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GRASSBLUE青草日記~終末までの千年間ロード(旅)ファンタジー  作者: ほしのそうこ
沙羅双樹の花の色 【Red dragon Master=Maria】
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12話① 傀儡竜の救済

 そして、私達は「約束の千年目」を迎えようとしています。

「なんだろ、ここ」


 影の世界で目覚めたそーちゃんが、空を通る一本道で目覚めたのは今回が初めてでした。




 こんな場所に放り込まれたら誰もがそうすると思いますが、そーちゃんも道の端の白い柵に手を着き、少々身を乗り出して下の世界を確認します。




「う~ん……」


 高いと言っても現実世界でグラスブルーが浮いているような高度とはまた違いますし、何より影の世界はあちらと同じ国々が実際とは違ういい加減の配置でばらばらに出現します。覗き込んだところで、それが自分が長きに渡って旅をしてきた世界の複製だなんて、そーちゃんには気付けるはずもありませんでした。




 まぁいいか。とりあえず、道なりに歩いてみよう。その内向こうへ下りられる階段かなんか出てこないもんかな。




 あまり現実的ではないけれどと感じながらも、そーちゃんはまっすぐ歩くことにしました。片手に太陽竜様の神器を持ちながら、ぶらぶらと。






 私も最近になってだんだん気付き始めていましたが、そーちゃんはこうやってひとりで行動することがあまり苦にならない性格みたいです。こんな理解不能な環境に放り込まれて、先の見えない一本道をただ歩くことになったというのにちっとも動じず。歩くのに飽きたらまた下を眺めて、大して変わり映えのしない景色なんだなぁと自己完結してうんうん頷き、また歩き出す。無為とも思える繰り返しをしています。






 どれくらい歩いたでしょうか。少なくとも数回は、朝から夜を経過したと思います。




 道の先に、人影を見つけました。三人分。




 こんな状況でようやく見つけた人の姿なのだから急ぎ足で駆け寄って「この場所はなんなのか」と問い詰めても良さそうなものですが、そーちゃんはいったん、足を止めます。彼らが休憩中で、地面の端に腰を下ろして、柵を背もたれに談笑していたから。邪魔をしては悪いかなと感じて、話がひと区切りするのを待とうと思ったのです。




 そう間も空かずに、三人のひとりで唯一の女性が立ち上がり、迷いなくそーちゃんを見つめます。彼女の動きを目で追うようにした結果、残りのふたりもそーちゃんが佇んでいるのを見つけます。




 ひとりはただ単純に、「誰だろう」と言いたげに首を傾げてそーちゃんを見ますが、


「……フウ?」


 そーちゃんが驚いて声に出したことで、その表情には一気に警戒心が浮かびます。


 最後に顔を見たのはもう数百年前だというのに、フウ君の顔を覚えていました。そんなに不思議でもありません。コウ君とよく似たお顔立ちですからね。




 もうひとりの男性は今にも泣き出しそうな顔をして、恐る恐るといった感じで一歩ずつ、そーちゃんに近付いてきます。行動だけ見たら不審を抱かれても仕方ないと思うのですが、そーちゃん自身も何らか感じることがあったのでしょうか。何故だか彼を拒絶してはけないような気がしてそのまま待っていました。




「ソウ……だよね?」


「うん……君は?」


「ボク……ボクは、ね」




 お父君であるツバサ様の死を知ってもほんの一瞬の涙で堪えられたノア君でしたのに、今はただ滂沱のごとく……涙の止められない目でそーちゃんを見つめるばかりです。




「ずっと……ずっと、ソウに会いたかったんだよ……」




「……もしかして……アオ?」


 こんなにも泣き暮れるほどに自分に会いたいと思ってくれて、なおかつこれまでの生涯での顔見知りでもない。そうなると、そーちゃんには他に思い当たる人がなく。なおかつもしそうだったらいいのになという願望も込めて、呼びかけました。






「……う、うく、……ぐっ」


 ノア君はもうすっかりしゃくりあげるほどに泣いてしまって、なかなか答えられません。あまりに痛ましくて、拭ってあげる布などこの世界に持ち込んでいないそーちゃんでしたが思わず手を伸ばし。指の先でちょいちょいと涙を拭ってあげていました。




 さすがに鼻水までそれで拭いてあげるわけにもいかず、ノア君は必死でそれを啜りあげて、息が苦しくなってきます。今会ったばかりだというのに、問いかけへの答えもまだもらっていないのに。そーちゃんはノア君を抱き寄せて、背中をぽんぽん叩いて落ち着かせてあげようとしていました。右手は神器を携えて塞がっているので片手で。






