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ep045.『時の重さは十二単』

 会議の最中、探偵社の出方を伺う宗。しかし、謀の類が顔を覗かせることもなく話し合いは滞りなく進行していた。


 探偵あやかの口から語られたおおよその顛末、それは探偵社にたどり着いた落憑はバイクの憑代を持つ斉場カレンただ一人で、その他の行方はおろか、生死も不明だという。

 そのカレンも探偵社の近くで意識を失っていたところを帰還中の神童が偶然見つけただけで、後少しでも発見が遅れていれば命を落としていたほどの重症だったという。



「生き残ったのはカレンさんだけなんですか……?」



 美雪が落憑たちを逃がしたとき、追手は解魂衆率いる機動隊だけだった。

 足の遅い車に合わせる以上、追いつかれてしまうのは避けられない。だとしても灰牧の煙幕があるはずだった。

 それでも逃げ切れないのだとしたら、なぜ物理的な攻撃に対して高い防御性能を誇る駆ではなく、カレンだけが逃げ切れたのか。



「わからないわ。もしかしたら運よく別の逃げ道を見つけられたのかもしれない。ただ少なくとも現時点で探偵社にたどり着つけたのは彼女だけよ。たどり着いたと言っていいのか分からないくらいひどい怪我だったけど……」

「何があったんですか?」



 探偵あやかが分からないということはつまり、憑神ゲームが関与しているということ。しかし、周囲にそれらしい憑神は感知できなかった。宗や美雪はもちろん、代行者、憑姫、落憑狩りに来た他の憑神、そのすべてから隠れおおせるなど不可能といってもいい。では、新手でないとしたら一体何が彼らを襲ったというのだろうか。



「玄内麗奈が裏切ったか」



 美雪の疑問に答えたのは、カレンから事の顛末を聞いたであろう探偵社ではなく、視線を仮面の裏に隠したままこの場を俯瞰していた宗だった。



「え?」

「アラヤさん、それはどういう事でしょうか」

「「――」」



 驚いているのは美雪と片桐だけで、探偵と神童は何事もなかったかのように平然としている。つまりトップ二人は宗と似たような想像をしていたということなのだろう。残りのとタレ目男と色黒女の二人はというと、敵愾心が先行しているのか、その面を疑念に歪ませていた。



「そういえばコン、玄内って人のこと気にしてたけど、もしかして裏切るって知ってたの?」

「知らん。ただ我が身可愛さの強い参加者が、あの程度の集団と一緒に行動しているのが腑に落ちなかっただけだ。加えて他者の意識に干渉する恩恵を使えるというのも疑う要因になった」

「恩恵が要因?」



 説明してやるのなら憑神殺しの言葉を借りれば事が足りる。恩恵も呪いも無作為に得られるものではないのだ、と。だが他の連中がいるこの場で話せばいらぬ質問が生まれ、挙句無駄に時間を浪費することになるのは目に見えている。



「それよりだ、俺の推測は間違っているのか?」



 時間の節約のため、美雪には悪いがここは彼女から投げられた質問をスルーし、代わりに神童へとボールを投げる。



「中々目端が利くようじゃな。主さんのいう通りじゃ」

「私から説明させていただきます」



 宗の訴えを汲み取るかのように、神童ヨミ探偵あやかは事の詳細を語り始めた。


 彼女たちの話からすると、落憑たちは美雪と別れた後に全速力で探偵社へと向かっていたらしい。しかしながら、何の変哲もない普通車で解魂衆と彼らが指揮する警察機動隊を振り切ることはできず、程なくして大した戦闘力もない落憑たちと、代行者直轄の手練れたちが戦闘を開始。


 戦力差は火を見るより明らかだった。地力はおろか数で勝られている落憑たちにできる事といえば精々、誰を犠牲に誰を逃がすかという苦渋の選択のみ。

 話し合う時間はない。もとより話し合う前から答えはわかりきっている。

 

 車体が大きい車と反対に車体の小さなバイク。

 自衛に長けた駆と逃走に長けたカレン。

 そして人を乗せることしかできないただの乗用車。

 当たり前だがバイクに乗り換えている時間も誰が乗るか揉めている時間もない。


 実際には決断しか選択の余地がなかった答えに従い、駆と灰牧がハンドルを切り返そうとしたその時、落憑の一人――玄内麗奈が裏切った。


 彼女は二つの秘密を隠していた。

 

