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ep042.『Please any action』


「これからどうするの?」



 目標としていた代行者の撃破、そして僅かだが憑神も狩れた。異形討伐の布石――その滑り出しとしては重畳。

 残るは探偵社から依頼された落憑の一件のみだが、宗たちには目下解決しなければならない問題があった。



「連絡手段は生きてるか?」


 

 落憑たち探偵社に向かってからそれなりの時間が経っている。

 彼らが逃げ切れていてもそうじゃなくても、今の宗たちにはどうすることもできない。

 であればこれを以って依頼終了ということになる。当然、探偵社にはその報告を行わなければならないのだが、恩恵を使用した以上、休息が優先される。

 なので、手早く報告を終わらせて一人になれる場所に行きたいのだが――、



「憑姫と戦った時に壊れた」



 パーカーの裾を引っ張って見せて己の無力を表明する美雪。

 それはそうだ。ポンチョパーカーという残念ファッションだけが今の美雪の全てで、こんな前衛的過ぎる格好をした少女からスマートフォンなんていう文明の利器が出てこようなど期待できるはずもない。否、期待する方が間違っている。



「これだけはその、できるだけ頑張ったんだけど……」



 そう言って開かれた美雪の手のひらには、何やらぐしゃっと潰れた毛玉があった。

 それは以前宗が渡した狐毛のストラップで、元々手のひらサイズのそれを握り込むことで戦闘の余波から守ったのだろう。



「その程度で使えなくなるものじゃない。が、それがあっても探偵社と連絡が取れるわけじゃないしな……それなら、この際多少時間をかけても同じだろう」



 落憑が倉庫区を離れてからそれなりの時間が経っている。今更急いで何かしたところで結果は変わらない。

 それに、探偵社――少なくとも探偵は美雪の呪いについて知っている。であれば即時対応が出来ないことも承知の上だろう。協力者の宗もまた憑神である以上呪いが付きまとう訳で、それらを考慮するなら多少の時間が空いても問題ないはずだ。もちろん探偵社への連絡は早いに越したことはないが。



「折角空けた時間だ、俺は野暮用を片づけてくる。お前も――」



 「帰って休め」と、そう言いかけて思い留まる。

 今の美雪は恩恵の使用に伴い霊力を枯渇しており、虚脱感や吐き気などの様々な不調に襲われているはずだった。そんな彼女が再度恩恵を行使するのならば、最低でも数日は休息が必要になる。

 むしろ無理を押した結果、パーカーを汚されでもしたら目も当てられない。



 ――今更返せとは言えないか……。



 パーカーは妹からもらった最初で最後の大切な贈り物。それをこのまま持っていかれてしまうのは些か困る。だがポンチョだけしかない少女に返せと言っても反発を食らうのは火を見るよりも明らかだ。

 周囲には誰もいないとか、宗には視えてるから変わらないなどと説明しても無理――というか、後者の話をすれば十中八九、無意味な言い争いになる。かと言って美雪の家を知らない宗ではそこまで連れて行ってやることもできない。



「どうしたの?」

「――……」



 先の「信じてみる」という会話の後で、ポンチョパーカー少女に「お前の家を教えろ」は、要らぬ拗れを発生させそうな気もする。しかし、



「――?」



 この期に及んでクエスチョンを浮かべるウサギを見て、どんな切り出し方をしてもダメそうだなと宗は悟った。



「はぁ……」

「ねぇ……何かあるなら話してくれないとわからないんだけど?」



 家に行ったところでパーカーが直ぐ返ってこない可能性もある。言い争っている時間も待っている時間も惜しい。

 かくいう宗も恩恵の負担を減らす為に霊力を使い過ぎた。新たな場所に渡るのは合理的ではない、そう自身を納得させる。



「仕方ない――コン」

「あっ、ちょ!」



 やむなしという事で妹の部屋へと渡る。

 これであればパーカーの安全を確保できる。例外的に常に開かれている道であれば霊力の消費も少なくて済むし、待ち合わせなどの余計なロスもない。そして何より、ウサギと言い争うこともない。


 

「あれ? ここって」

「一度来たことがあるだろ。ここで待ってろ。一応警告するが、兎だからといって人の妹の部屋を掘り返すなよ?」

「そろそろ本気の蹴りをお見舞いするべきだと思うんだよね、私」

「無理するな、立っているのもしんどいだろ。俺は野暮用を済ませてくる――コン」 



 と言いつつも、持ち前の根性にものを言わせて無理にでも蹴りを放ってきそうな怖さは拭えない。

 蹴るべきタイミングを見計らっていそうなジト目の少女を置き去りにして、宗は逃げる様にしてとある廃堂へと渡りを開いた。



 ――今回は……すこし長く使い過ぎたか。



 何人も寄り付かないこの場所で、一人束の間の休息を得る。 


 いくら二本使うよりましとはいえ、今回は恩恵を長く使い過ぎた。

 一番負荷の少ない尻尾による物理攻撃をメインに立ち回ったが、美雪の呪いを鎮めるためにアレ(・・)の意思に反して恩恵を使ったせいで、折角の配慮も無駄になってしまった。

