おまけ 月光竜の暗躍
「と、いうお話しだったのさ」
避暑地として名高いR大陸の水の都ノエリアック。名物の水饅頭を口に入れながら私の話を聞いていた旅人……いや、旅竜とでもいうべきかな? ともかくそのおふたりさんはいつの間にやらにがぁ~い顔になっている。
「そりゃあさぁ……俺達の故郷でも源泉竜は神竜族いっとうの迷惑神って言われちゃきたけども……」
「実際に何をしたか聞くと、想像をさらに上回る酷さなんだけど……」
彼らは遥か彼方、海を越えてやってきた、源泉竜に極めて近い生まれの竜族の青年だ。黒髪の方が式竜君、見たところ、私の話によって精神的打撃を受けたのは彼の方らしい。緑色の瞳の中が絶望に染まっている。
その相方、麦穂のようなくすんだ金髪の青年は支竜君。彼の方は苦笑はしつつも、まぁこんなことだろうとは思っていたし? と言わんばかりで余裕がありそうに見えるね。
「それよりも、魔物がいない国で人間が実質の支配者だとこんな感じの世界になるんだ……って、そっちにもけっこう驚いた~」
「太陽竜に対する仕打ちなんか、向こうの魔物達が知ったらやばそうだよな」
彼らの故郷の魔物達には以前のような活気はないけれど、かつてのままだったら戦争になってもおかしくない、と、お互いに頷き合っている。
彼らは竜の羽でなが~い空の旅を翔けてきて、この三大陸へ辿り着いた。気の遠くなるような距離を飛んできたために羽を担当した式竜君が疲れ果てて、とりあえず疲れを癒すために選んだ最初の宿場がこのノエリアックだった。
この地には母神竜殿由来の魔物であるウンディーネがいる。彼女の守る水源の水を飲めば疲れはあっという間に癒えるし、それだけでも飢え死にを免れる。異国の者である彼らはこの国の通貨を持ち合わせていないからね。
とりあえずの疲れと飢えをしのいだのはいいものの、ノエリアックのような田舎町ではよそ者に手っ取り早い就労先などない。この国の通貨を手に入れるにはどうしたものだろうと道端に座り込んで話し合うふたりに、私は接触を試みた。
「ようこそ、源泉竜殿の子供達。君達が今日このノエリアックへ来ることは知っていたよ。私の運命視によってね」
うさんくさいものを見るよっつの目で射られたが、彼らの故郷では「運命」といえば何を意味するか、そして運命視を持つ者といえばそれだけで、私が月光竜であると名乗らずともわかってくれる。余計な説明を省けてお互いに楽が出来るのは素晴らしいね。
実を言うと私も飲まず食わずでも死なぬ神竜の体ゆえ、手持ちの資金など常に硬貨数枚が精々だ。ごくごく一部の私の正体を知る者達の施しによって。
お近づきのしるしに何か御馳走してあげようにもお茶屋の小さな和菓子一皿が限界だったというわけさ。それでもこの水饅頭はノエリアック独自の味なのだから勘弁してもらいたいね。
お茶屋の窓際の席で寛ぎ、水の都と名だたる清涼感溢れる景色を眺めながら、この国の現在も歴史も何も知らない彼らに説明してあげたところ。最初は景色を楽しむ余裕のあった彼らはご覧の通りに変貌してしまった。
「この国じゃあ年号で『約束の日』があと何年後になるのかガッチガチに確定してて、しかもあと四十八年しかないって……」
「俺の予想してたのと大差ないけど、それでも確定してるとなると焦るな」
「安心していいと思うけどねぇ。約束の日というのはこの世から魔力が消える……その結果、魔力を糧に生きる君達、竜族や魔物が絶滅する……君達の故郷ではそう伝わってるのだろうけど、魔力を頼らない生き物に変わってしまうだけでその瞬間に死ぬわけじゃないから」
「え、そうなの?」
「人に近い形の種族は人へ、獣に近い種族は獣へ変化するのさ」
「へー……それはそれで別の問題生みそう」
「今まで魔物に支配されてた国で、そいつらが急に人間同然に弱体化するんだろ?」
「これまた戦争になりかねない気がする」
こればかりは、かの種族のこれまでの振る舞いいかんにかかっているのだから仕方ないね。
「さて、楽しい対話はここまでにしておいて、本題に入るとしようか」
楽しかったのはあんただけだと思うぞ、と、式竜君が冷たいツッコミで刺してくるけど黙殺する。
「君達が新暦九五二年にこの大陸へやって来たのも、途中で立ち寄った母神竜殿の領地から彼女の神器を持ちだしたのも、君達の気まぐれでそうしただけと思っているだろう? それらは全て、遥か昔から決まっていた運命だよ」
