12話② 傀儡竜の救済
「太陽竜様からの正式な命令だったから……ボクはどんなに出たくてもこの世界から出られなかったし、自分の身代わりにみんな殺されてくのがわかっても、なんにも出来なかった……でも、これでやっと、終われるんだ。千年生きたし、最後の傀儡竜になったし、太陽竜様の神器でならボクはボクを殺せるから」
「待てよ。せっかく助かった命なのに自分から捨てるなんて。殺された他の傀儡竜だってノアにそんなことして欲しいって思ってないかもしれないだろ? 少なくとも俺は全然、そんな風に思えないよ」
「そんなの、フウはボクの友達だからそう思ってくれるだけかもしれないじゃないか。それにみんながどう思うかなんて関係ない。ボクは、お父さんがボクの命を助けるために何人も殺したっていう事実そのものに耐えられないから」
同じ立場で考えたら確かにわからないわけじゃない、と、フウ君も思ってしまいます。自分を助けるために誰かが、何の関わりもない人を何人も手にかけて、平然と生きていられるかといえば……。
「だけどさ。その神器、今のノアにはまだ使えないだろ」
「……えっ」
「いやいや、何の話だよ?」
そーちゃんが思いもよらない切り口で発言し始めたのでノア君は固まりますし、フウ君は理解が追い付かず呆れています。てっきり、お兄さんとして涙ながらに説得するかと思っていたので冷静すぎて肩すかしなのです。
「神器が使えるのって二十歳過ぎて、完全に神竜に成れてからなんだろ。ノアの時はこの世界に入ってからずっと止まってるんだから使えるようになってないと思う」
「だったら今すぐ外に出て、何日か待てば使えるようになるじゃない」
「ここから出るならコウに頼んで出してもらわないと。出したら死ぬ気満々だってわかってるノアのこと外に出したりしないだろうし。もし出す気があるんだとしたらオレも全力で頼むよ。ノアが死にたがってる今はここから出さないで欲しいって。こんだけ長い付き合いなんだし、オレが頼めば優先してくれると思う」
「長い……付き合い?」
話の腰を折りそうだとわかっていても、フウ君は訊ねずにはいられませんでした。コウと相談出来てないけど、これ以上ごまかすのも難しそうだな。
ノア君から目を離すことに危険性を覚えつつも、そーちゃんはフウ君を見ます。
「コウがあの事故にあってから、ほとんどの時間、オレがコウの体を借りて外で生きてた。……ごめん。ずっとずっと、フウのこと騙してた。他の人達はともかく、フウにだけは嘘ついちゃいけなかったって後になってから気付いたんだ。いくらコウ自身はそうしていいんだって言ったとしても、オレは本当はコウじゃないんだって」
そーちゃんと体を共有するようになる前のコウ君は家に閉じこもっていましたから、カイン君をはじめアルディア村の人々とほとんど交流がありませんでした。実質的に、そういう方々はコウ君ではなくそーちゃん自身の友人知人ということになります。でも、フウ君だけはそういうわけにはいかなかったのです。
そこを伏せたままではコウ君がなぜそのような行動……他者に自分の体を預けるようなことが出来たのか理解出来ないだろうということで、そーちゃんは話すことにしました。コウ君が……そして、コウが作りたかった世界の在り方を。
「コウは自分が助けたかった人達誰も助けられなくて、影の中でずっとずっとひとりで泣いてた。コウも、フウのこと助けられないかもしれないって知ったから、だったらフウが死んだ後も存在できる世界をもうひとつ作ればいいって。そうすればコウの願いも自分の望みも叶って一石二鳥って……」
「ちょっと待てー! どっちもコウだとわかりにくいって!」
「しょーがないじゃん……オレ、どっちもコウって呼んでたし」
私達はもう、コウのことを「小唄」という名前で呼ぶつもりがありませんでしたから、そーちゃんに教えなかったんですよね。うっかりしてましたが、まさか後年こんなにややこしいことになってしまうなんて思いもよりませんでした。
「そのために、コウは人が死ぬ瞬間に影に残ってる、その人の生前の全ての情報を抜き取って影の世界に送り込む。そうすると生前そっくりそのままの記憶と性格で、この世界に暮らせるようになる」
「それって……俺は、本当のフウ・ハセザワじゃない……ただの複製ってこと……?」
「複製……?」
