3.
しっかしまあ、この残念イケメンのイチゴくん。
オレが落ちた大学を首席で合格したおぼっちゃまらしいが、何故コンビニでバイト?
しかも深夜帯。
社会勉強したかったらイチゴくんなら夕方の数時間で十分だろうし、このイケメン具合ならもっと時給のいい仕事だってあったはずなのに。
『一目惚れ』という理由だけでコンビニバイトを決め、その相手が同性のオレときた。
新年度早々、道踏み外しすぎじゃね?
「イチゴくんは昼間大学あるのに深夜にバイトして平気なの?」
「僕、先輩と一緒にいられるのなら3日くらいなら寝なくても平気なんです。えへへ」
バイトの目的を履き違えてヘラヘラ笑いやがって。
しかも君、夜勤週4やってるよ。
舌打ちしたい気持ちをグッと堪えて隣に立つイチゴくんに声をかける。
「イチゴくん、そろそろトイレ掃除の時間だからお願いしていい?」
「わかりましたっ!先輩、ピカピカにしてすぐ戻ってきますね」
「お、おう」
半分嫌がらせのつもりで言ったのに、イチゴくんは目をキラキラさせスマイル全開でトイレ掃除に向かった。
「はああぁぁぁぁ」
深いため息をひとつ吐いて、少ない買い物カゴをダスターで拭く。
イチゴくんは日中のバイトの時はゴミ捨てもトイレ掃除もしたことがなかったらしく潔癖症なのかと思ったが、この様子を見る限りそうではなさそうだ。
「そうすると……」
「ちょっと!」
バンっと大きな音と声をかけられ振り返ると、女子が3人立っていた。
真ん中の女子が台に手をついていたから、さっきの大きな音は手をついた時のもののようだ。
「いらっしゃいませ~」
「じゃないわよ」
「はい?」
目の前の3人はものすごい剣幕で台に乗り出している。
これは……
「強盗?」
「ちっがうわよ」
「なんで淡雪くんにトイレ掃除なんかさせてんのよ」
「掃除くらい、アンタがしなさいよっ」
「へっ?」
しまった。
この女子どもはイチゴくん目当ての客だ。
店長からチラッと聞いていたが、買い物はほぼせずに店内を彷徨いて、イチゴくんのことで何かあればクレームを入れていて面倒臭いらしい。
たぶんこの女子どものおかげで、日中のイチゴくんはトイレ掃除どころかゴミ捨てすらしたことなかったのか。
イケメンはどこまでも大切にされるんだな。
羨ましい。
「掃除も仕事のうちですから?あ、肉まんですか?」
「こんな時間帯に食べるわけないでしょ。デリカシーないわね」
わー、こわ~い。
ヒールのせいもあって、身長162cmのオレに対し目線も口調も上からだ。
くっ、オレが上なのは歳だけか……。
さて、どう対処しようなと思ったら、フワフワした茶髪が女子の背後に見えた。
「どうかしたんですか?」
「きゃっ……ぁ……」
女子が驚いて左右に分かれると、やはりか、そこに立ってのはイチゴくんだった。
「先輩、トイレ掃除終わりました」
「お、おう。早いな」
イチゴくんはニコニコ顔で報告すると、ぐるりと台を回ってオレの隣に立った。
「いらっしゃいませ、こんばんは」
「え……あ……」
「あ、君たちは同じ大学の……」
「江戸川です!」
「品川です!」
「荒川です!」
女子どもはイチゴくんが言う前に名乗った。
オレは「23川区か⁉︎」とツッコミを入れそうになったのをグッと堪えた。
「で、どうしたんですか?あ、もしかして……」
「えっ……あの」
イチゴくんに会いにきたことに気付かれたのか、女子どもは顔を赤くしてモジモジし始めた。
イケメンは察しもいいんだな。
そんなイチゴくんは女子どもに顔を寄せた。
「トイレ、ピッカピカにしたから使って大丈夫ですよ」
「ヒィッ」
小声で言われた女子どもは小さく悲鳴を上げて、赤かった顔は真っ青に変わった。
「あれ?もしかして、肉まんですか?」
ニコニコと笑顔で聞くイチゴくんは全く察してはいなかった。
「あ、あの……私、肉まんで…」
「「私も」」
オレにデリカシーないと言い放った女子(たぶん江戸川さん)を筆頭にイチゴくん手ずから取りだした肉まんを買った。
「夜道を女の子だけで歩くにはもう危ない時間帯ですよ。僕はバイトがあって送ってあげられないので気をつけて帰ってくださいね」
「「「は~い」」」
イチゴくんが満面のスマイルで手を振ると、女子どもは肉まん片手に良い返事をして帰っていった。
「あ、でも、先輩なら、お店閉めてでも送っていきますからね」
相変わらずオレファーストの発言に、さっきの対応は態とだと気づいた。
「や、トイレ掃除直後の奴から肉まんは買わないし、1人で帰る」
「えー。綺麗に手も洗ったのにぃ」
ハッキリとお断りすると、ものすごく残念な顔をされた。
眉をハの字にしてもイケメンなんだな。
ふう。
あの女子どもよりイチゴくん相手をする方が疲れた。