話す約束をして、授業の準備にとりかかる。先生は質問に答えたり、アドバイスをくれたりするけど、基本的には自分で課題をこなして提出して授業は終了。
次の授業まで時間があるので、一人で裏庭の木陰に向かう。人が少なく、本を読んで時間をつぶすのにちょうど良くてお気に入りの場所で。腰をおろして読みかけの本を開いたとき
「・・キーーン・・・」
昨日と同じ耳鳴りがして、周りの音が消えた。