11話④ 太陽竜の贖罪
周囲の騒音が耳に障ったことで、コウ君は意識を取り戻します。ふたり分の大量出血による臭いが充満して吐きそうだ、と感じたのもほんの一瞬のことで、そもそも心理的に起きただけの気のせいです。内臓にそんな元気がなくて吐き気の反射も起こりませんから。
グランティス王家の使用人の方々は、地下空洞へ下りてくるための入り口の穴を道具を使って広げているところでした。穴は人ひとりがやっと通れるほどの大きさしかなかったので、重傷で中に転がっているコウ君を救助するためには穴を広げる必要があるのです。
体格の良い男性がコウ君を紐でしっかり背中に括り付けます。不安定な縄梯子で上がるのは困難と判断されたのか、広がった穴から頑丈な木製の梯子が立てかけられました。しっかりした足取りで、男性はそこを上がっていきます。
地上に出てからも男性は少し急ぎ足で、コウ君をいずこかへ連れていきます。シーちゃんとヒー君が仲良く暮らした半球の家はすっかり崩れ落ちて、周囲は白い煉瓦が散らばっていました。そのすぐ横にあった、ほんのすこし盛り上がった、ささやかな丘。ヒー君のためにシーちゃんが選んだ立派な大樹が植えられています。
その木の根元に、側仕えの使用人の女性に体を支えられて、シーちゃんが脱力して座っていました。ソウジュ様の神器によってお腹には裂傷が大きく、隠すために白い布がかけられていて、それもすぐに血で染まってしまうためすでに何度も交換されています。
「コウ……」
「その声……イルヒラか? エリシアは」
姿はシーちゃんのままですが、中はヒー君に交代しているようです。こんな形でヒー君が表に出ているのはおそらく初めてです。
「エリシアはもう思い残すことはないって、俺に代わってくれたんだ……体まで変えてる余力は、なかったけど」
コウ君を背負っていた男性は周囲の使用人達に紐を解いてもらった後、コウ君を慎重に下ろしてヒー君の前に膝立ちにさせます。少しでもコウ君が楽になるように、後ろから体を支えて下さいます。最後にコウ君と話したいからと、あらかじめヒー君から命じられていたのです。
「こんなの、ほんとは悔しいけど……おまえにナナのこと、任せたいんだ……」
「俺に?」
「おまえにだぞ。コウ・ハセザワに頼んでるんだ。……ソウじゃなく」
「……なんでだよ。俺なんかより、あいつの方がよっぽど頼れるのに」
「俺にだってわかんないけど……それでナナが幸せになれるらしいから……」
「もしかして……」
ヒー君はもう話すのも辛そうで余計な質問は控えるしかありませんでしたが、また月光竜の予言でも聞かされたんだろうか。本人に確認出来なかったもののコウ君の予想は当たっていました。
「俺達がこんな立場で千年も頑張れたのだって……同じ生まれの仲間が何人かいたからだよ……俺達が死んだらもう、おまえくらいしか、ナナのそばにいられる仲間はいないじゃないか……」
ナナ以外で地上に存命の神竜様は、ヒー君達が亡くなればコウ君、パー様、ラーヴ。この中だったら確かに、頼ろうと思えるのはコウ君かなと私でも判断すると思います。
「……俺に出来る範囲でなら、頼まれてもいい」
こんな時でも少し自信も、かつ自身も乏しそうな言い方に、思わずヒー君はちょっと笑ってしまいました。馬鹿にしたわけではなく、単純に面白くて。
最期の時が初対面。そんな相手に好きな女を託さなきゃいけないなんて、俺も大概な末路だったよな……なんて、ほんの少しだけ自虐しながら眠りにつきました。
グランティス王家の方々に丁寧に治療していただいてその晩眠りについたコウ君は影の世界へ戻ります。
雲ひとつない青空の下、海辺の砂浜に佇んで打ち寄せる波を眺めているそーちゃんの後姿を、少し離れた場所からコウ君は見ていました。
影の世界では現実での体の不調は影響しないはずですが、精神の負担は持ち越しです。その影響で体もおも怠く、コウ君はそーちゃんの元を目指します。
「おかえり……また随分としんどそうだな。何してきたんだ」
顔色等は夢幻竜様の能力で誤魔化し続けているコウ君ですが、それでも隠しきれないほど消耗していますから、そーちゃんも心配そうです。
コウ君の視点からは地上でそーちゃんが何をしているか包み隠せず盗み見ているというのに、そーちゃんの視点からは一切見えません。今更ながら不公平な感じも否めませんが、そーちゃんはそういうことはあまり気にしない性格です。大らかなんですよね。
「これ……ソウが持ってろよ」
太陽竜様の神器を無造作に、そーちゃんへ押しつけます。
「……戦ってきたんだな。太陽竜……ソウ兄と」
それは疲れもするよな、と納得します。
「あいつを長年追ってきたのも、一時は一緒に暮らしたのも、俺じゃなくてソウなんだから。形見だと思って持っててやれよ」
コウ君は彼らが本当は父子の関係なのを知っていますが、それはあえて教えずに神器を託しました。そーちゃんは素直に「わかった」と受け取ります。
「それと……さっき、イルヒラにさ」
ヒー君の最期の願いを伝えます。そーちゃんではなく、夢幻竜のコウ・ハセザワにナナのことを託したいと。
「だから今までより、俺が体を使わなきゃいけない時間が増えそうで……」
「そんな申し訳なさそうな顔しなくてもいいのに。元々コウの体なんだから自然なことだろ」
「だって……今まで任せっ放しだったのに必要になったら自分がなんて、勝手すぎる」
「いいんだよ。オレだってもう、七百年もあの体に生かしてもらったんだから。じゅうぶんすぎる。満足してる」
「なんつうか……」
その、満足されてしまっているというのが、コウ君を何とも言えず不安にさせるのです。コウ君の表情からそれを見て取ったそーちゃんは思わずふっと息をこぼしつつ笑います。
「もうイリサも外にいないし、自分ひとりで外に出て生きてくのが心細いんだろ」
「……なっさけな」
「否定しなーい」
並の人間の十倍以上生きてる大人の男なのに、ってね。そーちゃんは容赦ないですが、心を開いた相手にだけこういう性格なのです。
「でも、外に出てもコウはひとりじゃない。姿が見えなくてもそばにいられるって、昔コウが言ってたんだ。そう信じていればオレにだって同じことが出来ると思う」
「……ややこしいんだけど、そういうこと?」
「ずっと探してきたのに結局コウを見つけられなかったけど、そういうことだったんだよ。たぶん」
そーちゃんは心から晴れやかな表情でした。実際がどうあれ、そう信じることに決めたのです。
「オレはオレでこっちでやりたいこと出来たし。イリサがどこにいるか探さないと。だからお互いちょうどいいんじゃないかな」
私はそーちゃんの目の前にいるんですけどね。はたしてどうしたら再会出来るのやら。自分で頼んでおいて無責任ですが、どうなるでしょうね。
「でも……たまには息抜きでこっち出てみる?」
その「息抜き」が果たしてコウ君のためか、そーちゃんのためか。疑わしいですけれど。
「そうだなー……たまには珈琲でも飲んで寛ぎたいってのはなくもない」
「了解。そうしよう」
「ありがとう」
「……またそうやってさ」
「ん?」
素直にありがとうなんて言ってくるなよ。俺が言うべき流れだろうに。結局今回も素直に言えないまま、コウ君はひとりで勝手に口を尖らせるのでした。