「おまえ、どうして俺の名前知ってんだよ?」


 ちょっとずつ近寄ってきていたフウ君が、しばらくはノア君も話せないのではないかと踏んでそーちゃんに問い詰めます。




「どうしてって……えーと」


 そういえば、まさかそーちゃんとしての姿でフウ君に会うことがあるなんて想定すらしていませんでしたから、どう説明すればいいんだっけ? と考え込んでしまいます。話していいんだっけ? あの事故の日以来、コウ君が体を貸してくれていたんだという事実を。


 どこまで話していいのか、コウと事前に相談しておかなきゃダメだったかなぁ。こんな事態だというのに内心ではどこかのんきなそーちゃんです。






「ソウ……それはもう、ボクの名前じゃないんだよ……」


 ノア君はそっと、そーちゃんの肩に手を伸ばして自ら体を離しました。もう涙は止まったらしく、すっきりした目でそーちゃんを見つめながら話を続けます。




「ありがとう……持ってきてくれたんだね」


 次から次へと投げられる情報の整理でちょっと頭が混乱しかかっているそーちゃんの手から、さりげなく、太陽竜様の神器を取り上げます。






「ボクの名前はノア・グラスブルー。最後の傀儡竜……に、なった。他のみんなを、太陽竜様が……殺したから」




 そーちゃんにもフウ君にも思い当たることのある、苦い記憶。ふたりとも、無意識に、地面に目をやって考え込んでしまいます。その時間はノア君から目を逸らしてしまっていて、




「太陽竜様の神器を使えるのも、もう、ボクだけになったから……」


 ふたりが目を上げてノア君を見た頃には、彼はもう、真紅の刃先を自分の喉元へやろうとしているところでした。




「お、おいっ」


「なんで、そんなこと……」


 ふたりとも動揺しますが、今から動いたところでとても止められません。言葉で説得して思いとどまってもらえることを期待するしかないと判断します。




「全てが終わったら、こうするって決めてたんだ……あの日から、ずっと」








 ユウジュ様とそのお母君が亡くなった後、彼らの飼育していた羊達の権利は一時的にツバサ様が引き受けることになりました。お母君の希望で正式に書面を交わしてくださったのです。




 私達との約束があるので一度はグラス王国へ戻らなければなりません。ツバサ様は留守の間、羊達のお世話をヒナに任せてひとりで旅立ちました。




 現在の港町ミラトリスにあたる国まで戻ってきた頃のことです。当時はまだ大陸はひとつなぎでしたから当然そこは港町などではなく、内陸の町です。


 私達を苦しめた国死病の蔓延がすでに各国に知られていました。位置的にグラス王国から最も近い国のひとつであるミラトリスでは、グラス王国から逃れてきた国民を狙撃していました。重篤な感染症を世の中に放たないために。




 しばらくはそこへ足止めされていたツバサ様も、危険を冒してもグラス王国へ戻ることを決め、国境警備隊の目を掻い潜ってミラトリスを脱出されました。






 どうにかグラス王家へ辿り着いたツバサ様は懇意にされていた国王様から、白銀竜様の神器を託されました。このままグラス王家が滅びれば、後年、賊にでも荒らされて神器が損失してしまうかもしれない。ならば太陽竜様の手元にお返しして、然るべき場所で保管してください、と。




 ツバサ様はその足で私達を捜し歩いて。でもすでにコウとそーちゃんの姿は消えてしまった後のことで。かろうじて残っていた私もじきに消えるのを待つだけの体になっていました。




 後悔に苛まれながらもツバサ様は、白銀竜様の神器に最後のお務めをさせて、グラスブルーを邪な人の手に利用させまいと空へ逃れさせたのです。








 自分の体が国死病に罹患していないことを確信出来なかったため、ツバサ様はすぐにはヒナとあおちゃんの元へ帰れませんでした。たっぷり十年以上は時間を空けて自身の発病も他者への二次感染もないと確信が持ててからシェーラザードへの帰途へつきます。




 私は意識を失うまでのわずかな時間で、コウとそーちゃんが影に飲み込まれるように消えてしまったことをお伝え出来ました。ツバサ様もまた、その報せをヒナにお話しします。お別れの時に再会を約束したのに果たすことが出来ず、泣き崩れていました。ごめんなさい……約束を、守れなくて。






 そのままシェーラザードで羊飼いのお仕事を続けます。あまりにも辛い出来事の連続で精神が摩耗しきっていたツバサ様は周囲の人々への対応も暗く遠巻きにされがちでしたが、お仕事自体は黙々とお努めになっていました。すくすくと成長していくあおちゃんと共に、ヒナは周囲の人々とも親しく接していたようです。






