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GRASSBLUE青草日記~終末までの千年間ロード(旅)ファンタジー  作者: ほしのそうこ
小さな蒼の唄 【Vow dragon YouRin】
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13話② 風神竜の約束

「これで斬ったら……忘れられる……手放せる……悲しい、記憶を」


 その気があったから現したはずの神器ですが、そーちゃんはなかなかその手を進めません。あんまり待たされるものだからコウ君さえ訝しみ始めます。そも、このまま斬らせてあげるべきか抵抗するかさえ判断に迷っているところなのですが。






 コウ君が抵抗しないからこそ、たっぷり考えるゆとりがあったのかもしれません。全力で抵抗して動いていたら、最初の目的を勢いのまま達成して。そして事を成してから後悔、なんてことになりかねなかったのかも。




 そうだよな……こういう性格のコウだから、オレも一緒にいようと思ったんだ。放っておけない気がして。




 思わず思い出し笑いをして、ふっと小さく息を吐いて。そーちゃんは決意を胸に立ち上がりました。




「やっぱり嫌だな」


「何が……」




「たまに悲しかったことを思い出して泣かせるんだとしても、コウの記憶から消えたくない。オレがこの世のどこにもいなくなっても、せめて思い出の中でくらい……これからもコウと一緒に生きていたい」




 せっかく貸してくれたのに悪いけど、これを使うのもやめにする。そーちゃんがそう告げたので、私は神器を消そうと思ったのですが。私がするより先に、神器は先端から消えていきます。




「無神竜の力で、神竜がこの世に残した力の全てを無くす。影の世界もグラスブルーもなくなるから、それが必要な人、欲しがってる人にとっては迷惑だろうけど。誰を困らせようが泣かせようが、オレは自分の望みのために力を使う」




 そーちゃんの望み。コウ君とノア君に、外の世界で生きて欲しい。


 神竜の絶滅する千年目、約束の日とは、こういう結末のことだったのですね。




「そんなことしたら、ソウは……」




「わかってるよ」


 そーちゃんが存在しているのは、国死病に蝕まれて死の寸前だった体が、コウ(小唄)と共に飲み込まれた影の世界で時を止めたからです。影の世界がなくなるのなら、そーちゃんの体は改めて、今度こそ死へ向かうでしょう。




「だから、ここにはもういられない。コウともここでさよならだ」


「な……、んで」


「自分が死ぬところはもう見られたくない。オレが、コウとサクラの目の前で死んだから……それでふたりをあんなに悲しませたから、こんなことになったのかもしれない」




 ああ……気付いていたんですね。そーちゃんも。




 私達が……いいえ、私がそーちゃんの死を受け入れられなかったから。ずっと三人でいたいと願ってしまったから。


 儀式の為に捧げる命……「小唄」なんて名付けは酷いなんて言いながら、彼を「儀式の為の小唄」にしてしまったのは他の誰より、私だったんです。






「そんなの……嫌だ……! ずっと一緒だったのに、見送らせてもくれないなんて」


 泣きそうな顔で、コウ君は立ち上がりました。




「もっと強くなるから……最期に泣いたりしないからそんな、寂しいこと言うなよ……っ」


「オレはいいから、ノアのところへ……オレの代わりにあいつの兄をやってくれよ」





 そんな頼み方をされたら、コウ君が断れるはずもありません。だってそれは、コウ君がかつてお願いしたのと同じです。自分の代わりにフウ君の兄をやって欲しいと頼んで、そーちゃんはそれを全うしてきたのですから。



「大丈夫だよ。ここで今のオレと別れても、絶対また会える」


「何の根拠だよ……」


「オレがそうしたいから。コウの体を借りたオレじゃなく、オレ自身の体で、心で、名前でまた生きてみたいから。絶対に生まれ変わってまた会える。約束する」


「……ほんとに?」


「うん」




 それこそ何の保証もない口約束でしかないのに、悲観的なコウ君でさえそれを信じようという気持ちになりました。あまりに迷いなく、そーちゃんがそう信じているので。自分が疑うことでそれが叶わなくなりそうな、水を差したくなかったのです。




「だったらさよならじゃなくてさ」


「そっか。それじゃあ……またいつか」



「……またな」





「それとさ。オレに、いっぱい時間をくれてありがとう」


 本当だったら四歳までしか生きられなかったはずなのに、人並み以上の余りある時間と、たくさんの思い出をくれたことに感謝して、そーちゃんは最後に穏やかに微笑みました。




「こっちこそ……俺の夢を否定しないで、ずっと付き合ってくれて……ありがとう」


 夢の世界なんて無意味だって、外の世界で自分の力で生きろって、お尻を叩いて追い出すことだって出来たはず。実際、そうするのが正しいと考える人だっているでしょう。でもそーちゃんはそういう人ではなくて、コウ君の夢に付き合える人でした。コウ君もそんなそーちゃんに感謝の気持ちでいっぱいでした。










 私は青い草原に立っていました。先ほどまでコウ君達がいたのとは違う、地表のグラスブルーへ。


 何とも物騒なことに、私がいるのは岸壁の方です。かつてエルとお試しで飛び降りたりなどしてみせた。もはや神竜族の力が消えつつあるこの世界の中で同じことを試せば、あの時とは別の結果が待っているかもしれません。