そーちゃん自身は今まで、この世界に呼び集められた人々のことをそのような目で見たことはありませんでしたから、フウ君の意見に首を傾げてしまいます。
「ノアも知ってたんだよな? だったよく、俺みたいな作り物を友達って思えるよな。ただの情報で、本当の人間じゃないのに」
「だって……それを人間じゃないって言うなら、ボクをひとりぼっちにしないってためだけに、魂だけになっちゃったヒナの存在も否定することになるから……」
その名前を口にしたところで、ふと、そういえばヒナは? と思い出して。その時にはすでに遅かったのです。
ただただ口を噤んで少しずつノア君に近付いていたヒナは、隙を突いて、えいやっと声まで出して太陽竜様の神器を奪い取りました。胸に抱えるようにして小走りに駆けて、そーちゃんの背中の後ろに隠れてしまいます。
「あ~あ……やっちゃったぁ」
ノア君はもうすっかり諦めて、両手を上げて降参のポーズです。
ヒナは道の下を覗き込み、一度は神器を下に放り捨ててしまおうかしらと考えたのでしょうが、やめました。ノア君はどこでも自由に、下へ行ける階段を作り出せるのですから。無策に落としてそれを回収可能なのがノア君だけの状況にするのを避ける方が得策だと。だったら自分がしっかり抱きかかえていればいいと、ひとりでうんうん頷いています。
「あのー。あなたはオレ達のお母さんなんですか」
「なんかその訊き方、間抜け……」
「オレだってお母さんに会えるってもっと劇的な感じかと思ってたんだけど。お母さんって感じの見た目してなくてピンとこない……」
そういう自分だって、せっかく両親に会えたっていうのに感動よりも違和感ばかりで、そのまま放り捨てるように出奔してきてしまったんだった。思い出してみればソウのこと言えないかも、と、フウ君は振り返ります。
ヒナの見た目はどういうわけか、ツバサ様に魂を抜いていただいた時点ではなく、私達と別れた頃の若い姿のままになっています。黒だったはずの髪色がサクラ色に変貌しているのは、魂だけになったことでそこに宿っていた魔力がわずかなものだとしても、外見に現れたのではないでしょうか。
ピンとこない、と言うそーちゃんも、彼女がどんな思いで人としての自分を捨ててまでここにいるのか先ほど聞かされたので、残念そうな顔です。本当はすぐにも受け止めてあげたかったのでしょう。
「私は記憶だけの存在だから、あなたを産んだ母親の感情を何ひとつ持ってない。それでも母親と呼んでくれるならそうかもしれない。だけど……ヒナがあなたに会いたかったのは確かな記憶よ」
ヒナは神器を両手でしっかり抱え込んだまま数歩移動して、そーちゃんの胸に肩を預けて寛ぎます。
「立派になったね、ソウ」
この世界に来てからの彼女は、言葉を発しないのはもちろん、表情だって微動だにしなかったのですが。この時だけはにっこり微笑んで、そーちゃんを見上げていました。
「オレも……会えて良かった。思い出だけだとしても」
そーちゃんは前に腕を伸ばして、ヒナをすっぽり包み込むように抱きました。彼女は元から小柄な少女でしたから、今のそーちゃんの体型だとこんな形にもなります。
「アオ……ノアも。オレの家族はもうずっと昔に死んじゃってて、絶対に会えないんだと思ってたから。生きててくれて嬉しかった」
お父さんにも会えたらもっと良かったのになぁ、とそーちゃんがひっそり呟いたので、ノア君はちょっと眉根を寄せてへの字になります。そこへ寄ってきたフウ君が、ノア君の背中をぐいぐい押しやって、そーちゃんとヒナのところまで連れていきます。
「わっ……」
すぐにそーちゃんが腕を伸ばしてきて、ノア君のこともしっかり抱き込みます。その腕がちょっぴり震えているのにノア君は気が付きました。
そーちゃんはいつも落ち着いていてよほどのことでもなければ取り乱したりしませんが、別に無感情なんかではないはずです。感情表現が大人しめなだけで、心の中にはたくさんの想いを抱えているのだと私は信じています。
「ごめんね……ボク、自分ばっかり辛かったとか、寂しかったみたいなつもりでいたけど……そんなはずなかったよね」
「……うん」
ちょっと手を伸ばせばヒナの腕から神器を取り返すことなど容易い距離感でしたが、ノア君はもう自らそれを使おうなんて思わないでしょう。
