1話④ 白銀竜の悲願
双子のそーちゃん、あおちゃんは主に私とヒナの部屋で育てています。そーちゃんが先に授乳を終えて次はあおちゃんの番。私はそーちゃんを抱っこして、ツバサ様のお部屋へお邪魔しました。
「ねんねこしゃっしゃりま~せ~」
そーちゃんがうとうとし始めたので、抱っこしたままほんのり揺すって、子守唄を歌ってあげていました。
「その歌は?」
「子守唄ですよ~」
まさか子守唄をご存じないのでしょうか。そんなことはないだろうとは思いましたが、
「この辺で歌われているものと違うから。その歌がどの地方で伝わっているのかがわかれば、サクラが生まれた場所もわかるんじゃないかな」
「なんと……それは考えもつきませんでした!」
言い換えれば、私にも赤ちゃんの頃、こうして子守唄を歌ってくれた誰かがいたかもしれないということでもあります。家族のないことも生まれた場所を知らないのもそんなに気にしていませんが、ほんの少しであってもヒントがあると思うとそれだけでちょっと嬉しいですね。
そーちゃんはあまり泣かない静かな赤ちゃんで、逆にあおちゃんはお母さん以外に抱っこされると大声で泣いてしまう赤ちゃんでした。自然、ヒナはあおちゃんを抱っこせざるを得ない時間が長く、私はそーちゃんと一緒にいる時間が長くなりました。時にはおんぶ紐に背負ったまま市場へ買い出しに出かけることも。
お母さんを弟君に独占されがちなのは少しかわいそうかなぁという気もしなくはないのですが。
「そーちゃんはお兄ちゃんですから、あおちゃんがお母さんといたい時は、申し訳ないですけど私で我慢してくださいね~」
お散歩しながらそう話しかけましたが、別に気にしてなさそうな顔で景色を眺めていました。
そーちゃん、あおちゃんが生まれてから、もうすぐ一年が経つかなぁという頃合いでした。
ツバサ様の髪色が、青から赤へ変化されました。
これはツバサ様が二十歳を迎えられた証です。この二十年間を経て、ツバサ様の体は太陽竜様へと変化されました。髪色が変わるのは、太陽竜様の魔力の色が発現したからです。
偉い人達に儀式の広間に呼ばれたツバサ様は……その日だけはあの足枷も外されて、ご自分の足でそこまで歩かれました……小刀で手のひらに傷を入れられました。血の滴るその傷は、あっという間に塞がって治ってしまいました。
この日はツバサ様の体が人から神竜へと変わったことを確認するための儀式のみにとどまりました。後日、あらためて神器を用いた儀式を執り行うこととされました。
太陽竜様の神器を使うと何が出来るのでしょう……私は詳しく知りませんので、そんなことを考えながら廊下を歩いていました。あとほんの数刻で遠征に出られるソウジュ様から、部屋に来て欲しいと呼ばれたからです。ヒナもそーちゃんもあおちゃんもぐっすりお昼寝中だったので、久しぶりに身軽でした。
「失礼いたします、ソウジュ様」
「来てくれてありがとう……サクラ」
忙しい中すまないね。そうおっしゃるので、
「とんでもありません! 私も、ソウジュ様とふたりだけでお話し出来るのは嬉しいですから」
ツバサ様のお部屋で、ヒナや子供達も一緒にわいわいするのももちろん楽しいですが。ソウジュ様とふたりだけの時は、クラシニアの外の世界で暮らしていた時を思い出せるような気がします。どことなく童心に返れそうといいますか、なんとなく安らぐのです。
普段は眠る時以外寝台を使わないソウジュ様ですが、この時は珍しく縁に腰かけていて、私を手招きします。お言葉に甘えてその隣に腰を下ろします。
それからしばらく、とりとめのない話をしました。幼い頃の思い出話だったり、クラシニアに来てからのツバサ様や皆との話だったり。
窓の外、庭から遠征隊の集合の鐘が鳴らされる時まで話し続けていました。お暇しなければと立ち上がろうとしたその時でした。
「ソウジュ様……?」
