16.
ドンっ
「おわっ」
横に移動しようとしたオレは人にぶつかってしまいよろける。
持っていた料理はギリ落ちなかったことに安心しつつ振り返ると、オレより一回りほど大きな男がいた。
「あ、すみません」
ぶつかってこられたような気もするが、こういう時はお互い様だからと思ったが、相手は謝ってはこなかった。
それどころかーー。
「お前がアワユキ王子の婚約者か?なんとも貧相な男だな。王子はどこでこんなのを拾ってきたのか……」
「……は?」
「口の利き方もなっていないとは。お前、どこの国の者だ?」
初対面の男に謝罪もしてもらえないどころか失礼なことをベラベラ言われて唖然として言葉が出ない。
どうやらそれなりにお高い地位のお貴族様のようだが……。
イチゴくんから、どこの国と訊かれても異世界から来たとは言わないようにと言われている。
とはいえ、この世界のことはまだまだ判らないため、適当なことも言えない。
「だんまりか。卑しい者の分際でこの国の王族入りを狙っているのか?身の程も知らぬとは。……ふっ、まあ、こんな薄汚い者ならばすぐに王子に飽きられるだろう。なぁーー」
男が振り返るとそこに栗毛の美少女がいた。
少しつり目気味の美少女と目が合うと一瞬睨まれた。
「おいで、マリフェス。この通り、お前が気に病むような人間ではなかった」
「お父様、でも……」
「アワユキ王子は留学先で毛色の珍しいペットに興味を抱いただけだ。こんな貧相で教養もない者よりお前の方がこの国にとって良いことに王子もすぐ気付く」
マリフェスと呼ばれた美少女は今にも泣き出しそうな表情で父親に縋った。
オレを睨んでいた顔から一瞬で儚げな顔に変わるとは女優だな、と少しだけ感心してしまった。
とはいえ、こんな失礼な態度の父娘に言われっぱなしも腹が立つ。
「あのーー」
「まあいい。おい」
男は給餌の男を呼び止めると、トレイの上のグラスを手に取りオレに差し出した。
「一杯付き合いなさい」
男が持ってるグラスの中でシュワシュワ泡立つものは明らかに酒だ。
でもオレはまだ19歳で残念なことに甘酒でも酔っ払う男だ。
「あの、オレ未成年なんでお酒はまだ」
「お前の爵位は何だ?私はこの国の侯爵だ。見るからに下民のお前に私への口答えは許されない。そんな常識もないのか?」
異世界から来たオレには爵位なんてないから平民と変わらない。
この世界の基準で考えると、この男の言い分にオレは逆らえない。
全部飲めとは言われてないから舐める程度にすれば酔っ払うことはないかもしれないだろう。
けど……。
渋っているうちにグラスを押し付けられるように持たされた。
「さあ、飲みなさい」
「くっ」
目の前の父娘がニヤニヤしながらオレが飲むのを待ってる。
飲むフリしてなんとか誤魔化そう。
そう考えて、舌打ちしたいのを我慢してグラスを持ち上げる。
だが口をつける直前で横から出てきた手がグラスに蓋をした。