 しかしだ、これから憑姫と対峙するかもしれないという時に、満身創痍で呪いに侵される美雪を放置するなどという選択肢はない。事後処理なども考慮するなら、あの場で力を行使したのはどちらかというと正解寄りだろう。



 ――……だといいがな。



 過ぎたことという名の些事は捨て置き、意識を内側へと向ける。

 落憑の件で得た僅かばかりの魂を己の糧に、宗は内に巣食う狐と向き合うのだった。



 ※※※ ※※※ ※※※




「どこで休もう……」



 美雪は少しだけ困惑していた。

 宗には休んでいろとは言われたが、ここは彼の妹であるナズナの部屋だ。

 念話で話は通っているだろうと理解していても、だかといって女の子のベッドを勝手に使うわけにもいかない。なのでとりあえずソファーで横になって目を瞑る。



「――…………はぁ……」


**********ここまで確認(始まり部分は要修正)**********


 疲れているからすぐに眠れるはずだと全てを疲労に丸投げしてみたものの、様々な考えが頭を巡るせいか、一向に眠気が訪れない。

 起き上がり、何か気を紛らわせるものがないかとキョロキョロしていると、目の前に突然小さな手提げ袋を持った、これまた小さな少女が現れた。



「ちゃんと休まないとだめですよ?」



 少し困ったような顔をしながら慈愛に溢れた声で美雪の行いを咎める少女。

 初めて出会った時も良い印象とは言えなかったが、今回に至っては出会い早々にお叱りを受けてしまった。しかし、別に美雪も子どもの反抗期で休養を取っていないわけじゃないのだから許してほしい。



「そう思ってるんですけど……眠れなくて。あと、お邪魔してます」



 この通り、家主を前にして座ったまま挨拶しかできないほどに疲弊している。それでも眠れないのだ。



「睡眠を妨げるくらいに体調がすぐれないんだと思います。霊力の消耗による体調不良は初めてですか?」

「ごめんね、その霊力っていうのが何かよくわからなくって」

「では簡単に説明しますね。霊力は恩恵の使用に必要になる言わば燃料のようなものです。霊力が一定を下回ると様々な体調不良を引き起こし、重篤な場合は死に至ります」



 そういえば美雪以外の探偵社のメンバーはみんな、恩恵を使うと疲れるといっていた。自爆魔むとうたくみが『俺も疲れないから根っこのところが同じなのかもな』とか吐き気を催すことを言ってきたせいで屈辱的にも記憶に残っている。

 その後、神童《あの人》も『疲れは感じない』と言っていたので、神童と同じならいいやと持ち直したのは、自爆魔が憑神ゲームから退場した今となっては良い思い出である。


 今思えば、ハイエナ共の不思議能力や宗と薺が恩恵なしに瞬間移動できるのも霊力を使っているからなのかもしれない。


 

「なので魂で代用するか憑代との親和性が高くない限り、長時間に渡って恩恵を使うことはできないんです」

「そうなんですか。私はお兄さんに会うまで短期決戦ばかりで、使い過ぎても呪いが収まる頃には疲れも取れていたので、気付かなかったのかもしれないです」



 自爆魔は魂が必要だったので、アレと同じではないと分かっただけで心が少し軽くなった気がする。しかし今こうして霊力消耗の影響を受けているのを考えると、自分と神童は違うのだとちょっとだけ残念な気持ちになりプラマイゼロになってしまった。



「では今回は……兄が恩恵をお使いになったのですね……」



 美雪がいうまでもなく答えにたどり着いた様子の少女は、憂いを映した顔を隠すように下を向いた。

 

 宗の恩恵が普通じゃないことは何となくわかっていた。使用は最小限に留めているし、一度その力を解放した時の強さは、まだ徒人だった頃に初めて憑神と出遭った時のことを思わせるほど絶対的だった。

 

 彼女の表情を見ると、それを使う事の代償がとてつもなく大きなものだと理性ではなく感情で理解できる。 

 だというのに、リスクの大きな力を自分の為に使ってくれたと思うと少しだけ嬉しく思ってしまうのだ。この期に及んでそんな風に考えてしまうあたりが自分の弱さであり浅ましいところなのだろう。


 二度も宗の恩恵に命を救われた。そしてその力にこれからも頼っていかなければならない。

 あまつさえ先のような自分よがりの考えが浮かんでしまう美雪に彼女を慰める資格はない。美雪にできる事は、ただ全力で宗との協力関係を全うすることだ。



「お手をお借りしてもいいですか?」

「えっ、あ、どうぞ?」



 話の脈絡的にも心境的にも不意打ちな少女の提案に困惑が先走る。しかし、美雪と違って場違いな考えをするような人には見えないので、言われた通りに手を差し出す。


 美雪の両手に優しく包み込むようにして様にして少女の手が重なる。

 手の先からじんわりと温かくなるような感覚がしたかと思うと、途端に体が楽になった。



「すごい……」

「私の霊力をお分けしました。本当はお休みいただくのが一番いいのですけど、我儘を言いたくなってしまいまして」

「わがまま?」



 小さな手提げ袋を手に取る少女に、言葉の意図を尋ねる。

 すると少女は、コーヒーの香る袋を顔の横に添えながらイタズラな微笑を見せた。



「美雪先輩、少しお話しませんか?」


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