 一つは恩恵の能力。口紅を付着させた相手に自身を意識させるのではなく、直接間接を問わず、口付けの跡に触れた相手の思考を強制的に玄内麗奈への溺愛で塗りつぶす能力。そしてもう一つは、裏でヤクザたちと繋がり、落憑たちを騙してはその情報を売り渡していたこと。


 解魂衆に囲まれ身の危険を感じた玄内は、事前に口紅を付着させていた駆と灰牧を操った。次に、暗道を車から蹴落として解魂衆を分断、灰牧の煙幕の中で駆を暴れさせ分断された残りをかく乱した。乱戦状態になったのを見計らって、そのどさくさに灰牧の車を奪い逃げ去ったのだ。



「駆さんは意識の全てが塗り潰される前に斎場さんへ逃げるように伝えたそうよ」

「見つけたときはそりゃあもうひどい有様での……そこで死人のような顔をしておったよ」



 死人のようだろうと死体だろうと知ったことではない。厄介なのは玄内麗奈が生きていることだ。

 宗の素性についてはお面の認識阻害があるのでさほど問題にはならない。どちらかというとラビットフットの実際の戦力、並びに宗と手を組んでいるという情報を持ち帰られた事の方が面倒だ。


 多くの場合長生きできない憑神遊戯において、殆どの情報は一過性に過ぎない。だが、玄内麗奈のような無駄に生き汚い輩はその限りじゃない。

 下手に情報を撒かれ続ければ、宗の行いは探偵社の誰かの行いという情報工作――もとい小細工の意味がなくなってしまう。



 ――優先すべきは弟兎の安全確保だが……玄内麗奈の始末も急務か。



 玄内麗奈にとって、情報は商品でしかない。

 美雪の具体的な情報を提供されれば(弱点)を特定されるリスクもある。

 それに記憶を持っているというのはかなり面倒だ。

 一般的な情報統制ならば探偵がいる。探偵のそれを掻い潜れるような実力者がいても、物わかりの良い奴らなら神童の名を恐れて手は出してこないだろう。問題は、死を恐れない連中と記憶に干渉できる恩恵を持つ者だ。

 

 神童と探偵――その両方を警戒しながら、宗は今後の方針を思案していた。



「斎場さんは、どうなったんですか」

「玄内麗奈の追いかけるって出て行ったよ」

「あたしとアッキーで止めようとしたんだけど、ダメだった」

「あの娘っ子の目には仄暗い復讐が燃えておったからのぅ……もう戻ってこんじゃろうな」



 室長室を出られない探偵あやかに代わり、事の顛末を見届けたであろう取り巻き二人がカレンのその後について語るも、その情報はこれまで以上に得られるものがないものだった。


 そもそも宗にとって報告の類はメリットが少ない。美雪や神童のように行方や可能性の話をするならまだしも、この手の話まで取捨選択されないとなれば、いよいよ時間の採算が合わなくなってくる。


 であるならばだ、神出鬼没な『神童』とこうして面を合わせられた機会を最大限有効活用するべきだろう。これを逃せば恐らく、彼の憑神に探りを入れられる機会は今後二度と訪れない。



「また"次はない”と言わせるつもりか? 無駄話はこちらの要件が終わってからにしろ」



 語気を強くして場の流れに空白を作る。美雪は意図を察してくれるだろうし、探偵に関しては宗を止めるようなリスクを冒さないだろう。あとは神童がどう出るかだが、



「おおぉ~聞いておった通りの"りありすと"じゃの」



 びくりと口を噤む面々とは違い、噂話の真偽でも確認するかのようなとぼけた拍子を見せただけだった。これが一見、無警戒に見えるからこそこの憑神は徹底して警戒しなければならない。