「本当に、もう行っちゃうの?」
太陽竜様の神器を抱えたまま、ヒナはノア君の問いかけに頷きます。
「あなただってもう、この神器を使うつもりはないんでしょう? 傀儡竜が使わないのなら、この世の誰にも役立たない。だったら私は太陽竜様……いいえ。ヒナはツバサ様のところへ帰ります。この子は太陽竜様の羽なのだから一緒に連れて行くわ」
約束の日を超えて、なおかつノア君と共に無事にそーちゃんに会えたらそうすると決めていたのです。
「兄さん、お願いします……思えばあなたの存在に触れられるのも、ずいぶん久しぶりなのね」
ヒナはまた無表情に戻っていますが、目の表情やほんのちょっぴり口端がもぞもぞしているその感じはにやけているのかなとわかります。
もはやすっかり見慣れた光景になってきてしまいましたが、ヒナは影に飲み込まれて旅立ちました。今までは悲壮感ある光景のように思えていたのですが、今回の彼女の場合は愛する人の元へ向かうのですからね。
「俺も……もういいかな」
フウ君もぽつり、そんなことを呟きました。
「フウもどっか行っちゃうの?」
「この道の果てまで行って、コウに会って、本当のことを訊かなきゃって思ってたけど……俺はやっぱりフウ・ハセザワ本人じゃないんだからもういいのかなってさ」
「そういうものなのかなぁ」
ノア君もそーちゃんも、コウ君フウ君とは基本的に感性が正反対なので、フウ君のその選択はさっぱり理解が及びません。ノア君と共に七百年も。その道の果てを目指して歩いてきたというのに。もうすぐ終着だというのに直前になって諦める意味がわかりません。
要するに、意趣返しなのです。自分の為なんて嘯いてこんな世界を作って、そのフウ君自身は本物ではない偽物なんて。フウ君からしたらちょっと腹立たしいので、素直に本物のコウ君に会ってやろうという気持ちが萎えてしまったんですね。
「もう自分で歩いてそこまで行くのは億劫なんだけどさ。それでも俺はあいつのところへ帰らなきゃとは思うから……ソウが連れてってくれないかな」
「オレが?」
「俺はただの情報なんだから、中に入れそうな気がするんだよ。コウが自分の体にソウを入れてたのに近いこと。そうしてくれたら今までのことは水に流してもいいよ」
水に流すというのは、コウ君とそーちゃんのふたりがかりで、フウ君に嘘をつき続けていたことですね。そーちゃんは、自分がいたせいでコウ君とフウ君が仲直り出来ないままになってしまったことを気に病んでいましたから願ってもないはずなのですが……。
「まぁ、本物のフウじゃない俺が許したからなんだよって思うなら仕方ないけど」
「そんなことない。オレは、今目の前にいるフウを本物じゃないなんて思わないから」
「……そうかな」
「そうだよっ。ボクだってそう思う!」
フウ君はそーちゃんの両手を握ります。
「最後にひとこと、言いたいんだけど」
「オレも……」
なんとなく、ふたりは予感していました。これから自分達が全く同じことを言いそうだと。
「ずっと、コウのそばにいてくれてありがとな」
「ずっと、ノアのそばにいてくれてありがとう」
ノア君は千年、コウ君は七百年、影の世界に閉じ込められてきました。現実世界で同じ時間を生きるのと、作り物の不完全な世界で過ごさなければならないのとでは大違いです。
ふたりとも、そばにいてくれる友達の存在があったから耐えられたのだと、私も思います。
フウ君は影に飲み込まれる形ではなく、体の先から少しずつ薄れて消えていきます。そーちゃんと繋いでいる指先から。足の先から。頭の先から……。
「ふたりだけになっちゃったね」
「三人だよ」
「あ、そうだよね」
「なんだかんだで長い時間いろいろ話して疲れた……ちょっと座って休んでいいかな」
「そうしよそうしよ」
そーちゃんとノア君は、ほとんどふたり同時にふわ~とあくびをしました。短時間にたくさんの情報を頭に入れたり、今まで一緒にいた人達と急にお別れしたりして、頭が疲れちゃったみたいですね。
待ちぼうけのコウ君には申し訳ないですが、この道の終わりにはせっかく、ようやく出会えたそーちゃんとノア君のお別れも待っています。ちょっとくらい休憩して、少しでもふたりだけの思い出を作ってくれたらいいな。それが赤ちゃんの頃にふたりのお世話をした私にとっては、ささやかだけど何よりの願いでした。