 あおちゃんがもうすぐ二十歳になりそうという頃合いに、ツバサ様は毎夜アソッカの大樹の丘へ通い、祝宴に興じる住民の姿がないと確認できた晩にヒナとあおちゃんを連れ出します。






「僕はこれから約束の千年目までに、この世に生まれてくる傀儡竜達を全て殺す。この子が最後のひとりになるまで」




 ユウジュ様をその手にかけたことで、ツバサ様の心のタガが外れてしまっていたのです。どうせ苦しませるのだから。解放するには僕が殺すしかないのだから。だが、実子たるあおちゃんまで同じ苦しみを味わわせるのも、この手で殺すのも耐え難いから……。




「ボク……、嫌だよ、そんなの。みんな苦しんで殺されるのに、自分だけ助かるなんて。ボクが生き残るために、助かるはずだった本当の『最後のひとり』は、身代わりで死ぬことになっちゃうんだよ?」




 幼い子供ならまだしも、あおちゃんだってもう立派な大人です。ツバサ様にきちんと意思を伝えられたのですが。




「……太陽竜として命じる。君は今から『傀儡竜ノア・グラスブルー』となり、約束の日まで生き続けなさい」




 ツバサ様は最後にして絶対の手段を行使しました。「太陽竜様として」命じられてしまうと、神竜族は誰もそれに背くことが出来ません。ノア君には今この場で、また今後千年間、自害する選択すら与えられないのです。




「太陽竜として命じる。夢幻竜クエス・グラスブルー……ノアを君の世界へ入れてくれ」




 ツバサ様は私のした話から、コウはともかくそーちゃんはまだ消滅していないのかもしれないと。希望的観測ではありましたがその可能性を考えていたのです。




 足元から影に飲み込まれていこうとしている、絶望の面持ちのノア君の肩を掴んで、言い聞かせます。




「夢幻竜の世界でなら、ソウに会えるかもしれない……探すんだ。あちらで目が覚めたら」




「ツバサ様。お願いがあります」


 ノア君が完全に消えてしまうまでに終わらせたかったのでしょう。ヒナは急ぎめの調子で言い募ります。




「太陽竜様の神器の能力で、私の体から魂を抜き取って、ノアの側に行かせてください」


「お母さん! そんなことしな」


 ノア君はそこまでしか言えず、もはやどうにも出来ずただ涙だけが溢れます。影が口元まで届いてしまったのです。




「千年もひとりぼっちでさ迷うなんて、命だけ助かっても心が保つとは思えません。それに……私だってあの子に、ソウに会いたいわ。どんなに時間がかかったとしても」




 そんなにも真摯な想いを向けられたら、ツバサ様も拒めません。ノア君の姿が完全に消えたのを待って、ヒナを抱きしめます。




「ありがとう……俺と共にいてくれた女性が君という人で、救われたよ」


 この時ばかりはソウジュ様を演じる自分としてではなく、ツバサ様自身のお気持ちとして感謝を伝えます。






「私もね……ろくでもない家に生まれて、ろくな人生にならなさそうって思ってたけど……一緒にいてくれたのがツバサ様で、子供の頃に想像していたよりずうっと幸せだった……」




 そんな暇もなかったといえばそうだけど、もっと早くに、素直にこの気持ちを伝えて、夫婦らしく暮らすのも良かったかもしれませんね。ヒナは自嘲気味に笑いますが、最後には素直な気持ちを伝えられて満足そうでした。






 魂を失ったヒナですが、体まで死んでしまったわけではなく、意識を失ったヒナを抱き上げてツバサ様はユウジュ様のお家へ帰ります。




「……あなた、誰?」


 目覚めたヒナは全ての記憶を失っています。魂を失った人というのは、脳に何の問題がなくとも、出来事を記憶することが出来なくなります。起きている間だけはその日の記憶が蓄積しますが、眠る度にその日新たに獲得した記憶も失い続けます。ヒナが寿命で自然に亡くなるまで、毎日毎日、同じやり取りを繰り返すことになるのです。




 ですが、最後にツバサ様とヒナはお互いの気持ちを確かめ合いましたから。ツバサ様は毎日毎日、記憶を失って目覚めるヒナを妻として愛し続けました。シェーラザードで関わりのある人々にもヒナの記憶を「病状」としてお伝えして、自分が伴侶として支えますと挨拶に回って協力を仰いでおられます。以前と違って町の人々にも笑顔で親しげに接して……。






 再会の約束を果たせなくて残念でしたけれど、ヒナとツバサ様が最後の数十年を夫婦として、幸せに暮らせたらしい事実が私には何よりも嬉しい知らせでした。

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