「ならば先にわっちの話しでも済ませてしまおうかの」



 しかし、宗の警戒をよそに神童はあっけらかんとこれまでの経緯を話し始める。



「わっちは憑神義侠団に接触しておった」

「憑神義侠団って、『パレット』のことですよね? 確か探偵社の申し出を無視したって」

「そうじゃな。彼奴等め、返事の一つも寄こさんからわっちの方から出向いてやったのじゃ」



 パレット――美雪が口にしたその名は多国籍からなる憑神の集団で、組織立った憑神の中でも一応は探偵社に次いでお人好しな組織という位置付けだ。

 リーダーのカラレスを筆頭に、ルージュ、シュヴァルツ、ツー、アフダルなど、探偵社とは違い各々の練度が高い水準で纏まった武闘派集団。特にリーダーのカラレスは有名で、その強さは憑姫を押しのけて魂奪戦最強の座に名を轟かせていた。

 


「それで、パッレトの皆さんと同盟を組むことはできそうでしょうか?」

「それどころではない問題があっての」



 探偵あやかの質問に答える神童ヨミの声音は明るいとは言えなかった。

 それもそのはずだ。なぜなら宗が憑神遊戯で本格的に行動を開始する以前から、パレットの動きは消極的なものになっていたからだ。理由は、



「まとめ役であるカラレスの失踪。ですよね」

「それもそうなんじゃが……」

「ほかにも理由があると?」



 協力者を探して間もない頃、パートナーが見つかるまで並行して名の通った憑神について探りを入れていたのだが、カラレスはその時すでに行方をくらましていた。


 カラレスの身に何があったのかは分からない。が、それなりに強い呪いと噂されていたのを鑑みるに限界が来たであろうことは容易に想像ができる。何にせよカラレスの不在は宗にとってはメリットはあれどデメリットはない。それに、カラレス不在のパレットなら美雪がいれば比較的安全に処理できるだろう。


 ――いや、できうる限り一対一が望ましいか。


 状況作りなどの手間まで考えると、パレットは無駄にコストのかかる残党という評価に落ち着く。精々道沿いで拾えるならついでに喰らう程度の小物でしかないというのなら、そんな大したうま味もない連中にかまっている暇はない。


 ――目新しい情報はなしか……時間が惜しいな。


 この会議の果てにもしかしたら有益な情報がでてくるかもしれない。しかし、宗や美雪のように”願い”にタイムリミットがある憑神にとって時間は決して安い対価ではない。

 どちらを取るか――その天秤はとうに傾いているが、この茶番を穏便に終わらせられるような手札もない。


 宗がどうしたものかと思案を巡らせる最中、探偵社としての方針にすれ違いでも生まれたのか、空気に徹していた外野がやいのやいのと騒ぎ出した。



「とりあえず、じゃ。探偵社はこの件から手を引いた方がよい」

「助けられるかもしれない人を見捨てるの!?」

「おい、今は黙っておけ! じゃなきゃ狐野郎に殺されるぞ!」

「落ちつくのじゃ。もちろん、義侠の倅たちはわっちができる限り力を尽くす。じゃがわっちらじゃ力不足なのじゃ――神に執って代わる者等を相手にするにはのう」



 流し目で宗を見る神童がその言葉を口にした瞬間――、



「「――!」」



 宗は金色の狐尾を現した。

 その場にいた者たちは驚愕のもと全ての言動をピタリと止める。

 突然時が止まったかのような異様な空間で、人の理に囚われない尻尾だけがゆらゆらと揺れていた。


 彼らにできる事は一つ。恐ろしいことが起きないことを祈り、場違いにも楽し気に振舞うそれをただただ見つめることだけ。

 そんな彼らに宗は取り合わない。謝罪も弁明もせず、ただひとえに神童の方へと向き直り問いかける。



「どこまで知っている」



 宗にとって今の言葉は聞き流せる類のものではない。

 神童は知っている。このゲームの中心――少なくともそこに近い部分を。

 このタイミングで視線を宗に向けたということは、つまりそういうことだ。



「さてな、どこまでと言われても主さんが何を期待しているかわからんでのぅ。何が聞きたいのか口にしてくれれば回答のしようもあろうが……」



 神童の言う通り『どこまで』という言葉だけでは応えようにも応えられないだろう。宗としても察しろなどというつもりはない。術で張りぼての尻尾を出したのはあくまで話を中断させ、主導権を宗の方へと変更したかったからだ。