どうして立ち上がれないのかしらと思いましたら、気が付けば私の頬はソウジュ様の胸に触れていました。耳が心臓の位置にあたり、音がよく聴こえます。
ソウジュ様は左手で私の肩を、右手で頭を押さえ、抱き寄せているようでした。右手が優しく動き、髪を撫でています。
「僕がいない間……皆のことを頼みたいんだ」
「皆……ツバサ様や子供達のことでしょうか?」
ソウジュ様は言葉にされず、一度、頷きました。
「もちろんです! ソウジュ様がお戻りになるまで、精いっぱいお守り致しますっ」
だからソウジュ様も、この度の遠征からも無事にお戻りくださいね。その時、なぜか私はそれを言葉にしませんでした。言葉にせずとも当たり前のようにそう、妄信しておりましたから。
言葉にせずともわかっていただけるなんてうぬぼれて、ソウジュ様にきちんとお伝えしなかったことを、私はいつまでも後悔し続けています。伝えていたらその決意を変えられたとも限りませんが、それでも。もし伝えていたら帰ってきてくださったのではないかなんて、夢想してしまうのです。
ソウジュ様が遠征隊と共に出発して、三日ほど経っていました。今日はツバサ様の儀式の日です。
珍しく小唄はソウジュ様と共に旅立たず、ツバサ様と共に儀式の広間に入っていきました。ソウジュ様よりお預かりした、白銀竜様の神器を腕に抱えて。
……彼の名前。「小唄」とは、儀式の際に詩と共に捧げられる生き物の命を意味します。通常は大切に育てられた家畜を使いますが。まさか……いえいえ、さすがにそんなことありませんよね。
小海と同様、ヒナマル家はクラシニア王家への忠誠を表すためにあえてそのような名付けをしたのです。
「小唄はその名前に思うところはないのですか? ヒナのように……」
失礼を承知で、そう訊ねたことがあります。返答次第ではその名前を呼ばないように配慮するべきかと思いましたので。ですが。
「昔は嫌だったよ。当然な。だが……俺のお仕えするのはクラシニアではなく、ソウジュ様とツバサ様だ。あの方達の為ならば、俺は儀式の為の小唄でも構わない。そう思えるようになった」
その時の答えはこんな感じでした。そのお気持ちはよくわかるのですが……。
「でも、どうして私たちはここに呼ばれたのでしょうね?」
私とヒナは小唄の指示で、儀式の広間の扉前にて控えております。私はそーちゃんを、ヒナはあおちゃんを背中に括り付けて。なおかつ、遠征の際に使用されている麻のザックを渡されて片手にぶら下げています。布類が詰まっているのか、極端に重くはないのですが、一歳前後の子を負ぶった上に大きな手荷物は不自由な感じがします。
私は右手に袋を下げ、左手は空いていました。その手に、ヒナがそっと触れました。
「サクラ……その子のこと、お願いね」
「ヒナ? ……どうしたんですか?」
ふと、その顔を見ると、少し涙ぐんでいるような気がしました。
「きっと……いつかまた会いましょうね」
どういう意味ですか、と、訊き返すゆとりはありませんでした。
大きな音を立てて、目の前の両開きの扉が開いたと思うと、人がふたり飛び出してきました。その内のひとりが私の左手を掴んで構わず駆け出します。
「ちょっ……えっ!?」
「何も考えるな! とにかく走れっ!」
よく見たらそれは小唄で、振り返るとヒナは同じように走り出していました。
「ヒナ! ……ツバサ様!?」
反対方向の通路をすでに遠く離れてしまって判然としませんでしたが、ヒナを連れて行ったのはツバサ様だったような気がします。広間から続々と出てくる兵達は一目散にそちらを追いかけていきます。
どうしたらいいのか、混乱しましたが。ヒナの言葉を思い出しました。
私はこの子を……そーちゃんを守らなければなりません。他の何事よりもそれは優先するべきです。
何も考えず、とにかく走る。小唄の言う通り、私にはそうするより他に道はありません。それがとっさの判断でした。