自発的に行ったつもりの何気ない善意が、運命によって既定されていたと言われて気分の良い者もいないだろう。神器は私から母神竜殿に返してあげようと伝えてすでに受け取っている。
「あんたの運命視を今さら疑ったりしないよ。そいつがあるからたまたま今日、この町に来ただけの俺達にその日の内に話しかけたり出来るんだろうし」
「どんなに先の未来でも見えるの?」
「いやいや。先ほども言った通り、約束の日を最後に魔力は消滅する。神竜の能力も結局はそこに由来するのだから、そこから先は見えないのさ」
だからこそ私は、何としても約束の日まで存命している必要があった。それだけが私のこの世に在る唯一の目標だ。「確定した未来が見えない自分で生きる」……それがどういった感覚なのかを経験しないまま死ぬわけにはいかない。
「何ひとつとして、自分の既知する出来事以外起こらない世界というのはまったく退屈なものでね。誰かひとりでもいいから起こるはずの未来を変えてくれないものか……そう願って、きょうだい達に未来の出来事を入れ知恵してきたんだよ」
例えば彼らの父親、源泉竜ソース=アイラ殿にはこのように伝えた。無限に湧く魔力というあなたの能力はあまりに破格で、この世の誰にもそれを超える力を持つ者は未来永劫生まれないだろう。
そうだとしても、未来はひとつとして違わず規定通りに進むもの。あなたがどんなに強い力を持っていようが、定められた未来に抗う術はない。虚しいとは思いませんか? とね。
彼は些かも自信を崩さずに不敵に笑い、こう答えた。
「ならば私は、決して変えられぬ規定通りの運命があると知ろうとも、そんな事実に心折らずに抗わんとする、心だけが極端に強い竜の子を作ろうかな。精神の強靭さ以外何ひとつ持たない無力な小竜を」
「あー……あいつがああいう性格なのって、そういうことだったのか」
「すっげー納得したぁ」
およそ九百五十年前には白銀竜殿に、それ以降にも天空竜殿、風神竜殿。さらに今から数十年後には私から母神竜殿や巨神竜殿に未来を伝えることになっている。そんな私自身の行動さえ、私の未来視の定め通りなんだから全く持って意味のない行動だと思うよ。我ながら実に虚しいことだ。
私によって彼ら自身の救われない末路を伝え聞いても、結局誰もその未来を変えるための行動をしてくれない。彼らが怖れるのは、自分の行動によって未来が変わり、彼らの大切な人達の幸せな未来が失われる可能性だ。
最終的には幸せな結末が訪れるとはいえ、彼らもその周囲の人々にも過程において残酷な未来が待ち受けている。そうだとしても、「最低限訪れる、最後の幸せな結末」まで失いたくなくて、未来に従うしかないのだろう。
巨神竜殿には期待しているのだけど、おそらく未来を変えてはくれないだろう諦念もすでに抱いている。太陽竜殿と直接対決してもエリシア殿は敗北する。そう教えてあげたとて、自身の強さと努力の証明が何よりの矜持として神話時代から在り続ける巨神竜殿が、結果を知ったからと言って戦いから逃げ出すなどありえない。
その未来を変えないのなら、彼らが守り続けてきた妹姫殿は再び目覚めることさえ出来ず惨殺される。そのためにエリシア殿が妥協の道を選んでくれないものか。
イルヒラ殿の方は、いくら彼女を幸せにしてくれると未来視が保証するからといって、慕う女性に想いを告げることすら出来ずに自分以外の男に譲れるか……というのが鍵になるだろう。
「約束の日」が訪れるか否かの鍵そのものである彼に未来は伝えるのかって?
彼が未来を変えてくれるのなら、世界から魔力は消えずに現状維持出来る。未来視を失いたい私としては伝える利点はないけれど、そういう利己心とは関係なく、ね……嘘ではないよ? 信じてもらえないかもしれないけれど。
何の根拠も保証もないのに、交わした約束を守れると信じて別れを決めた。その決断そのものが尊いと私も感じ入るからこそ、その選択に水を差したくはない。だから彼には未来を伝えないつもりでいるよ。今のところはね。
ほら、ご覧の通り。先ほど私の示した仮説通りの行動を、他ならぬ私自身もしてしまっているだろう? まっことつまらないものだよ。確定した未来が見えてしまうなんていうのはね。