「聞けば答えるのか? なら話は早い。会議は中断だ」

答えようもある(・・・・・・・)、じゃ。ふむ、その尻尾……」

「おい、勝手に触るな」



 それを知ってか知らずか、神童は小動物に興味をもった子供のように尻尾に手を伸ばす。その手をつまみ食いを咎めるようにパシりと払い、有益ではない報告会を切り上げる。



「むっ! モフらせてくれても罰は当たらんだろうに。主さんもしや……ケチじゃな?」

「聞くが、お前は得体のしれない輩に好き勝手体を触らせろと言われたら触らせるのか?」

「おいそれとは触らせんじゃろうな。これはこれは失礼した」



 自身の頭をこつん叩きながら舌を出す何とも古臭い幼女。

 気楽にふるまう神童から得られる情報はないに等しいが、一連のやり取りで一つだけ分かった事がある。

 それは、神童には(ゲーム)を欺く術があるということだ。

 でなければ先の発言に説明がつかない。


 彼女は自身を含めた探偵社の総力を以てしても神に執って代わる者たちには敵わないと口にした。しかしだ、探偵社ほどの組織ならば打てる手の一つや二つ必ずあるはずなのだ。手が用意できない相手がいるとすれば例外か例そのもの(・・・・・)か。


 どちらにせよそこまで踏み込んでなお今日まで生きているともなれば、それ自体が神童の名の証左に値する。ことの真相を見極めるためにはまず、



「どうでもいいが、お前には洗いざらい話してもらう必要がある」

「主さん程の色男ともなれば乙女の内を晒すことも(やぶさ)かではない。じゃが洗いざらいともなれば三日三晩あっても足りんぞ? この(ちぃ)こい体でどこまで応えられるか……」

「――」

「ちょっとした神童じょーくじゃ、そうおっかない顔をするでない」



 見えていないはずの表情を見透かしたかのような神童は軽い調子そのままに、飛ぶような軽やかな一歩で目の前までやってくると、後ろ手に宗を見上げた。



「丁度わっちも主さんとは話したいと思っていたところじゃ。二人でゆっくり話さんか?」



 まるで散歩に出かけるような、或いは逢瀬に誘うかのような、そんなあどけなくも儚げに童女は黒い狐を誘う。



「いいだろう」



 残念ながら――などとは思わないが、探偵社には今回も振り回されてもらうほかにない。

 彼女らにとって認識のすり合わせが重要なことは理解している。しかし、宗にとってはさほど必要な行為ではないし、憑神遊戯の特性もまた同じである。精々が獲物の動向や周辺情報が掴めれば良い程度のものだ。そして恐らくだが神童も似たような考えだろう。彼女の立ち回り方を鑑みるに、この幼女は一人の方が数段やれるはずだ。

 

 さて、そんな神童の誘いとはいかなものか。

 自らが不在の内に結ばれた強硬的な同盟についてテコ入れしてくるか、はたまた危険分子としてこちらを排除しようとしているのか。だが、二人きりになる選択を提案してきたということは存外そういうことではないのかもしれない。となると、気がかりなのは神童の言っていた『話したいと思っていた』というやつだ。



「すまぬがそういうことじゃ。屋上を借りるでの、後の話は進めておいてくれ」



 和傘(憑代)を肩に乗せ、神童は悠々と宗の隣を横切る。

 豪胆なのか策があるのか、どちらにせよ底が知れないと思わせられたのはあの得体のしれない情報屋以来だろう。

 ただ、憑神遊戯では珍しいくらいの人情が感じられるこちらの方が幾分もマシというものだ。

 神童の場合、実力と経験に裏打ちされた情報操作能力の範疇だがあの情報屋は違った。あれを形容できる言葉を宗は知らない。しかし、無理矢理に例えるならそう、あれを測る物差しがこの世のどこにも存在しない――そんな感じだろうか。


 あれに似て非なる何にかを感じさせる小さな背中を追って宗が歩き出そうとしとき、



「ヨミさん!」

 


 美雪の言葉が二人を止める。



「ん?」

「多分、大丈夫だと思いますけど、その……」

「なぁ~に心配はいらん。わっちがこの男を見極めてやるでの!」



 美雪の抱く一抹の不安に、神童はサムズアップで応えて見せるのだった。


お久しぶりです。

リアルが忙しく時間が取れません……。

書ける時に書いていこうと思います。

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