 私は駆け足で、グラスブルーの真ん中を目指します。もはや馴染みの深い、ささやかな丘の上に立つ、一本の細い枯れ木。細い上に枯れていて葉っぱ一枚ついていないそれは、私達みんなの墓標であり、待ち合わせの目印みたいなものでした。遥か昔から今に至るまで。




「迎えに来いって言ったくせに、そっちから来るんだもんなぁ……」




「そんなことないです。そーちゃん……いいえ、ソウ君がここまで来てくれたから。だから私達はまた会えたんですよ」




 もう四歳の姿に戻ってしまったかと思っていたのですが、もはや見慣れたいつも通りの姿だってので、私は呼び直します。もうすっかり大人の男性なのに、いつまでも小さい頃と同じ目で見るなんて、今更ながら私ってとても失礼だったような気がしてきます。




 姿こそ維持出来ていますが、ソウ君はもう指先ひとつ動かせないみたいで、枯れ木に体重を預けて座り込んでいます。足は広げて前へ投げ出して。




 不躾ですが何の確認もとらず、私はその足の間に割り込んで膝を着き、彼の背中を抱き込みました。




「間に合って良かったぁ……ずっと憧れていたんです。大きくなったあなたを、こうして抱きしめること……」




 シーちゃんがヒー君の成長をこうして確かめていたように……あなたと再会出来た時の私は、とっくに体を失っていましたから。再会出来ただけで、そして数百年もの時を共に出来ただけでこれ以上なく恵まれているというのに。




 たとえどんなに短くても、自分自身の本当の体を持って、大好きな人と生きられる時間は代えがたいのです。体を失って永遠の時間を共に出来るのと、どちらかを選ばなければならないのなら、私は前者を選びたいです。




「ありがとうございます。コウ君を助けてくれて」


「オレが一番欲しかったものをくれたのは……コウだけだったから」


「そうですね……私達には満たしてあげられなかった気持ちを、コウ君はくれたんですよね」




 私もコウも、お別れする前にはツバサ様もヒナも。そーちゃんを愛し子として徹底して包みました。絶対に守ってあげたいと思っていました。




 そういう庇護的な愛情だけではなく、対等の立場で話せる友達のような相手だって、ソウ君は欲しかったんですよね? コウ君として生きるようになってからはフウ君やカイン君のような関わりも増えていきましたけど、本当の自分として話せる友達は、最初から最後までコウ君だけだったから……。






「やっぱり、イリサはサクラだったんだな」


 夢幻竜様の力が消えつつあるのか、私の髪の色はだんだん、金色から黒色に移り変わってきていました。




「黙ったままでいてごめんなさい。でも、ソウ君がわかっていたのなら、訊いてくれれば答えましたよ?」


「訊けないよ。オレはソウじゃなくて、コウだったから……コウのままでいたらいつまでも訊けないままだから……もう終わらないといけないって、思ったんだ」




 コウを助けたかったんじゃなくて、自分が助かりたかっただけだよ……弱々しいながらもそんな自虐を口にするので、私は全力で首を横に振ります。




「ソウ君とコウ君は、最後までふたり、助け合ってきました。私はずっと見てきましたから、知っているんです」




 もうじゅうぶんに堪能しましたし、いつまでもこの体勢のままでは顔が見えません。私は身を離して、ソウ君の顔を見ます。




「今度生まれ変わったら、私もまたソウ君に出会って、助け合って生きていきたいです。……ダメですか?」




「……ダメなわけない。オレだってそうしたい。本当は普通に大人になって、普通にみんなを助けたかった」




 コウを、サクラを、お父さんお母さん、ノアを……。あの頃のあなたの理想や想像とは違ったかもしれませんけれど。





 これ以上ないくらい立派な大人になって、あなたは約束を守ってくれましたよ。私達みんなの心と未来を、救ってくれたんですから……。








 やがてソウ君は力尽きるように瞼を下ろして、そのまま二度と目を開けませんでした。いつしか幻も溶けて、四歳の、あの日見たままの病んだ体に戻ってしまいました。枯れ木に預けていた背も、体格が変わったことでずり落ちて草の上に横たわっています。


 あんなに濃く青かった草の色も、いつの間にかごく普通の色に戻っています。私の魔力も、私自身も、もう消える寸前なのでしょう。




 この小さな体でまた意識を取り戻すとしたら、むしろソウ君にとっては残酷だと思います。もう目覚めなさそうなことに安心して、私も彼の横に添い寝します。遥か昔、幼い頃の彼を寝かしつけしていた日々を思い出しながら。




「ねんねこしゃっしゃりま~せ~……」


 私にとっても大切な、思い出の子守唄を歌います。誰に聴こえていなくたって構いません。次に目覚める時まで、少しでも気持ち良い眠りに浸れますように。あなたも、私、も……。






 こうしてイリサ・グラスブルーとしての私の生涯は幕を閉じました。






 悲しいことだってたくさんあったけれど……それよりももっともっとたくさんの思い出を、愛する人達と作ることが出来て……あなたと最後まで一緒にいられて、同じ場所で眠ることが出来て、私は幸せでした。



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